｢先生。ジニア先生ったら｣

声をかけるが、熟睡しているようでなかなか起きない。背中に手を置いて揺さぶってみると｢ん"……んん…｣と身じろぎした。

｢ジニア先生、起きてください｣

｢んう………あれえ、ハヅキさ、ん？｣

｢こんな所で寝てたらダメですよ。風邪引きます｣

｢……………｣

｢……っ、ほ、ほら、書類貰いますね｣

ちゃんと見えてないからか、目を凝らしてハヅキの顔を見つめる。色素の薄い瞳に見つめられてドキリとしつつも、机の書類に腕を伸ばす。
しかし取る前に、その手はジニアによって掴まれてしまう。

｢え？あ、あの｣

｢えへへ、ハヅキさんだあ｣

｢ちょっ！！｣

細身な見た目からは想像もできない力強さで引っ張られ、気づけばジニアに抱きしめられていた。座ったままの状態のせいで床に膝をついて、ハヅキの上半身は彼のお腹の辺りに埋まるようになっている。

｢は、なしてください！ジニア先生！｣

｢ふふふ、照れてるんですかあ？可愛いですねえ｣

｢な、ち、違います！！！寝ぼけてるんですか？！｣

｢はあ〜、温かい…凄いリアルな夢だあ｣

（やっぱり寝ぼけてけるんじゃない！！！！）

身じろぎしようにも腕が背中に回ってがっちりホールドされてしまって動けない。
骨ばった指、着ている服の洗剤と体臭が混ざった匂い、甘さがある柔らかな口調。全部を一身に受けとめてハヅキのキャパはもう限界だった。
勢いよく息を吸ったかと思うと、

｢ジニア先生〜〜〜！！！！！いい加減に起きなさ〜〜〜い！！！！！｣

久しぶりに大声をジニアにぶつけた。恐らく準備室の外にも声が漏れたとは思うが、なりふり構ってられなかったのだ。流石にその声に夢現だったジニアの意識もハッキリし、慌ててハヅキを解放する。

｢わわわ！！ハヅキ先生？！あれ？ゆ、夢じゃなかったんですかあ？｣

｢はぁ、はぁ…まったく、夢じゃないですよ！その書類を回収しに来たんです。いいですか？貰っても｣

｢あ、は、はい………。その、ごめんなさい。それとさっきのは忘れちゃってくださいね｣

｢…なんですかそれ｣

｢え？｣

｢……！いえ、なんでもないです……では、失礼しました｣

ぽかんとしたままのジニアを置いて、準備室から出て早足で廊下を移動する。その途中さっきのやり取りを思い出して、ふと立ち止まった。

（簡単に忘れてくれって言えるんだ、なんてそんなこと思ってどうするのよ…）

心做しか胸の辺りがチクッと痛んだ。