2章『脱獄ランデブー』
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「牢屋に入れられたぐらいでオロオロびくびくしやがって。しけた野郎だな」
「……野郎じゃない」
「はっ、なんだ、女か。そりゃ失礼したな。ところでお前なにをやらかした? ここは牢の最下層だ、よほどのことをやらないとここまでは入れられねえぞ」
「何もしてない! ただ、王様に勇者だって名乗っただけ……」
「……は、勇者?」
「そりゃ、確かにいきなり勇者だなんて言われたら驚くし、私だってまだ信じ切れてないけど、まさかいきなりこんな…」
「そうじゃねぇ、なんだと、お前が勇者だと?」
そのとき。こちらを見た彼の瞳が、松明に照らされ煌めいた。
世界だ。神の岩の頂上で見たのと同じ。空と、海の色。ゆうしゃは置かれている状況など忘れ、とても綺麗だと思った。
「……つまり、なんだ、勇者って名乗って此処へ入れられたってのか?」
「う、うん……」
「……一応聞くが、それは本当なんだろうな?」
「ほんっ……とうかどうかは、実は、まだ……」
ゆうしゃは鉄格子を握り、うつむく。胸元には、翡翠の首飾りがあった。
「……王様に会えば、全部わかるって……村の人たちはみんな、信じて送り出してくれたのに……」
「……」
彼が何か言いかけたとき、足音がした。足音の方向を見れば、先ほどゆうしゃを取り囲んでいた兵士と全く同じ格好の兵士がいた。思わず身を固くしたゆうしゃには目もくれず、兵士は向かいの牢の男に向かって声をかけた。
「お待ちかねの食事の時間だ、取りに来い」
まるで動物に餌をやりに来たような言い方にすこしの腹立たしさを感じたゆうしゃだが、男は気にした風でもなく、立ち上がって兵士の前に立つ。
兵士は手に持っていた器を床に置いて立ち上がる。そのとき、男が笑ったのが見えた。
「ぐっ!!?」
どすり。
鈍い音がして、彼が兵士に何かしたのがわかった。ゆうしゃには兵士の背中しか見えないが、次の瞬間に崩れ落ちた兵士を見て、彼が当て身を食らわせたことがわかった。彼は兵士の服をまさぐり、まるで最初からそこにあるのがわかっていたように鍵を取り出す。取り出した鍵を自身の牢の錠前に挿し入れ、あっさりと開けてしまう。
牢の扉が開き、彼は兵士の両脇を持って格子の内側へ引きずる。兵士が腰に提げていた剣を引き抜くと、彼は今度はゆうしゃのいる牢へと向かってくる。思わず後ずさるゆうしゃに構わず、彼はゆうしゃの牢の鍵を開け、まるで自分の物のように剣を振り、肩の後ろへと引く。
「オレの前に勇者が現れるとはな……」
まるで、値踏みをするようだと思った。もしかすると、実際にゆうしゃの力量を推し量っていたのかもしれない。
見れば、まだ若い。ゆうしゃよりもすこし上くらい。闇に紛れるような草色のフードを目深にかぶり、その表情はいまいち読み取れないが、青い瞳がキラリと煌めいている。細身ながらもしっかりと筋肉のついた胸元を惜しげもなく晒し、独特の色気がある。
「すべてはあの預言の通りだったって訳か」
「え……?」
「来な」
戸惑うゆうしゃに構うことなく、青年は顎で自身が囚われていた牢を示す。素性の知れない、しかも牢獄で知り合った男の言う通りにすることに、一瞬の躊躇いを抱くが、他に選べる選択肢はない。ゆうしゃは青年の言う通りに向かいの牢へ足を踏み入れる。それを見て、青年は小さく笑むと、床に無造作に置かれていた藁で作られた敷物に手を伸ばす。しかし、何かを感じてすぐに手を引っ込めた。
「ちょっと待ってろ」
短くそれだけ言ったかと思えば、足音もなく地を蹴り駆け出していた。
「貴様……ぐわっ!!?」
通路の奥。ゆうしゃからは見えないところで悲鳴が上がる。恐る恐る覗けば、青年がゆったりと歩いて戻ってきた。青年の肩越しに、倒れ付した甲冑が見えた。
「殺してはいない。ただしばらくは起きないだろうな」
不安げなゆうしゃの顔に気づき、青年は淡々と告げた。手に持っていた麻袋と片手剣をゆうしゃに突きだす。
「これ、お前の荷物じゃないか?」
「あ……」
「この先手ぶらじゃ危険だからな。向こうの部屋に置いてあったから、ついでに取り返しておいたぜ。オレも愛用の短剣を取り返すことが出来た。こいつがあれば百人力だぜ」
反対の手に持った短剣を示し、笑う。ゆうしゃは剣を受け取り、背に背負う。麻袋は背負う前に、中身を手探りで確認する。指先が麻とは違う布に当たり、掴んで取り出す。空色の布袋。エマがくれた御守りが無事で、ひとまず安心した。
「さて、他の兵士が来る前に逃げるとするか」
言いながら、青年は壁に立て掛けてあった松明を取った。
……事も無げにやってみせたが、見張りを気絶させ、鍵を奪い、荷物を取り返し、武器を確保する。かなり難易度の高いことだ。それを短時間で、しかも鮮やかに成し遂げた。何者なのだろうか、この青年は。……信用しても、大丈夫なのだろうか。
「疑ってんのか、オレのこと」
「えっ……」
「ま、普通の心理だわな。けど、今は手段選んでる場合じゃないんじゃないか? ここから出たいんだろ」
「……出たい」
青年の言う通りだった。ここからイシの村までは馬で1日と半分。すぐに追いかけなくては、あのホメロスという男が何をするかわからない。……手段なんて、選んでいる場合じゃない。
青年はゆうしゃが牢へと入ってきたのを見て、満足そうに笑う。敷物に手を伸ばし、掴んで持ち上げる。表れたのは、人一人がやっと通れそうな穴だった。
「ずっとこの穴を掘っていたんだ」
「えっ?ど、どうやって?」
「こいつだよ」
ニヤリと笑って取り出したのは、スプーンだった。……そんなもので穴を掘るなんて、いったいどれくらいの時間をかけたのか。
「牢屋じゃ、やることないからな。今日脱獄しようと思っていたが、そんな日にまさかお前が来るとはな。どうやらあの預言の通り、オレはお前を助ける運命にあるらしいな」
「預言ってなに……?さっきも言ってたよね」
「詳しくは話してる暇がねぇ、急ぐんだろ?」
青年は松明をゆうしゃに差し出した。
……最後に選ぶのは自分。ゆうしゃは松明を受け取り、穴の中へ降りていった。
▽