3章『生業の中で』
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カミュが迷わず向かったのは下層部の中でも奥の方にある、二階建ての建物だった。他の露店のような小屋と比べると幾分立派な気がする。かつて、カミュは此処を根城にしていたという。
中に入ると、赤髪の女性がカウンターで帳簿のような物に目を通しているところだった。ふくよかな体型は、ペルラと良い勝負だった。
「よお女将、久しぶりだな」
親しげに声をかけたカミュに、女将と呼ばれた女性は驚いて顔を上げた。
「カミュちゃんかい!? 城の連中に捕まっていたんじゃないのかい!?」
慌ててカウンターから出てきた女将。カミュがフードを取ったので、ゆうしゃも倣って布を取った。女将はゆうしゃの顔を見て更に驚いた。
「ど、どうしたんだい、女の子なんて連れて!! ま、まさか何処かから攫ってきたんじゃないだろうね!!」
「違う違う、ちょっと事情があって一緒に行動してるんだ」
「……ひょっとして城下町を騒がせている脱獄囚ってのは……あんたたちのことかい」
「す、すみません、私のせいなんです……」
ゆうしゃが弁明しようとすると、女将は掌を突き出して制止する。
「ここじゃ、他人の事情には首を突っ込まないがルールだよ。詳しくは言わなくて良いさ」
きっぱりとした口調。ゆうしゃはこの女性の強さを垣間見た気がした。なるほど。ならず者だらけの町で生活している人だ。
「……どうやら訳ありみたいだね。やれやれ、相変わらず危なっかしい子だよ」
「そう言うなよ、あんたに迷惑はかけないさ。デクの野郎を探してるんだ。どこにいるか知らないか?」
「おやまぁ、なつかしい名前だこと。けど、最近この辺りじゃ見かけないね。最後に話をしたときには確か……そう、城下町のお城の近くで店を始めたって言っていたねぇ」
「店? しかも城の近くと言えば一等地じゃねぇか。そんな金どこから……」
言いかけて、ハッと口をつぐむ。
「……礼を言うぜ女将」
「おや、もういいのかい?」
「ああ、理解したぜ。行こうぜゆうしゃ」
「あ、カミュ……」
フードをかぶり直しながら、足早に店を出て行くカミュ。
「お待ち」
もたもたと布をまき直すゆうしゃを、女将が止めた。女将は店の奥へと消えていき、すぐに戻ってきた。その手には両手ほどの大きさの紙包みがあった。
「サンドイッチさ。持ってお行き。お腹をすかせた顔をしてる」
「えっ……な、なんでわかったんですか?」
「あの子が女の子を連れてくるなんて、今までなかったからね。あの子、女の子の扱いなんて慣れてないだろうから、無理ばっかりさせてるんじゃないかい?」
「そんなこと……」
ない。と言おうとしたけれど。……思い返せば、脱獄、紐なしバンジー、レッドベリーを食べさせられたりと、割と無理なことをさせられている気がする。
「あの子は良い子だよ。悪ぶってるけど、面倒見が良くて、優しい子だ」
「……はい、わかってます」
「おや、そうかい?」
「だから、ちょっとわからなくなってます。彼みたいな人が、盗賊なんてやってること……」
「この世の中にはね、まっとうな生き方を選ぶことができない人間ってのがいるのさ。生まれや育ち、色んな理由でね。もちろん、褒められたことじゃない。だけど、必死で生きてる。だから、否定をするようなことじゃあない」
女将は、ニコリと笑った。笑うと目尻に皺が出来て……ゆうしゃはペルラを思い出してしまった。母親が娘に言い聞かすように、女将はゆうしゃの肩をそっと叩いた。
「さあ、もうお行き。カミュちゃんのことをよろしく頼むよ」
「はい!」
店を出ると、カミュは町の奥の方を見ていた。入ってきたときと同じような、門とも呼べない通路のような場所を、ひとりの兵士が真ん中に立って塞いでいた。
「デクが城下町で店をやってるだと? あの野郎、オレとオーブを売りやがったんだ!」
カミュは拳を握りしめ、兵士を睨んでいた。
「締め上げてオーブの行方をはかせてやる!」
「でも、カミュ……城の近くのお店って行ったら、上層だよね。そんなところまで行ったらさすがに見つかっちゃうんじゃないかな……」
「幸い、もうすぐ日が暮れる。建物の影に隠れながら進めば行けるさ」
「大丈夫かな……」
