4章『その名は悪魔の子』
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見慣れた道を走り抜ければ、見慣れた村の風景が見えてくる。見下ろした風景は、間違いなくイシの村。人々はせわしなく田畑を耕し、家畜の世話をし、昼ご飯の献立を話し合っていた。
……よかった、間に合ったんだ。ゆうしゃは安堵したが、もうすぐホメロスがやってくるかもしれない。その前に、なんとかダン村長に事の次第を伝えなければ。
「おや、旅の人とは珍しいね?」
かけられた声に、違和感を抱いた。声をかけてきたのは、近所のおじさんだ。まるで初対面のような声のかけ方に違和感を抱きながらも、この次第を説明しようとすれば。
ひとつ、抱いた違和感が、次々と増えていく。おじさんは確か、数年前から白髪が増えてきたはずだ。「わしももう年だなぁ」などと、まだまだ元気に田畑を耕しながら言っていたではないか。
しかし、目の前の人は顔も話し方も全く同じなのに、髪の毛は真っ黒だ。よく見れば、皺も少ない気がする。おじさんは笑って続ける。
「此処まで険しい山道が続いていただろう。よかったら休んでいくと良い」
「あ、あの……」
「ん?」
「……いえ、身体、大事にしてください」
「え? あ、ああ……親切にどうも」
逃げるようにその場を立ち去り、ゆうしゃは村の入り口からすぐ近い、ダン村長の家へ向かう。
……数日前に、エマに頼まれて屋根を直したはずだ。雨漏りが酷いから、と。しかし、村長の村の屋根には直したような形跡はない。
「…え…?」
ふと視線を下げれば、村長の家の前の看板が目に入る。
『王さまからのめいれいです。この村のゆうしゃはよい子なので、みかけたらあめ玉をあげましょう』
元々書いてあった文字をくまなく塗りつぶすように、歪な字で落書きがしてあった。
……そんな、馬鹿な。この落書きは、ずっと昔、ゆうしゃが書いた物。こんな物が此処にあるはずがない。ゆうしゃは叫びそうになったが、なんとか飲み込んで、周囲を見る。そのとき、ペルラの姿が見えた。大きな身体を揺らしながら、家の中に入っていくのが見えた。ゆうしゃは走った。母の姿を追いかけて、見慣れた我が家に飛び込んだ。
「おかえりなさいゆうしゃ」
優しい声が響く。
「お前の大好きなシチューがもうすぐできあがるよ」
だけど、違和感がまたひとつ。
母が混ぜているシチューの入った、大きな鍋。
あの鍋は何年も前に、穴が空いて棄ててしまったはずだ。
「ひっ……あ、あんた誰なんだい!?」
こちらを見たペルラの顔が強ばった。
「わ、私……ゆうしゃです、おか……」
「な、なにを言ってるんだい!? うちの子はまだ6歳だよ!」
それは、答えだった。
まさかと思いながらも、その言葉を否定することがゆうしゃには出来なかった。若返っているおじさん、変化のない屋根、子供の頃の落書き。
此処は、過去のイシの村だ。
であれば、いきなり家に上がり込んできた不審な人物に対して、母がここまで激高するのもうなずける。ペルラはまだ何か言っていたが、ゆうしゃにその言葉を聞く余裕はなく、早くその場から離れたくて走って家を出た。
……まさか、夢でも見ているのだろうか。自分はナプガーナ密林で疲れてそのまま倒れてしまったんじゃないだろうか。しかし、夢と言い切るにはあまりにも現実味を帯びた風景だった。ゆうしゃの記憶をそのまま取り出してきたかのような再現ぶりだ。
「ひっく……ひっく…」
所在なく歩いていれば、少女の泣き声が聞こえた。いつの間にか、いつも遊んでいた、村で一番古い木の近くまで来ていたらしい。
不思議な根が巻き付いた木の根元で、金色の髪の少女が泣いていた。傍らには小さな犬。必死に木の上に向かって吠え立てている。
「…エマ……?」
ああ。エマだ。幼なじみの、大親友のエマだ。だが、ゆうしゃの知っているエマよりもうんと小さく、髪も短い。
「……あたしの、スカーフ……」
見上げれば、枝に引っかかって揺れるスカーフがあった。彼女のトレードマーク。彼女が大切にしていた物だ。この高さならば、少し跳べば取れそうだ。ゆうしゃは踏み込んで跳び上がり、手を伸ばしてスカーフを取った。
「はい」
「あ……」
エマの前にスカーフを差し出せば、エマは涙で濡れた瞳でゆうしゃとスカーフを交互に眺めた。やがて蕾が花開くように、エマは笑顔になっていく。
「ありがと、お姉ちゃん!」
エマはスカーフをいつものように頭に巻き付ける。……ああ、いつものエマだ。
「あたしエマっていうの。お姉ちゃんは?」
「え? あ……私は……ゆうしゃ……」
名乗ろうとしたが、この名前はまずいのでは。何か適当な名前を言って誤魔化そうとしたとき、エマはパッ、と笑顔でゆうしゃを見上げる。
「あっ、わかったわ! お姉ちゃん、ゆうしゃをさがしてるのね!」
「え?」
「ゆうしゃならテオおじいちゃんのとこにいるはずだわ、こっちよ!」
エマに手を引かれ、ゆうしゃは走り出す。
……そういえば、ずっと、昔に……こんな事があった気がした。木に引っかかったスカーフを見て、何故かゆうしゃはそのとき、そのスカーフと自分が重なって見えた。
風に吹かれて、今にも飛んでいきそうな。
そんな、曖昧な存在だと。
▽