Restart

 爽やかな初秋の風を浴びながら、美奈子は十番高校の正門を小走りで駆け抜けた。1人だけ補習につかまるなんてツイていない。だいたいどうしてあたしより危なそうだったうさぎがパスできたのよ。テストのヤマが大当たりでもしない限り一緒に補習コースだと思っていたのに! なんて心で文句を言いながらクラウンに向かって足を速める。
 ほんの少し前、この星に降りかかった災難を乗り越え奇跡的にそのままの形で元の世界に還った彼女たちの日常は、まるで何事も無かったかのように穏やかだった。……前世の記憶も、こうなるまでの記憶も全て残っていることを除けば。
 
「ごっめーん! おまた!」
「美奈Pおっそーい」
 
 司令室に入ればいつもと変わらぬ仲間たち。うさぎやまことが他愛も無いおしゃべりをしている側で、アルテミスらがモニターに向かいながら何かを話していた。コルドロンから還ってきたお互いの記憶を繋ぎ合わせると、おそらく全てがギャラクシアの来る前の世界と完全に同じではないらしいとかなんとか。
 あまりピンとこないけど、言われてみれば美奈子にも「もしかしてそういう事なのかな?」という心当たりは無くもない。例えばスリーライツたちがあの後パタリと姿を消してしまったこと。まあ、あの3人もセーラー戦士だったわけだし、あの戦いのあとどこか彼らの星に戻ったんじゃないかなとは察しがつくのだけど。
 
「それよりこっちが気になるわ」
 そう言ってルナが動かしたモニターには役所のデータベースから取り出したという都市整備計画のページが表示されていた。なんだか一の橋公園も工事して新しい公園を作るみたいだけど、その何ページ目かを捲ると無限学園跡地にあったはずの再開発計画が一切消えて無くなっている。まるで近い将来それらが意味のある場所になることを予定しているかのように。
 
「あのね、ルナ……」
 亜美が、なんだか言いにくそうに口を開いた。
「同じ世界に戻ってきてはいるけれど、あたしたち、それぞれ少しだけ違う世界に還ってきていたと思うの。だからあたしたち自身もこの街も、完全にあの頃の延長線上にはいない。それはきっとこの先も同じなんじゃないかしら。」
 
「亜美ちゃん、それどういうこと?」
 思わず美奈子も割り込んで問いかけた。何故か分からないけれど、自分の中にも似たような違和感があった事にいま、亜美の言葉で気付かされた気がしたのだ。
 
「例えばね、コルドロンから還った直後、ルナが『彼らはセーラー戦士だ』って教えてくれたの。もうあの3人には会えなくなってしまったけど、ルナは少し警戒していたわ。それなのに昨日、『戦士だった・・・』って、もう一度教えてくれたのよ。前よりも親しみを込めて。……たぶん、その境目がルナのスターシードを奪われた日なんだと思う。
 つまりね、一昨日まであたしが会っていたルナは、あたしたちが消えてしまってからルナ自身も命を落とすまでの間の仮定された世界にいたルナで、昨日からのルナはコルドロンから還ってきた世界のルナなのよ。同じルナなんだけど、厳密に言うと同じではない。……美奈から見たあたしも、おそらくそうでしょう?」
 
 亜美から少し寂しげな微笑みを投げかけられて、美奈の胸が不意にギュウッと痛んだ。
 
(そうだ。あたしの知ってる亜美ちゃんとまこちゃんは、いちど目の前で……)
 
 思い出したくもないあの光景。大切な仲間が一瞬で悲鳴まで粉々にされた、たとえようのない恐怖。信じられない気持ちと絶望感を無理矢理押し留めて、レイと2人で昼休みの屋上に向かった。ーー美奈子の記憶はそこまで。コルドロンから還り、気がついたら5限目の授業になっていて、いつもと変わらぬ光景が戻ってきていたのだ。
 だから今、こうして亜美やまことの笑顔が再び見られる事はとても嬉しい反面、その笑顔が無性儚く見えてしまう時があったのは、いちど壊れるところを見てしまったからなのかもしれない。
 
「うさぎちゃんやルナと話していると特に感じたの。あたし達、コルドロンから戻ってからずっと一緒にいたけれど……たぶん、それぞれ還ってきた時間軸上の地点は少しずつ違う。だけどあたし達がコルドロンでの記憶を留めたままそれぞれスターシードを奪われる直前に戻って来られたっていう事は、本来ならいくつも矛盾が生じているはずなのよ。」
 
