3章『生業の中で』
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シスターが言っていた通り、町中はものものしい雰囲気で、最初に来たときよりも兵士が多かった。ゆうしゃとカミュは布とフードで顔を隠しつつ、人目につかないようなるべく影を歩いた。カミュは慣れているらしく、確かな足取りで上層の更に上層、お金持ちばかりが住むという一等地の方へと進んでいく。
やがて、立派な構えの店へとたどり着く。店の名前はそのまま、「デクの店」。すごい、堂々としすぎて逆に何の店なのか気になってしまう。
カミュは慎重にドアを開けた。ビロードの敷かれたピカビカの床。同じくピカピカに磨かれたショーケースの中には、高そうな宝石や貴金属が並んでいる。
……ビロードの先。まるまるとした体型にゆったりとした服を着たシルエットがせわしなく動いている。
「へぇ……なかなか良い店じゃないか」
カミュはドカドカと上がり込み、その背中に声をかけた。
「いらっしゃい! うちで扱ってる品は全部一流の品物よー」
随分と間延びしたしゃべり方で、その人が振り返った。ふっくらとした体型と、まん丸とした鼻。きっちりと油で固めてある髪型が特徴的な小さな男。……この人がデクなのだろうか?
「じゃあ一流の宝石……たとえばオーブなんかも扱ってるのか?」
「……ア、アニキ!?」
「ひさしぶりだなぁ……デク!」
カミュは握りしめた左の拳でデクを殴ろうとした。慌ててゆうしゃが止めようとしたが、それよりも先にずんぐりむっくりがカミュの胴体に抱きつき、その拳が振り下ろされることはなかった。
「アニキ―! カミュのアニキ! お化けじゃない! 本物のアニキだー! 無事で良かった! ずっと心配してたんだよー!」
「お、おい、ひっつくな! 離れろむさ苦しい!!」
抱きついてくる巨体をひっぺがすと、デクは見るからにしょんぼりと肩を落とした。
「ったく調子の良いこと言いやがって。この店だってオレを裏切ってオーブを売った金で始めたんじゃないのか?」
「裏切るわけ無いよー! アニキのことは1日だって忘れたことなかったよー! 店も兄貴を助けるために始めたんだから!」
「はぁ? オレを助けるため? なんだそりゃ……」
デクはぽつぽつと、事の次第をカミュに話した。デクはカミュが投獄されてから、彼を助けるために奔走したことを。カミュの命だけでも助けるために、デクはレッドオーブを「拾った」として届け出て、カミュの罪をなかったことにしようとしたのだという。
「でも、国庫に入り込んだ罪までは取り消せないからね、そのときもらった賞金で商売始めたのよ。ワタシ、盗みの才能はイマイチだったけど、商売の才能はあったみたいよー。どんどん稼いで、そのお金のほとんどは城の兵士にばらまいて、アニキが早く出てこられるよう裏から手を回してたってわけ!」
デクはどん、と胸を張る。
「……牢の床にデカイ穴を開けても見つからなかったのはそのせいか? 妙に監視がゆるくて気になっちゃいたが……」
「でしょでしょー! きっとワタシの渡したワイロが牢の兵士たちにも効いていたんだよー!」
「……はぁ……そういうことか。疑って悪かったな。礼を言うぜ相棒」
「アニキ―! わかってくれてうれしいよー!!」
再び抱きつこうとしたデクだが、カミュの長い腕で頭を押さえられてそれはかなわなかった。どうやら、乱闘騒ぎにはならなかったようだ。
「けど、これでオーブは行方知れずか……」
カミュがため息をついた。肩を落とし、表情は暗い。どうやらカミュはそのレッドオーブに対してかなり思い入れがあるらしい。
「フフフー、それなら大丈夫。安心しちゃってよーアニキ!」
デクが再び胸を張り、カミュは顔を上げた。
「ワタシ、国にオーブを返した後も人を使ってオーブの行方ずっと追ってたのよー。アニキが大事にしてたの知ってたからね。オーブはグレイグ将軍が南のデルカダール神殿に移して厳重に守ってるらしいよー」
