序章『未来は知っている』
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今まで煩かったゆうしゃ が押し黙ったことに、その魔物は異変を感じとる。もぞもぞと動いて顔を見ようとすると、少女は彼をそっと地面に置いた。その表情は、幼い少女の容貌に似合わない、陰りのあるものだった。
「……私ね、お母さんの本当の子供じゃないんだって」
「…あ……」
「前に、村の人が話してるのを聞いたんだ。お母さんの本当の子供は、お母さんのお腹にいたときに事故で死んじゃったんだって。一緒にいたお母さんの旦那さんも、同じ事故で死んじゃったんだって」
ゆうしゃ は空を見上げた。夜は明け、空にはぽっかりと雲が浮かんでいた。
「その話を聞いたとき、お母さんが嘘つきに見えたんだ。お母さんだけじゃない、おじいちゃんも、エマも、村の人みんながほんとのことを隠して私に嘘をついていた嘘つきたちなんだって」
「でも、それは…」
「うん、私が聞いたら傷つくからって、わかってて黙ってたんだよね」
少女が笑うと、白い歯が見えた。その瞳には屈託なく、純粋に、夢を抱いていた。
「だからね、強くなってみんなを守りたいんだ。私を守るために黙っていてくれたお母さんと、おじいちゃんを守るために」
小さな魔物は理解した。この子は、愛されて育ったのだ。純粋な優しさを受けて、だからこそ、真実を知っても歪むことなく、その悲しみを強さに変えようとしているのだ。
「そのために、夢の中に出てきた女剣士みたいになりたいの!」
「夢の中の女剣士?」
「うん、今日見た夢でね、すっごく強い女剣士になったの! 両手に剣を持って、大きな男の人たち大勢を相手にしても怖がらず、全部やっつけるの! だからそのためにあなたを倒すよ!!」
「それはダメーー!!」
「なんでよ! スライムなんだから大人しく倒されなさい!!」
「ぼ、僕は悪いスライムじゃないんだよ!! 良いスライムなんだ!! さっきだって君のことを助けてあげただろ!!」
ゆうしゃ は先ほどの光景を思い出して、寒気がして、すぐに忘れようと頭を振った。スライムはぷにゃぷにゃと形を変えながら、ゆうしゃ の肩に乗った。メタルだから冷たいはずなのに、その身体は温かく、人間と同じ温度を感じた。
「じゃあこうしよう! 僕が君の特訓に付き合うよ!」
「えっ、けいけんちくれるの!?」
「違うーー!! 僕はこう見えても君よりも年上だし、呪文が使えるからね!! 先輩として君に色々教えてあげるよ!!」
「じゅもん! じゅもんが使えるの!?」
「そうだよ、見ていて……メラーーッ!」
スライムはゆうしゃ の肩から飛び上がって一声。スライムの頭上に現れた小さな火の玉が、まっすぐに宙へ向かって消えた。
「すっ……すごい!! すごーい!! ねぇ、ねぇどうやるの!!」
「まぁまぁ落ち着きなよ。呪文って言うのはね、魔力と賢さが必要なのさ」
地面に着地して、小さな魔物は得意げにぷにゃぷにゃと身体を揺らした。
「君はまだ魔力を持つには未熟だからね。まずは賢さを身につけるんだ」
「かしこさ……って、どうやって身につけるの?」
「そうだなぁ……人の話をよく聞くこと、それから本を読むこと、音楽を聴くこと……とかかなぁ」
「そんなことでいいの?」
「そう。だけど、うんと時間がかかるよ。だからたくさん人と話をして、たくさん本を読んで、たくさん音楽を聴く」
「そんなことしてる間に剣を振った方がよくない?」
「剣だけじゃ、力の強い魔物に押し負けちゃうよ。でも賢さがあれば、呪文があれば、戦術の幅は広がる。君の夢の中の女剣士も、呪文を使わなかっただけで、実はすごく賢いのかもしれないよ」
「……ふむふむ、そうか……」
「……君って変な子だよね」
「えっ、そうかな」
「普通、魔物の言うことなんか聞かないよ。しゃべる魔物って実は珍しくないけど、人間と魔物じゃ、しゃべる必要なんてないじゃない」
「え、どうして?」
「魔物は人間を襲う。だったら人間は、自分の身を守るために戦うだろ」
「でも、あなたは私を助けてくれたよ」
「……それは……そうだけど……」
「倒さないでって、さっきあなたが言ったんだよ」
「そうなんだけど! 僕みたいな魔物ばっかりじゃないからね! 僕以外の魔物は簡単に信じちゃだめだからね!!」
スライムの言葉に、ゆうしゃ は元気よく返事をした。小さな魔物には、その笑顔がどうしても不安に思えてしまった。純粋で、穢れを知らない、無垢な笑顔。
彼にはわかっていた。生きていく以上、この子の前にはたくさんの困難が待ち受けていることが。倒せば良いはずの魔物の言葉に耳を傾け、その教えを素直に受け止めた、この幼子を。彼は守りたいと思ってしまった。
「それにしてもお腹空いたね。朝ご飯食べる?」
「え?」
「おかあさん、いつもご飯作り過ぎちゃうから、スライム一匹分くらい大丈夫だよ」
「え、いや、ごめん、意味がわからない」
「ご飯食べに帰ろう」
「いやいやいやいや!! なに言ってんの!! さっきの話聞いてた!? 僕を連れて行ったら村中大騒ぎだよ!!」
「でもじゅもん教えてくれるんでしょ。かしこさは長い時間をかけてじゃないと身につけられないって。だからまずお母さんに飼っても良いか聞かないと」
「いやいやいや、無理だよ!! 何言ってんの!!」
「あ、でもさすがにこのまま連れて帰ったらびっくりさせちゃうから、ここに隠れててね!」
「いだだだだだだだだ!!! だから!!! ポケットなんか!!! 無理だっての!!!!」
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