3章『生業の中で』
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誰かに名前を呼ばれた。誰だろう、エマ?
だけど、声は男の人のものだった。おじいちゃんよりも若くて、メタすけより低い声。
「おい、ゆうしゃ、起きろ」
うっすらと開けた目に、青い髪と青い瞳が映った。
「……あ、え……?」
「大丈夫か?」
うまく口が回らない。この人誰だっけ。そもそも、ここはどこだ? 起き上がったゆうしゃは周囲を見て、見覚えのないものばかりで困惑する。寝かされているベッドはゆうしゃの家のものではない。窓の向こうには知らない風景。
しかし、すぐにハッキリと意識を失う前の光景を思い出した。そして、今更ながら、その恐ろしさに震える。よくもまぁ、あんなところから飛び降りられたもんだ。そして無事でいられるなんて…!
「あれからずっと気を失ってたぜ。勇者の奇跡ってやつを信じて崖から飛び降りたが……どうやらその賭けには勝ったらしいな」
呆れたように肩を竦めた青年。ゆうしゃを牢から連れ出してくれた人だ。ゆうしゃは飛び降りる直前のことを思い出す。
「……カミュ、無事だったんだね」
「おう、記憶は失ってねぇみたいだな?」
「一瞬、わかんなかったけど。私たち、飛び降りたはずだよね?」
「あぁ。何が起きたかわからねえが、気づいたときには無傷で崖下の森の中さ。無傷だったのはいいが、お前は目を覚まさないし、俺もびしょ濡れだし、とりあえず野営でもしようと思ったら、教会を見つけてな。シスターが休ませてくれたんだ。後で礼を言っとけよ」
「ど、どれくらい!? どれくらい寝てた!?」
もう、ホメロスたちは村に着いてしまったんじゃないだろうか。ゆうしゃは慌てて起き上がろうとするが、カミュが手のひらで制した。
「落ち着け、まだそれほど時間は経ってねぇ。気持ちはわかるが、今来た道を戻れば確実に捕まるぞ」
「でも……!」
「さっきシスターから聞いたが、城下はいま大変らしい。凶悪な囚人二人が逃げ出したんでな」
それは、ゆうしゃたちのことだ。言わなくてもすぐにわかる。カミュはにやりと笑う。
「さて、これでお前もオレも、仲良くお尋ね者ってわけだな」
「笑ってる場合じゃないよ……」
「イシの村っつったか、お前の村。南の渓谷地帯にあるってのはほんとか?」
「うん。谷と谷に挟まれるようにして存在してるから、魔物も人も滅多に近寄らないってエマのおじい………村長が言ってた……」
「なるほどな。天然の要塞ってわけか。あり得ない話じゃねえ。現にお前はそこから来てるしな。シスターが言うには、どうやらあの大英雄グレイグまでもが渓谷地帯への道を封鎖するために向かってるらしい。恐らく、俺たちの逃亡を知って、先回りしてる」
「え……グレイグって……」
「そう、お前を牢にぶちこんだあのグレイグだよ。いまイシの村に行けば、必ず鉢合せする。そうなりゃ絶対に捕まるだろうな」
「そんな……」
「そこで、だ。オレは何度かあの渓谷地帯に行っててな。裏道を知ってんだ。そこならグレイグに見つからず、かつ最短距離であの渓谷地帯にまで行けるはずだ。よかったら案内してやろうと思うわけだ」
「え、ほんと!?」
「ただし、条件がある」
手を合わせて喜んだゆうしゃに対して、カミュは真剣な顔で告げる。
「デルカダールに忘れ物があるんだ。それを取りに行きたい」
「……えっ!?せっかく逃げてきたのに!!?」
「わざわざ戻ってでも取りに行きたいシロモノなのさ。いいだろ、牢屋から連れ出してやったんだ。ここからならさほど時間もかからず城下町へ行って、裏道通ってイシの村まで行けるはずだ」
わざわざ戻ってでも。そう言われて、ゆうしゃも自分が忘れ物をしていることに気づく。
必ず合流すると言っていた銀色のスライム。まさかゆうしゃがお尋ね者になっているとは思ってないだろう。気づかず、いまだに城下町で探しているかもしれない。その最中に誰かに見つかったら……けいけんちにされてしまうかもしれない……。
「………うん、取りに行こう」
「ん? なんかすごい深刻な顔してないか?」
「いや……私も忘れ物を思い出したっていうか」
「ん? なんだ?」
「と、とにかく急ごう! ゆっくりしてる時間なんてないよ!」
「お、おう……あ、そうだ、濡れた服はシスターが乾かしてくれたから、着替えたら礼を言いに行くぞ。お前の着替えとか、全部あの人がやってくれたからな。感謝しとけよ」
そう言って、カミュはベッド脇のチェストに置いてあった服を指差す。ゆうしゃが村を出るときに譲り受けた祖父の衣装だ。きちんと畳んである。
ふと、母のことを思い出した。母はいつも、洗濯が終わると着替えを畳んで置いてくれていた。幼い頃、綺麗に畳めなくて、コツを教えてもらったことを思い出した。
……急がなければ。ホメロスが何をするつもりかはわからない。だが、決して良いことではないだろう。真偽はどうあれ、デルカダール王にとっては悪魔の子を育てた村の人々だ。先刻のゆうしゃのように牢に入れられ、最悪処刑されてしまうかもしれない。想像はどんどん悪い方へと向かってしまう。ゆうしゃは振り払うように服に手を伸ばした。
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