1章『その名は勇者』
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ゆうしゃ が勇者の生まれ変わりであることは、すぐに村中に知れ渡ることとなった。ペルラが作りすぎた料理を平らげるために、村中の人が集まって、ゆうしゃ の旅立ちを祝ってくれた。娯楽の少ないイシの村では、ちょっとしたことでも飲む理由にしてしまうので、すぐにどんちゃん騒ぎになってしまう。
ふと、気がつけばエマが居ない。宴会の準備を手伝っていたときにはいたのに。しかし、ゆうしゃ にはすぐにどこに居るのかわかった。
「エマ」
予想通り、村で一番古い木を見上げるエマを見つけた。エマは月明かりの下で、にっこり笑った。
「ゆうしゃ 、覚えてる? 子供の頃この木にスカーフを引っかけて、私、大泣きしたの」
「……覚えてるよ。エマは泣き虫だったから」
「ゆうしゃ はなんとかしようと村中駆け回ってくれて……結局、大人の人が取ってくれたのよね」
「うん、おじいちゃんだったっけ?」
「あら、違うわ。確かお母さんよ」
「そうだったっけ? 男の人じゃなかった?」
「どうだったかしら……」
思い出すのを阻むように、風が一陣、吹いた。エマのスカーフが緩んで飛んでいく。ゆうしゃ は腕を伸ばして捕まえる。
「……私、子供の頃からちっとも変わってないわね」
スカーフを受け取り、握りしめて、エマはぽつりとこぼした。
「ゆうしゃ 、あなたは変わったわ。とても強くなった」
「エマ……」
「いつか、こんな日が来るんだろうなって、思ってたの。あなたはいつかこの村を出て行くって」
「私、村を出るつもりは……」
「わかってる。ゆうしゃ はこの村を守るために強くなろうとしていた。でも……なんていうのかな、予感って言うか、運命って言うか……あなたは、この村に収まるような人じゃないって思ってたの」
エマは、泣きそうな顔で笑う。
「だから私、あなたが勇者だって聞いて、納得しちゃったの。信じたくなかったけど、やっぱりっていう気持ちの方が強かった。遠い遠い昔、世界中が魔物に襲われて大変だったとき、どこからともなく勇者が現れて世界を救ったっていう話。あれはあなたのことだと思ったの」
「……私は信じられないよ、私が、勇者だなんて…」
勇者とは、神話に出てくる英雄の肩書きだ。邪神を討ち滅ぼし、世界に光をもたらした者。勇者は星になって、今もこの世界を見守っているという。暗い空に、一際輝く明星こそが、世界を守る礎となった勇者だと。
そんな存在と、自分が同じものだなんて、どうしても信じられなかった。
「だからこそ、あなたは行くんでしょう」
すべてを見透かした幼なじみは、ゆうしゃ を見ていた。
「デルカダールへ行けば、自分が何者なのか、きっとわかるはずよ」
「エマ……」
「じゃあね、ゆうしゃ 」
駆けだしたエマを、追いかけることは出来なかった。
……自分が何者か。考えたことなどなかった。だってゆうしゃ は幸せだった。この村で、母と、祖父と、幼なじみと、村の人たちに囲まれて、幸せだった。
けれど、見てしまった。世界がどれほど広大なのか。
知ってしまった。イシの村で育った自分以外の、何者かがいることを。
自分を生んだ本当の母親。生きているのか。死んでしまったのか。自分は棄てられたのか。何か事情があって手放さなければならなかったのか。
ゆうしゃ は大人になってしまった。
子供のまま、何も知らないままではいられなくなっていた。
「ゆうしゃ …」
足にひんやりとしたものが当たる。メタすけだ。ゆうしゃ はしゃがんで、メタすけを抱き込む。
「ごめんね、出て行くのが見えたから、追いかけてきた」
「メタすけ………」
「よしよし、いきなりだったから、びっくりしたんだよね」
「……」
メタすけはいつも、ゆうしゃ の味方だった。どんなときも、ゆうしゃ を責めることだけはしなかった。じっと傍にいてくれて、ゆうしゃ が話すのを待ってくれる。ゆうしゃ はメタすけを抱きしめて、顔を埋める。
「メタすけ……私、私ね……」
「うん」
「見ちゃったの……ロトゼタシアって、すごく広いんだよ……海も、大地も、空も、うんと遠くまで広がっててね……」
「うん」
「私、どこから、来たのかな」
「ゆうしゃ ……」
「勇者だなんて、いきなり言われても信じられないけど……でも、この世界の何処かに、私を産んだ本当のお母さんがいて、『勇者』はその人につながっているのかな……」
「知りたくなっちゃったんだね、君は。自分が何者なのか」
「うん……うん……!」
「だったら、思うようにしたらいいんだよ。大丈夫、何処に行っても、僕は君の味方だよ。何処へでも、僕はついていくから」
子供のように泣いてしまえたら、どんなに楽だっただろう。だけど、ゆうしゃ はもう大人になったのだ。泣くことはしない。メタすけを抱きしめて、夜風を身に受けながら、ゆうしゃ はしばらく動けなかった。
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