こうしてジニアなりのアプローチを続けていると、少しだけ変化があった。あれだけジニアに対して怒っていたハヅキが怒らなくなったのだ。
流石に授業中のメッセージ連投には苛立ちを募らせたが、基本的に善意で行われるそれに困惑することはあれど迷惑だとは思っていないからだ。
そんな光景がアカデミーの至る所で、生徒や他の先生達に見られていたので

｢最近ジニア先生とハヅキ先生って仲良いよね？｣

｢そういえばこの前、ジニア先生がムクロジの限定スイーツ渡してたの見かけたんだよね｣

｢あんた達、いつの間にそんな親密になったの？｣

｢うんうん、仲良いことは素晴らしきかなですよ！｣

｢かと言ってあまり、秩序を乱す行いは避けていただきたいです。特にジニア先生｣

と周りから言われたりする事が増えてきて、それがひと月続くと次第にジニアの片思いを応援する会なるものも現れ始め、2人のやり取り（ほぼ一方的だが）はアカデミー公認になっていき、段々皆からの視線が暖かく優しいものになり、ハヅキはそれらをむず痒く感じていた。
絆されているつもりは無いが、相手からの好意に対して振られた時に傷ついた心は少しづつ癒されていて、ジニアには硬い表情が多かったハヅキが穏やかな顔を見せるようになった。

ある時、その日が期限締めの書類がまだジニアの分だけ出ていなくて、以前のように副担任のハヅキが生物準備室へと直接催促しに戸を叩いた。

｢ジニア先生、この前頼まれていた書類を貰いに来ました｣

しかし、中からはなんの物音もしない。
可笑しい、いつもこの時間はここにいるはずなのだけど…。そう思いながら再び戸を叩いて、声をかける。

｢ジニア先生？｣

留守なのかもと思いつつ、ドアに少し力を入れると鍵はかかっていなかった。恐る恐る開けて中を確認すると、そこにジニアは居た。
机に突っ伏し、掛けているメガネは外して机上に置かれている。六角形の黒に縁取られている顔が、今は無防備にさらけ出されていた。

｢寝てる…｣

丸まった背中が上下し、すやすやと寝息も聞こえる。確かに最近授業や図鑑の管理、研究、フィールドワークと忙しく動いてたのをハヅキは近くで見ていたので、仕方ないよねと納得した。ふと見ると、腕枕の下には目的だった書類が敷かれている。
このまま寝かしてあげたいのも山々だが、流石に横にならないと体を痛めてしまうし風邪をひいてしまうかもしれない。
それに書類も今日中には必要なものだったから、回収もしたかった。