4章『その名は悪魔の子』
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剣は1日でも振らないと、3日分は鈍る、と祖父に教わった。だからゆうしゃは、祖父が始めて剣を教えてくれた日から1日も休まず剣を振った。練習用の軽い物ではあったが、ちゃんと切れる本物の真剣。はじめて握らせてもらえたとき、誇らしさと同時に、恐ろしさを感じたのを覚えている。
ゆうしゃはその恐ろしさが、「命を奪う恐ろしさ」だと、今更思い知った。ナプガーナ密林は、木々が競い合うように枝葉を伸ばし、見上げても月明かりどころか、どこからが枝葉で、どこからが空なのかさえわからなかった。
そんな暗闇の中、ランプを片手に歩くゆうしゃたちは、魔物の格好の的だった。食事にありつけなかった飢えたベビーパンサーや、夜闇に紛れて人を襲うびっくりサタン。こちらが望まなくても、襲ってこられては対応するしかない。剣を振るい、肉を裂き、命を奪う。魔物が相手とはいえ、同じ世界に生きる命なのに。
「おい、大丈夫か」
剣を収めたとき、同じように短剣を収めたカミュが問いかけた。ゆうしゃは振り返り、頷いた。
「……大丈夫。でも……魔物とはいえ、殺すのは初めてだから」
「……お前、変わってるな。普通、魔物相手に同情なんかするか? あいつらはオレらを餌としか思ってねぇんだぞ」
「……わかってる」
「急ぐぞ。さすがにホメロスたちは夜営していると思うけどな、デルカダール軍の軍馬の脚力が、どれほどのもんか想定出来ねぇ」
カミュは歩き出すが、その足取りは明らかに重い。何せ、ゆうしゃたちは密林に入ってから、休むことなくイシの村へと向かって歩いていた。本来ならば、朝を待って向かうべきなのだろうが、ホメロスがイシの村へ向かってから、もうずいぶんと時間が経っていた。デルカダールからイシの村までは、馬で1日と半分。
しかし、相手はあの大国デルカダールの将軍だ。軍馬の脚力も油断ならないし、カミュによると、ホメロスという男は策士として名を馳せているという。もしかすると、1日と半分の距離を半日で移動してしまえるような、奇想天外な策を思いつくかも知れない。
疲れと焦りが、冷静な思考を鈍らせていく。一歩でも前へ、一秒でも早く。ゆうしゃは足を動かした。
「なあ、お前の子供の頃ってどんなだったの」
前を歩くカミュが、振り返ることなく言った。ゆうしゃは質問の意味がわからず、カミュの背中を見て何も言えなかった。
「なんか話そうぜ。あんまり余裕なくすと、村に着いてから何も出来なくなるぞ」
おそらくそれは、カミュなりの気遣いだったのだろう。ゆうしゃは気づいて、またもカミュに助けられていると実感した。情けなくなると同時、その気遣いが何よりも嬉しかった。
「……村一番の悪ガキだったよ。そもそも、私とエマ……あ、エマっていうのは幼なじみの女の子なんだけどね、私たちと同じくらいの年頃の子がいなかったの。みんな年上か、うんと年下で、みんな忙しかったから、エマ以外に遊んでくれる人も少なくて、よく悪戯してた」
「へえ……良い子ちゃんが服着て歩いてるみたいなお前が?」
「私、そんなに良い子に見える?」
「見えるな。きちんと親の教育が行き届いた良いとこのお嬢ちゃんに見える」
「それ、褒められてるのかな」
「半分は褒めてる。ちなみに悪戯ってどんな?」
「うーん……色々やったから、ちょっと覚えてないや。確か、道具屋の水瓶の中にカエルを忍ばせたり、村長の家の看板に落書きしたり……あ、あと剣の修行と称してひのきの棒を振り回してお隣さんの窓ガラス割ったりとか」
「なんつーか、男がやりそうな少年期過ごしたんだな」
「ははは、よく言われた。ゆうしゃはまるで男の子みたいね、って……」
「今からはあんまり想像出来ねぇな」
「そこまで言われると、逆に今の私がカミュにどう見えるのか気になる」
「いや、普通に女の子だと思うぞ? というか、あんまり田舎くささを感じなかったというか……お前、本当に田舎出身なのか?」
「生まれてこの方、イシの村の周辺から出たことがございません」
「ふーん……」
カミュはどこか、引っかかっていた。
ゆうしゃは容姿こそ目を見張るほどの美人……というわけではないが、何処か洗練された振る舞いというか、気品のようなものを感じさせた。
最初に彼女を見たとき、何処かの貴族の娘が何かをやらかしたのかと思った。しかも、あの大将軍グレイグが直々に牢へ連行した女だ。グレイグの姿を見たのは初めてだったが、少し離れた位置からでも感じた貫禄。そんなグレイグに対して、一歩も引かずににらみ返した女に興味がわいた。
まさかそれが、伝説の勇者を名乗るとは思わなかったが。
「カミュはどうなの」
「ん?」
「カミュの子供の頃」
「あー……それはまた今度な」
「え? ずるい。というか、私ずっと気になってたの」
「何が」
「カミュはどうして盗賊をやってるの?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「好きでやってるようには見えないから……」
「……あー……また今度な」
「ずるいよ、私は黒歴史まで話したのに。今でもたまに思い出して恥ずかしくて身体が動かなくなるのに!」
「なんだよ、そんなに必死になって。あ、もしかしてオレに惚れたとか?」
「惚れっ……!?」
「何だよ真っ赤になって。もしかして図星か? 可愛いな」
「かわっ……!!?」
「冗談だよ、本気にすんな」
「……もうっ!!」
何か言い返そうとしたが、何も思い浮かばなくて、ゆうしゃは最終的に何も言えなくてカミュを追い越していく。
……可愛いなんて、同じ年頃の男の子に言われたことがなかった。エマはよく褒められていたが、先ほどの話の通り、ゆうしゃはかわいさよりもやんちゃが先に出る子供だったし、そもそも同じ年頃の男の子なんて心当たりがない。男と言えば、祖父のテオか、村長のダン。それから村のおじさんたち、お兄さんたち。彼らに褒められたとしても、こんなにドキドキするものなのだろうか。
ゆうしゃは心臓の辺りがドキドキと、変に脈打つのを感じた。恥ずかしいような、嬉しいような、いたたまれない気持ち。冗談だとわかっていても、これは心臓に悪い……。
これが、普通なんだろうか。村の外に出たこともなく、同じ年頃の男の子と一緒に行動することさえなかったゆうしゃは、戸惑いを抱くばかりだった。
……ダメだ。今は、村に行くことだけを考えよう。ゆうしゃは足だけを動かすことにした。
「お、そろそろ抜けるな」
カミュの言葉に顔を上げれば、橋の向こうに出口らしきものが見えた。思わずゆうしゃは走り出す。後ろからカミュが止める声がしたが、ゆうしゃは止まれなかった。早く村の無事を確認したい。その一心でゆうしゃは走った。
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