3章『生業の中で』
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
着替え終わり、部屋の外で待っていたカミュと合流し、件のシスターのもとへ向かう。熱心に女神像に祈っていた老シスターは、ゆうしゃを見て皺を深くして笑った。良くしてもらった礼を言い、借りていた布の服を返せば、シスターは「極悪な囚人が逃げ出している」話をしてくれた。
「まぁ、ご飯くらい召し上がって行けばよろしいのに」
シスターは少し残念そうに言った。
「……ありがとうございます。でも、急がないといけないんです」
「そう……何かはわかりませんが、とても大事なことなのですね。では、こちらをお持ちなさい」
シスターは女神像の傍に供えてあった、小さな小瓶を手に取り、ゆうしゃに差し出した。受け取ると、ひんやりと冷たい。けれど、なんだか気分が晴れていくような、不思議な心地がした。
「それは聖水です。振りまけば魔物を払う力があります。大した物ではありませんが、何かのお役に立てるでしょう」
「ありがとうございます」
「くれぐれもお気をつけて。最近は魔物も増え、城下では脱走騒ぎ。何か、大きな出来事の前触れのような気がするのです」
心配してくれるシスターと挨拶もそこそこに別れ、二人はデルカダールへ続く道を歩き出す。
「そうだ、ゆうしゃ、これつけとけ」
道中、カミュはくすんだ色のボロ布をゆうしゃに手渡す。広げてみると、少し臭い。
「なにこれぇ……」
「頭に巻くんだ。顔を隠すにはちょうどいいだろ」
「長さはちょうどいいけど、臭いよ……」
「我慢しろよ。お尋ね者なんだから。ずっとフードかぶってたオレと違って、お前は追っ手にばっちり顔見られてんだからな」
「うぇぇ……せめて洗っていい?」
「ダメだ。これから行くとこはお前みたいな小綺麗な格好のお嬢ちゃんが気軽に行くとこじゃねえんだ。お尋ね者らしく、少しでもみすぼらしくしてろ」
「これから行くとこって……デルカダールでしょう? デルカダールには最先端のトレンドのファッションがどうたらって村のお姉さん言ってたよ」
「そのお姉さんが言ってたのは上層のことだ。これから行くのは下層だ」
「上と下で何か違いがあるの?」
「行けばわかるさ」
面倒くさそうに言われて、ゆうしゃは閉口する。大人しく嫌なニオイがする布で顔を隠すように巻いた。
……助けてもらった恩がある以上、あまり強くは出られない。そもそもゆうしゃは口喧嘩に弱い。いつもエマに負けて、ゆうしゃが折れるか、メタすけが助けてくれた。
……そういえば、メタすけはいつもゆうしゃを助けてくれた。どんなときでも、メタすけはゆうしゃの味方だった。不思議と、ゆうしゃが寂しいときや怖いとき、すべてわかっていたようにメタすけがいてくれた。
村のことも心配だが、メタすけのことも心配だった。村の人たちは優しく迎えていたけれど、他の町の人たちは魔物を恐れるという。敵意のない魔物にまで怯える理由がゆうしゃにはよくわからなかったが、確かに突然襲ってくる魔物に対して、「怖い」と思うことは仕方が無いことだ。はやくメタすけと合流して、急いで村へ……。
「……お、いいもん見つけた」
突然、少し先を歩いていたカミュが立ち止まる。彼は長い腕を伸ばして、近くの木から真っ赤な果実を取った。
「おい、ゆうしゃ、これ食ってみろよ」
そう言って差し出したのは、真っ赤な果物。掌ほどもある大きなものをゆうしゃに渡し、カミュは笑う。
「これなに? いちご?」
「レッドベリーっていうんだ。美味そうだろ」
……そういえば、城に捕らわれてから今まで何も口にしていない。意識すれば、忘れていた空腹感が甦ってくる。やっぱり、シスターに甘えてご飯をごちそうになれば良かったかな、などと意地汚いと思いながらも後悔する。ここからはご飯を食べる余裕なんてないだろうし、ちょうどいいかもしれない。ゆうしゃは柔らかそうな果肉に思い切り噛みついた。
「っっっっ!!!???」
しかし、それを飲み下すことはできず、かといって吐き出すのははしたないと理性が止め、全身を震わせながらなんとか飲み込んだ。
「からあぁぁい!!!」
犬のように舌を出して少しでも辛味を逃がそうとする。カミュが差し出してくれた水筒を受け取り、一気に飲み干す。……まだ辛いのが、舌の上に存在しているみたいだ。見れば、カミュは笑いを堪えているのか、口に手を当て肩を震わせていた。
「カミュ!!」
「あっはっは、悪い悪い。あんまりにも辛気くさい顔してっからさ」
「酷いよ!! 食べられないものってわかってて食べさせるなんて!!」
「いや、キラーパンサーとかは美味そうに食ってたぞ。それに肉料理の味付けなんかには最高だぜ?」
「でも人間は普通そのままでは?」
「食べないな。ぷふっっ!!」
「もう!!」
よほどおかしかったのか、カミュはまだ笑っている。そんなカミュを見ていると、なんだかゆうしゃまで笑えてきてしまう。
「やっと笑ったか」
「え?」
「辛気くさい顔で後ろ歩かれたらこっちまで辛気くさくなるんでな」
「……もしかして、元気づけようとしてくれたの?」
「さぁな」
ひらりと手を振って、カミュは再び歩き出す。
地下牢にいたこと、脱走も手慣れていたこと……お世辞にも「まとも」といえるような人間ではないと思っていたが、彼はゆうしゃを「信じる」と言った。
正直、わからないと思った。何か思惑があったとしても、地下牢から連れ出し、脱走を手伝ってくれたのは事実だ。くだらない悪戯も、ゆうしゃを元気づけるためのものだろう。
……どうしてこんなに優しい人が、あんな場所に居たのだろう。知りたいと思った。だが、ゆうしゃにはそこまで踏み込む資格も、勇気も無かった。
今はとにかく、イシの村へ戻ること。そのための裏道を、彼から教えてもらうこと。ゆうしゃは遠ざかるカミュの背中を、置いて行かれないように追いかけた。
▽