 ノートの余白に時間軸とそれぞれの還ってきた地点を書きながら、亜美はさらに説明を続けた。
 
「どこで入れ替わったのか本当に違和感が無かったけど……幾つものタイムパラドックスを解消しようとして、気づかないところで幾度もパズルのピースを組み替えられいる気がするの。それぞれの甦る地点に辿り着いて、あたしたち全員の歯車がカチッと噛み合うまでの間、いくつも修復を繰り返して今に至ってるんじゃないかなって。」
 亜美のペン先がうさぎの還ってきた日と美奈子達の時間軸を結んだ。これで全員同じ時間軸の点に乗ったように見えるのだが……。
「……でも、そうやって全員がコルドロンから本当に還ってきた時点での世界が、絶対的に本来予定されていた未来であるとは限らない。あたしたちが存在する事でいちど生じてしまった矛盾は必ずどこかで別の矛盾を引き起こしているはずだし、そうやってどこかちがうピースが埋まったまま進んでいく所もあるんじゃないかなって。まだ確証はないけどそう思うの。」
 
「でも、それが悪い事というようにも感じられない、でしょ?」
 レイの言葉に、そうね、と頷いて亜美はそっとうさぎに目を向けた。
「ーーこのまま皆で未来を作っていきたい。」コルドロンでうさぎがガーディアン・コスモスに誓った言葉は、レイや亜美たちの望む未来でもあったのだから。
 
「もし、一の橋公園の工事や無限学園跡地の再整備計画もあたしたちがコルドロンから還ってきた事による矛盾なのだとしたら、ね。あの場所は、あたしたちがデッドムーンとの戦いで未来に行ったときクリスタルパレスが建ってた場所なの。」
「それって……! もしかして、前世からの転生とは違ってうさぎちゃんと衛さんが銀水晶やゴールデンクリスタルを使えるようになった状態で戻ってきたから?」
「分からないわ。ただ、もしそうだとしたら……」
 
 亜美が手元の端末で導き出したある可能性に、美奈子は「アッ」と息を飲んだ。
 
 ーー新しい敵?
 
 いや、正確には歪みから生じる敵とも味方ともつかぬ何者か? いずれにせよ、この世界に戻って来られた事を手放しで喜べる状況ではないのかもしれない。だけど、それにしては亜美もレイも楽観的だ。こんな可能性を導き出した当本人が呑気にニコニコとうさぎを眺めているし、レイだって「それもひとつの可能性よね」などと言いながらティーカップに口をつけている。少なくとも、この2人の様子を見る限りでは危機感を覚える状況ではないのかもしれない。
 
「よっし! こんな感じかな?」
「わー! 見て見て! まこちゃんすっごい上手!」
 
 向こうのほうでうさぎが歓声をあげた。おだんごから流れるツインテールを編んで、今日園芸部で摘んできたミニバラの花を器用に織り込んだまこと特製のヘアアレンジ。童話のお姫様みたいになったうさぎに「かわいいだろ?」と言いながら、(こういうことだよね?)と、まことが3人に視線を送った。
 
 ーーそう、美奈子たちの望みは、今度こそうさぎと愛する人たちを守り、平和に暮らすこと。
 シルバームーンクリスタルの持ち主である限り逃れようのない運命の枷を背負いながらも普通の女の子であり続けようとしたうさぎの心の葛藤は、これまで何度も4人の心を痛めてきたし、救いきれないもどかしさに歯噛みした事は数知れない。それなのに、今回のギャラクシアとの戦いもあんなにうさぎの近くにいたのに衛を失った事にすぐ気づいてやる事もできず、彼女を守るどころか目の前で自身も倒されてしまったのだ。そんな取り返しようのない悔しさは美奈子たちの心の隅に燻っている。ーーだから、今度こそ。
 
(ひとり過酷な運命を背負ってきたうさぎに寄り添い、普通の女の子として暮らしていきたいーーあたしたちに出来ることは、取り戻した穏やかな日常を今度こそ壊すことのないよう、あたりまえに親友として寄り添い、守護戦士として守りきるということ、だよね。)
 言葉を交わさずとも、新しい未来へ踏み出す今、4人の決意はしっかりとうさぎを包むように結ばれていた。
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