Gravity

〜Nephrite〜

 どうしてこんな所でバイトみたいな事をしているのか。今、俺はボストンの片隅にある小さなカフェで働いている。
 店主である祖母が嫁いでくる前からあったこの店は、古くからこの町の学生たちの憩いの場となっているらしい。
 日本の大学に通う俺にはあまり縁の無い話だが、こちらではセスメタ制といって秋と春の2学期制を採用している大学が多いそうで、今が日本の新年度にあたる。そんな学生や研究者たちが入れ替わり立ち替わりここで食事をとりながら熱心に議論している様子は、何十年も前から変わらない光景として知られている。
 
 …そもそも俺はこんな所で働くつもりなんか無かった。親戚の結婚式に呼ばれたついでに長い夏休み期間を気ままに海外旅行して楽しもうと思っていたのだが、こちらに到着して早々に祖母が身体を壊したのだ。
 叔母が引き継ぐまでの数週間で良いからと引き止められ、あっという間にこの店の代理店主みたいな事になってしまったが、俺にだって帰国すれば就活が待っている。
 じわじわと減ってゆく長期休暇をこんな所で消費したくはないし、早く役目を終えて出て行きたいとは思うのだが…何故だろう、もう少しここに居たほうが良いと本能的に感じてもいた。
 そう、あと少しここで待っていれば、必ずマスターやアイツらに会える気がするのだ。

(――って、誰だそれ?)

 漠然と何かを待つ自分を少し可笑しく思いながら、ばあちゃんちの庭で咲いたピンクのバラをカウンターにいけた。

(この色のバラ、好きだったよな。)

 誰が…とはよく覚えていないけど、こんな色の花束を手に、満面の笑みを浮かべた懐かしい誰かと見た白い月が頭に焼き付いている。
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