序章『未来は知っている』
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「ゆうしゃ 、どうしたの?」
エマの心配そうな声が聞こえる。だけど、返事が出来なかった。心の奥がドキドキして、なんだか怖かった。崖から落ちそうになったときとは違う。なんだろう、この感覚。
「エマ、悪いが、今日はゆうしゃ は疲れてしまったようじゃ。また明日来てくれるかの」
「……はぁーい、ゆうしゃ 、大丈夫?」
「…うん……」
返すことが出来たのは、それだけだった。エマの足音が遠ざかっていった。
「ゆうしゃ 、大丈夫、わしはここに居るよ」
ぽん、ぽん。優しく背中を叩いてくれた。
「ゆうしゃ 、お前はこれから、大変な人生を歩いて行くんじゃろうな」
優しく身体を押され、テオはゆうしゃ の左手を取った。左手の甲。生まれたときからある不思議な形の痣を、祖父は優しく撫でた。
「ゆうしゃ 、お前に剣を教えよう」
「っ……本当?」
「わしはずっと、お前に剣を教えるのが怖かった。じゃが、時は来ているようじゃ」
頭を撫でてくれた祖父の手は、瞳は、とても優しく、なんだか泣きそうになってしまった。あれほど望んだ剣の訓練。だけど、今は嬉しいとは思えなかった。
「わしに出来るのは、お前が大変な人生に負けぬように、鍛える事じゃ。きっと、それがわしの人生の最後の務めなんじゃろう」
「そんな……どうしてそんなことを言うの、おじいちゃん! なんだか、まるで…まるで……」
死んでしまうみたいだ。だけど言葉にすれば、本当のことになってしまう気がして、ゆうしゃ は言えなかった。祖父のお腹に顔を埋め、消えないように、どこにも行かないように、抱きついた。
「ゆうしゃ 、人を恨んじゃいけないよ。お前はこの村で愛されて育った。それはきっと、生涯の、かけがえのない宝になるじゃろう」
背中を叩く祖父の手はとても温かかった。その日からテオはゆうしゃ に剣を教えるようになった。構え方、基本的な型、自分に合う剣の見極め方。祖父から教えられるすべてを、ゆうしゃ はスポンジが水を吸うように飲み込んでいった。
数年後、祖父は亡くなった。ゆうしゃ は大泣きして、ずっと傍にエマがついていた。
祖父の葬儀が終わり、埋葬が済んで、ゆうしゃ は少し大人になった。具体的には、悪戯をしなくなったし、村中を駆け回ることはなくなった。けれど、時折川辺で剣を振る姿が見られるようになった。前よりも夜遅くまで起きていることが増え、たくさんの本を読むようになった。たまに馬術の練習をする姿も見られ、畑仕事や家畜の世話も率先してやるようになった。
「僕は君と出会って、確信したことがあるよ」
夜。僅かなランプの明かりだけを頼りに、本を読むゆうしゃ 。メタすけは昔話を語るように声をかけた。15歳になったゆうしゃ は心身共に健康に、そして美しく成長していた。髪も手足も幼い頃から伸びて、ずっと大人びていた。読める文字も増えて、もうメタすけが傍に居なくても、本をすらすらと読めるようになっていた。
「んー?」
数年前と変わらず、ベッドに身を投げ出して本を読みながら、ゆうしゃ はもう一人の親友の声に耳を傾けた。
「この村の人は、大雑把なんだよ。魔物の僕を簡単に受け入れたり、細かいことを気にしないんだ」
「それは、ダメなこと?」
「良いことだと思う。……でも、それはこの村だから通じることだ。世界では通じない」
「メタすけ?」
ゆうしゃ はようやく本を閉じ、身体を起こした。頭の上に乗っていたメタすけは、ゆうしゃ の前に着地して、じっとその瞳を見た。
「この村みたいに、いい人ばかりじゃないって事だよ。君をだまして悪いことをしようとする人だっている」
「急にどうしたの?」
「明日は、成人の儀式の日だね」
「うん。私とエマ、二人で儀式に挑戦するよ。メタすけも来るでしょ?」
「もちろん。だけどね、きっと、明日からゆうしゃ の日常は変わると思う」
「メタすけ?」
メタすけの黒い瞳は、じっとゆうしゃ を、射貫くように見た。ゆうしゃ は茶化してはいけないような気がして、唇を引き締めて、彼の言葉を待った。
「僕はゆうしゃ の味方だよ。忘れないでね」
「……もちろん。ずっと一緒に、兄妹みたいに育ったもん」
「なら、いいんだ。さぁ、そろそろ寝よう。明日は早いよ」
「そうだね。寝坊したら起こしてね」
「それは僕の台詞だよ。おやすみ、ゆうしゃ 」
「おやすみなさい、メタすけ」
灯りを消せば、部屋は闇の中に。
静寂の中で、ゆうしゃ は思う。
夢の中の女剣士。昔は何度も見た夢だけど、ここ最近は全然見ない。
私は、少しでも理想に近づけているのだろうか。
守られるだけではない。
守る、ものに。
少しずつ、眠りがゆうしゃ を支配していく。それはまるで、闇の中へ沈んでいくようで、けれど全然怖くない。
子守唄が聞こえた。母の声のような、祖父の声のような。懐かしく、けれど悲しい。
沈んでいく意識の中、歌だけが響いていた。
続