1章『その名は勇者』
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「ゆうしゃ 、おかえり!! 大丈夫だったかい!!?」
ゆうしゃ が「ただいま」を言うより早く、ペルラはお玉を手に持ったまま駆けつけてきた。
「頂上に雷が落ちてね、大きな音がしたんだよぉ……わたしゃびっくりしてあんたのところへ行こうかと思ったんだけど、あんたなら心配ないってマノロも言うしね……シチューも焦がしちゃいけないしね……」
「おばさま、ゆうしゃ なら心配なかったわ。きっとあの雷はゆうしゃ が呼んだのよ!」
エマの言葉にペルラは泣きそうだった瞳を大きく開いて驚いていた。我が母親ながら、忙しい人だと思った。
「ゆうしゃ が雷を呼んだ? あんた、呪文の練習をしていたけど、いつの間にそんな技を覚えたんだい」
「それがね、ゆうしゃ の左手の痣があるでしょ? あれが光って、雷がピカッゴロゴローって!」
「痣が光った…?」
ペルラの声色が変わった。表情がどんどん冷めていき、顔色が悪くなる。
「お母さん?」
「……ゆうしゃ 、エマちゃんが言ってることは、本当かい?」
まるで、否定して欲しいと言われているようだった。いつもうるさいくらいに賑やかな母なのに。戸惑いながらも、ゆうしゃ は頷いた。
「……そうかい、そんなことがあったんだね」
ペルラは目を閉じて、何度か頷くと、ゆうしゃ を見た。
真剣で、まっすぐな眼差し。母のこんな表情は、はじめてだ。
ペルラは奥の部屋へ歩いて行き、引き出しから何かを取り出して、持ってきた。両手で包むように持ったそれを、ペルラはそっと開いて見せた。
緑色の石がついた首飾りだ。石には金色の紋様が施されており、おそらく高価な物なのだろう。しかし、母は宝石なんて身につけない。お化粧だって全然しない人だ。
「これは翡翠の首飾り。あんたが成人の儀式を終えたらその首飾りを渡すようおじいちゃんに頼まれててね」
ゆうしゃ の手を取り、首飾りを握らせる。
「……実は16年間、村のみんなにも言わないでずっと黙っていたことがあるんだ。知っているのはあたしとダン村長……死んだおじいちゃんだけよ」
「え……?」
「おじいちゃんはイシの大滝で、まだ赤ん坊だったあんたを見つけたんだ。あたしはちょうど流産したばかりでね……あたしが育てたいって言い出したんだよ。おじいちゃんは何も言わなかったけど、あんたが何者なのか、おじいちゃんはちゃんとわかってたんだよ」
「私が、何者なのか…?」
そんなことを、考えたこともなかった。
ゆうしゃ にとっての母は、目の前のペルラ一人だけだ。父親はいなかったけれど、祖父と、村の人たちがいた。大切にしてもらった。自分は、イシの村のゆうしゃ 。それ以外に考えた事なんてなかった。
「ゆうしゃ 、あんたはね、勇者の生まれ変わりなんだよ」
母は、まっすぐに告げた。
「勇者って……あの、勇者ローシュ様のこと?」
「勇者がなんなのか、おじいちゃんは教えてくれなかった。だけど、あんたは大きな使命を背負っているってずっと、おじいちゃんは言ってた。考えたくなかったけど、あんたの周りでは不思議なことがよく起こったからね……」
ペルラは、ゆうしゃ の足下のメタルスライムを見た。魔物と……それも、臆病なことで有名なメタルスライムと兄妹のように育つなんて。都会の学者が聞いたらびっくりするよ、とペルラは力なく笑った。
「ゆうしゃ が成人の儀式を終えたら、北の大国デルカダールに向かわせてほしい。そして王さまにその首飾りを見せたとき……すべてが明らかになるだろう。それが、おじいちゃんの遺言だ。だからね、あんたは勇者の使命を果たすためにこの村を出てデルカダールに行かなきゃいけないんだ」
「デルカダール……?」
デルカダールといえば、イシの村から北へ向かったところにある、大国だ。ゆうしゃ は行ったことがない。けれど村のお姉さんが行きたいと騒いでいたのを覚えている。
「……言えなくて、ごめんね、ゆうしゃ 」
「お母さん……」
「ずっと、あんたには言えなかったんだ。言えば、あんたがあたしの子じゃないって言うみたいでね……。あんたとあたしは、確かに血はつながっていないよ。だけど……」
「私のお母さんは、ペルラだよ」
ゆうしゃ は迷いなく告げた。それを聞いて、ペルラは涙を流す。
「さあ、明日から当分会えなくなるわ! 今夜はお母さんがとびっきりおいしいご飯を作ってあげるからね!」
ぐりぐりと、ペルラはハンカチを押しつけるようにして涙をぬぐった。
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