カミュは、かなり頭に血が上っているようだった。このままでは町中で乱闘騒ぎを起こすんじゃなかろうか。デクという人のことはよくわからなかったが、カミュの相棒が出来たような盗賊だ。きっと、油断ならない人物なのだろう。もしもカミュの予想通りならば、城の兵士とも繋がっている可能性がある。
……今のカミュにはストッパーが必要だろう。ゆうしゃは赤く染まりつつある空を見て、溜息をついた。
「城下町はあの門を越えた先だ。邪魔な門番には金を握らせるか……」
「ワイロってこと? でも、そんなお金持ってないよ……というか、地下牢で散々追いかけ回してきた兵士にお金渡すって嫌なんだけど」
「同感だ。……そういや、あの門番、犬に弱いって話を聞いた事があるな」
「犬?」
ゆうしゃがオウム返しに尋ねたとき、タイミング良く鳴き声がした。ふと見れば、建物と建物の間に、少女と犬がうずくまっていた。近付いて見てみると、薄汚れた服の少女が、同じく薄汚れた毛並みの犬に寄り添うようにして、地面に絵を描いていた。……パン、チーズ、りんご、ケーキ……どれも、食べ物の絵だ。
「…なに見てんのよ」
「え?」
あまりにもじっと見すぎていたせいか、少女が睨む。ゆうしゃは慌てて小さく謝った。
「ふんっ、用がないならさっさと消えてくれない?」
「……その子、あなたの犬?」
「なに。ドラコのこと?」
少女は犬を庇うように抱きしめた。犬の方も、少女を守るように、ゆうしゃに対して牙を剥いた。
「あの……もしよかったら、その子、貸してもらえないかな」
「はあ?」
「あの、兵士を驚かせるのに、犬が居てくれると助かるの」
「ふん……冗談はよして。このコはアタイと同じ……生まれついての一匹狼なの。誰にも懐きはしないのよ」
「お礼はするから……サンドイッチとかどう? 今もらったばかりなんだけど……」
「……サンドイッチなんかいらないわ。でも、そうね……レッドベリーと聖水なら考えてあげてもイイけど……」
「え? レッドベリー?」
思わず、あの辛味を思い出してしまう。顔をしかめたゆうしゃの背後から、長い腕が伸びてきた。少女の前に、大きな、真っ赤な果実が差し出されていた。
「ほら、レッドベリーだ」
「カミュ……」
「非常食のつもりだったけどな。ゆうしゃ、シスターからもらった聖水があるだろ。犬にふりかけてやれよ」
「え?」
「サンドイッチじゃ、犬は食えないからな。それに犬のその傷、魔物の爪でできたもんだろ。この辺りの魔物だから……ベビーパンサーか?」
「あ……!」
カミュの言葉に、ゆうしゃは犬の傷に気づいた。前足に、確かに爪で引っかかれたような跡がある。ゆうしゃは腰のポシェットに入れていた聖水を取り出す。少女はひったくるようにレッドベリーと聖水を取って、握りしめた。
「約束だ。ドラコを借りるぞ」
「その必要はないわ。ほらっ、ドラコ」
少女は門の前の兵士を指さした。ドラコは短く吠えると、一目散に兵士の元へ駆けていく。
「ひ、ひ、ひょえぇ~!! カンベンしてくれぇ~!! イヌだけは! イヌだけはああああ~~!!」
ここから兵士の姿はよく見えないが、大きな声はよく聞こえた。情けなくドラコから逃げた兵士は、あっという間に見えなくなってしまう。
少女にお礼を言おうとしたとき、その姿がなく、ゆうしゃは辺りをきょろきょろと見回す。
「もう行ったみたいだな。愛想のないガキだぜ」
「カミュ、よくわかったね」
「何がだ」
「あの子、自分だけじゃなくて、ドラコも食べられるものが欲しかったんだね」
「ああ……いや、まぁ、勘だけどな。下層とはいえ、城壁の内側にいれば魔物に襲われることはそうそうねぇよ。だけどあの犬は怪我をしていた……ってことは、城壁の外へ出たって事だ」
「……もしかして、ご飯を探しに?」
「だろうな。んで、聖水をほしがったって事は、あのワンコロが魔物に襲われずに飯を探しに行けるようにってことだろ」
「……」
「同情なんかするなよ。ああいうのはこの世の中にはたくさんいるんだ。いちいち手助けしてたら、身が持たねぇぞ」
「……わかってる……」
「兵士が戻ってくる前に上層へ行くぞ」
歩き出したカミュを追いかけながら、空を見た。
……空はすっかり、真っ暗になっている。急がなければ。
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