時間はかかったがなんとかジニアは書類を書き終えて提出することが出来た。
確認した後ハヅキはさっさと準備室を出て行ってしまい、改めて何があったのかは聞けずにその日の業務は終わってしまった。
いつもなら放課後も学校に残り、生徒たちがポケモン図鑑の進捗などを確認したりするのだが
今夜食べるご飯がないことをすっかり失念していたジニアは重い腰を上げて、テーブルシティへと足を運んだ。

（ん〜、久しぶりに外食というのもありかなあ？その後に買い物でもしようっと）

ふんふんと鼻歌交じりに歩いていると、その道中どこからか人の言い合う声が聞こえてきた。
ふと見ると、腕を組んでる男女に女の人が一方的に怒っている様子。ジニアからは少し遠くて、話の内容は聞こえないが見た所、恐らく痴情のもつれだろう。
自分には関係の無い話だなあと、そのまま歩き出そうとした時一際大きな声が聞こえてきた。

「お前のそう言うすぐ怒る所がずっと嫌だったんだよ！！マジで可愛げがないよな！」

「っ！…なによ、だから浮気したって言うの？！」

「そうだよ、お前なんかよりも素直で可愛い子に惹かれたんだ。悪ぃか？」

「えへへ、彼女さんごめんなさぁい。でも、そんなに怒ってばっかりだとしょうがないと思いますよ？」

「貴方たち最低ね……良いわよ、浮気するヤツなんかこっちから願い下げよ！！さようなら！！」

そう言ってその場から立ち去った女性は副担任のハヅキだった。
ジニアが見ていたことには気づいていないようで、人気のない路地へと向かっていき、それを尻目に先程の男女は何事も無かったかのようにイチャついてどこかへ行ってしまった。
周りで見ていた人たちも、酷いなとか、女の人可哀想〜という言葉を呟きながら再び動き出していた。
ジニアはハヅキの後を追うように路地へと入って行く。暫く進むと石段のところで座り込んでいるのを見つけた。

「ハヅキさあん、こんばんはあ」

「…！ジニア先生…こんな所で会うなんて珍しいですね」

「えっと、そう…ですねえ」

バツが悪そうに俯くハヅキにはいつもの覇気がなかった。そんな彼女の姿にジニアも頬を掻きながら、どう話題を振ればいいか悩んでいた。
暫くの沈黙の後「さっきの見てました？」とハヅキからジニアに尋ねる。

「え、えっと……はい」

「まぁ、あれだけ騒いでたら気づきますよね。それであそこから逃げた私を追いかけてきたんですか？」

「す、すみませえん、後をつけるような真似しちゃって…。でも、ハヅキ先生を1人にしておけなくて」

余計なことをしないでください！とか大きなお世話です！と怒られるかと身構えるが、ハヅキは小さく「そうですか」とだけ言って黙ってしまった。いつもと違う様子にジニアはうーん、と考えた後、手を叩いて名案！とでも言うような感じで口を開いた。

「そうだあ、ハヅキ先生お腹すいてませんかあ？」

｢お腹…？まぁ、確かにまだ食べてないから空いてますけど｣

「ボクもこれからご飯にしようかなと思ってて、良ければ一緒にどうですかあ？」

「え？」

ハヅキはきょとんとしながらジニアを見上げる。それを見てなんだか今日は初めて見る表情ばっかりだあと呑気に考えながら「どうでしょうかあ？」と聞いてみる。
暫く考え込んでハヅキは小さく頷いたのだった。

＊

「はあい、ではお疲れ様でえす」

「お疲れ様です…」

お互いお酒が入ったグラスをカチンと鳴らして乾杯する。ハヅキはちびちびと飲みながらちらとジニアを見る。運ばれてきた料理に「美味しそうですねえ」とまるでさっき起こったことなんてなかったのように笑っていた。
自分に向けられている視線に気づき、ハヅキに声をかける。

「あれえ？どうかしましたか？」

「なんだか意外で…」

「え、何がですう？」

「ジニア先生、私の事嫌いだと思ってましたから、こういう風にご飯に誘われると思わなくて」

「ええ！？ボクが？」

それこそ意外だと言わんばかりにジニアは目を丸くさせる。度々提出物が遅れたり、図鑑アプリのアップデートに没頭するあまり授業に遅刻しかけたりなどでハヅキから呼び出されたりなど迷惑をかけさえはすれど嫌いなどは思ったことはなかった。

「だって、毎回顔合わせる度に怒ってる女なんか嫌でしょう？」

「うーん、でもそれはボクの為に怒ってくれてるわけじゃないですかあ？」

「え？」

「基本ハヅキ先生って叱るのはその人が悪い事をした時だけですから。
それ以外で怒ったりなんかしたことないですよね？」

「…言われてみれば、そう…なんですかね？」

いまいち腑に落ちていない感じのハヅキに、そうですよ！と念を押して続ける。

「悪い行いを正す為、危ない道に行こうとする子達の為、つまりその人の事を大切に思っているからあえて叱れる訳で……。
それに、周りの生徒達からの評判もいいですよお？ハヅキ先生は厳しいけど、授業で分からないところがあったら嫌な顔せずに教えてくれるしポケモンにも優しいって。
だから嫌いだなんてそんなこと思ったことないです。むしろ、ボクは同じ教師として尊敬してますからあ」