グレイグ、という名前に反射的に身体が強張るゆうしゃ。なんだか、今日はやたらグレイグの名前を聞く。
「デルカダール神殿……は、確かここから南東か……」
「南東?」
ゆうしゃが反応し、カミュは頷いた。
「ゆうしゃの住んでたイシとかいう村もたぶん同じ方角だな」
「ゆうしゃ?」
デクはそのとき、はじめてゆうしゃの存在に気づいたらしかった。デクはゆうしゃを見て、まじまじと目を見張った。
「ありゃー!!? アニキ、いつ結婚しちゃったの!!? 獄中婚てやつ!!?」
「バカいえ、訳あって一緒に行動してんだよ」
「あ、てことはいまの相棒さんかー、はじめまして、ワタシ、デクいうよー、はいこれ名刺」
「あ、ゆうしゃです……ご丁寧にどうも……」
名刺、とはなんなのだろうか。ゆうしゃにはわからなかったが、受け取った小さな紙にはデクの名前とお店の住所が書かれていた。ゆうしゃはまじまじと紙を見つめた。
「今からゆうしゃの故郷へ行くんだ。ちょうど、デルカダール神殿がある方角だ。デク、お前も一緒に来るか?」
カミュは何気なく問うが、デクは重々しく首を横に振った。
「残念だけどいけないよ。実は商売始めた後、ワタシ、ヨメさんもらって……」
「え!? 嫁さん!!?」
「そんなに驚かないでよアニキー。ワタシなんかにはもったいないくらいの働き者で美人のヨメさんよー。店も大事な商談を抱えてて、いまが大事な時期で、ほっとけないし…」
「……そういやお前、いつか商売やりたいってよく言ってたもんな」
カミュの言葉には、少しだけ寂しさが含まれているように感じた。デクも鼻をずびっ、とすすった。
「いろいろと世話になったな、デク。達者で暮らせよ」
「アニキも元気でね」
「嫁さん大事にしろよ」
「アニキも、身体大事にしてね。捕まったのだって、元はといえばワタシを庇ってのことなんだから……ゆうしゃさん、ワタシのぶんも、アニキのことよろしく」
「はい」
なんだか今日は、いろんな人にカミュのことを頼まれる。……カミュに助けられているのは、自分なのに。
店を出ると、ひんやりとした夜の空気が肌に刺さった。
「どうやらオレは知らないうちにデクに助けられてたみたいだな……。あいつにゃ頭が上がらねぇよ」
「……カミュ、さびしい?」
「ん? まぁ、そりゃ、ずっと一緒だったからな。けど、あいつは盗賊より商人の方が向いてるよ。鈍くさいし、人が好いし……生き生きした顔しやがって……」
カミュは寂しそうに、だけど嬉しそうに言った。白い息を吐き出し、カミュはデルカダールの城下町を見下ろした。ずっと遠く、下の方に、はじめてデルカダールに着たときに通った門が見えた。
あれは今朝のことのはずなのに、随分と時間が経ってしまったような気がする。門の前には、物々しい鎧を着た兵士たちが何人もいて、とてもじゃないが突破は出来そうにない。
「あれは、グレイグ隊の兵士だな。グレイグの部下相手じゃ、ワイロを握らせてってのも難しいな」
「カミュが言ってた裏道は?」
「ああ。南門が突破できるならこっちのが早かったんだが……どのみち、こっち側はグレイグが閉鎖してるか。ちょっと遠回りになるが、デルカダールの丘の南の裏道を抜けてイシの村へ行くぞ。夜通し歩くことになるが、お前は大丈夫か?」
「大丈夫」
「いいのか、これから行くのはナプガーナ密林っつって、よほどのことがなけりゃ、オレたちみたいなのも近寄らねぇ。魔物たちの巣窟だ」
「魔物が相手なら、人間が相手よりも、たぶん平気」
「はっ、上等だ。んじゃ、下層へ戻って、ナプガーナ密林を目指すぞ」
勢い勇んで下層への道を戻ろうとしたカミュだったが、情けない音に足が止まった。
振り返れば、ゆうしゃが申し訳なさそうにお腹をさすっていた。
「……ちょっとだけ休憩していい?」
差し出された紙袋の中は、具だくさんのサンドイッチが入っていた。カミュもまた、忘れていた空腹感を思い出し、無言で紙袋の中のサンドイッチを掴んだ。
続