1章『その名は勇者』
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翌日、村の人たちは、やはり総出でゆうしゃ の旅立ちを見送りに来てくれた。母と並んで歩く道中、たくさんの励ましの言葉と、旅のアドバイスをもらった。
ただ、そこにエマの姿だけがなかった。
「おじいちゃん、よくあんたを連れて釣りに行ってたねぇ。大きな滝の見える川のほとりで三角岩に座っておじいちゃんを見つめているあんたの姿が今でも目に浮かぶよ」
母が用意してくれた服を身にまとって、剣を背負う。昔読んだ挿絵の勇者は、剣をこんな風に背負っていたから、と。
丈夫な革と布で作られたこの服は、かつて祖父のテオが若い頃に着ていたものだという。今日の日のために、ゆうしゃ の身体に合うようにペルラが仕立て直してくれたのだ。
「……本当に立派になって。その姿、おじいちゃんにも見せてあげたかったわ」
「お母さん……」
「ゆうしゃ 、忘れちゃダメよ。あんたは村で一番勇敢だったおじいちゃんの孫なんだからね。この先何が起きてもあんただったら乗り終えられるってお母さん信じてるわ。だから、頑張ってくるんだよ」
やがて、村の唯一の門の前に、ダンと一頭の馬がいるのが見えた。ダンはゆうしゃ の姿を見て、感慨深げに溜息をつく。
「よく似合っておる。お主は女の子じゃが、テオの若い頃を思い出すわい」
「村長…」
「ずっと言えんですまんかったな。テオの遺言は聞いたとおりじゃが……最後には、お主の好きなようにさせて欲しいと言われておったんじゃ。お主が行きたくないと言ったなら、その通りにさせよとな……」
ダンは髭に埋もれた瞳を細めた。
「じゃが、お主は選んだ。この先、お主にはわしらの想像もつかぬような運命が待ち受けておるのかもしれん。忘れるなよ、お主はイシの村の民。大地と共に生きる民じゃ。テオは、お主の祖父は最期までお主を案じておった。血は繋がっておらぬが、確かにテオはお主の祖父じゃった。胸を張って良い」
その言葉は、ゆうしゃ の迷いを払うには充分だった。ゆうしゃ は大きく頷いて、胸を張った。
「さて、お主にわしから贈り物じゃ。村一番の器量よしの馬じゃぞ」
馬の手綱を引き寄せ、ゆうしゃ と馬を引き合わす。ゆうしゃ は馬のたてがみを撫でつけ、地を蹴り鞍にまたがる。メタすけが続いて飛び乗り、馬に提げた麻袋の中にごそごそと入り込む。
「村を出てまっすぐ北へ向かえばデルカダール王国じゃ。道中は魔物に会うこともあるかもしれんが、お主ならば大丈夫じゃろう」
「はい」
「ゆうしゃ 、あんたは自慢の娘だよ!」
ペルラが駆け寄り、ゆうしゃ を見上げた。この顔を、しばらく見ることが出来なくなる。ゆうしゃ はこみ上げる寂しさを振り払うように、笑顔で返した。
「メタすけ、ゆうしゃ のことを頼んだよ……辛いことがあってもくじけずに頑張ってくるんだよ!」
「任せて、お母さん!」
「……いってきます!」
ゆうしゃ は馬をゆっくりと前進させる。たくさんの声援と、見送りの言葉を受けながら、ゆうしゃ は振り返らず、前だけを見ていた。
「ゆうしゃ 、待って!」
もうすぐ山を下るというとき、エマの声がした。ゆうしゃ は馬を止めて振り返る。村の方からエマが走ってきた。息を切らせ、ゆうしゃ に近寄ると、両腕を突き出した。
「これを……昨日あなたが旅立つって聞いて急いで作ったの……!」
掌の上には、小さな布袋があった。
「魔除けの薬草を入れておいたの。あなたの旅の無事を祈るお守りよ!」
「エマ……ありがとう……!」
「……どんな使命があるのか私にはわからないけど、どこにいても、この村のこと忘れないでね……絶対に、元気で……いつでも帰ってきてね、ゆうしゃ 、メタすけ!」
エマは笑顔で、ゆうしゃ を見上げていた。本当は馬を下りてお守りを受け取りたかった。
しかしそれをすればゆうしゃ は、寂しさに負けて旅立つことをやめてしまいそうだと思った。だから馬からは下りず、腕を伸ばし、お守りを受け取った。
「エマ……いってきます!」
「いってらっしゃい!!」
ゆうしゃ は馬の腹を蹴った。手綱を引き、馬を走らせる。
エマは小さくなっていくゆうしゃ の背中を、見えなくなるまでずっと、見送っていた。
見えなくなってからも、涙が止まるまでずっと……。
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