1章『その名は勇者』
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時にエマに手を貸しながら、険しい山道を登っていく。幸い、天気はそれ以上に崩れることはなく、二人はなんとか予定通りに神の岩の頂上へとたどり着くことが出来た。
「惜しいなぁ、天気がよかったらきっと絶景が見れたはずなのに」
エマの言う通り、頂上は真っ白な霧に包まれ、先は何も見えない。それどころかゴロゴロと大きな音がして、空はどんどん暗くなっていく。
「やだ、雷……ゆうしゃ 、早くお祈りを済ませて山を下りなきゃ」
「そうだね、急ごう」
何が見えたかを報告するまでが儀式、と言われたのだが……何も見えませんでしたなんて、格好がつかない。ゆうしゃ は少し残念に思う。エマを追ってお祈りのために崖に近付くと、遠くから嘶きが聞こえた。
鳥の声? 見上げたゆうしゃ の視界に、黒い雲を割るようにして飛び込んできたのは、大きな鳥。いや、魔物だ!
「エマ!!」
弾かれたようにゆうしゃ が叫べば、驚いて振り返ったエマも魔物に気づく。しかし鳥の姿をした大きな魔物は、翼を大きく動かし急降下する。二人の間、風を巻き上げながら通り抜けた魔物。ゆうしゃ は態勢を低くして耐えるが、崖に近いところにいたエマはよろけ、身体が宙へと躍り出ていた。
「きゃああっ!」
「エマ――!!」
落ちたエマは、なんとか岩壁を掴んで耐えていた。ゆうしゃ は手を伸ばし、エマの腕を握る。引き上げようと力を込めるが、またしても風が巻き上がり、エマは岩壁から手を離し、完全に身体が宙に浮いた。
「ゆうしゃ 、助けて……!」
「エマ……!!」
風が巻き上がる。またあいつが来る。
このままでは、エマを守れない!
「うぁああああああっ!!」
守りたい。心を支配していたのは、ただそれだけだった。その気持ちに呼応するように、左手に熱がこもった。
瞬間、一際まばゆい光と、轟音がした。
「えっ…?」
エマは、迫っていた大型の魔物に、まっすぐに雷光が落ち、絶命するのを見た。
自分の腕を掴む、ゆうしゃ の左手。その甲に浮かんだ痣が、光を放つのを、見た。
「ゆうしゃ 、エマ、大丈夫!?」
メタすけの声がする。
「メタすけ、引っ張って!!」
「おうとも!!」
メタすけは地面に這いつくばるようにして、全体重をかけてエマを支えるゆうしゃ の足に絡みつき、思い切り引っ張る。
なんとか地面へと戻れたエマは、座り込んだ。心配してゆうしゃ も座り込み、その顔を覗く。エマは、なんとも言えない表情をしていた。恐れではない。戸惑いだ。
「……まるであなたが雷を呼んだみたい」
エマに言われて、ゆうしゃ は初めて自分の左手に気づく。子供の頃から左手にうっすらあった痣が、くっきりと、浮かぶようにして光を放っていた。
……暖かい。優しい光。ゆうしゃ はこの光を知っている気がした。何かを思い出すような、そんな感覚がしたとき、光は溶けるように消えた。
「消えちゃった。……なんだったのかしら」
「……こんなこと、はじめてだよ……」
「……なんだか、今日は不思議なことばかりね」
へらり、とエマが笑う。ゆうしゃ は安心したと同時、大事なことを思い出す。
「お祈り! 忘れるとこだった!」
「やだ! 早く済ませて降りなきゃ、天気が……」
言いかけて、エマは空を見た。雨がやんでいたのだ。エマには、ゆうしゃ の力のような気がしてならなかった。
「我らイシの民、大地と共にあり」
二人は並んで、大地の精霊へ、ロトゼタシアに生きるすべての精霊に、祈りを捧げる。勉強はからっきしだったゆうしゃ はお祈りの言葉なんて覚えていないので、エマの言葉をなぞるようにして祝詞(のりと)を呟く。
「…あ…!!」
祝詞の途中。ゆうしゃ は情けない声を漏らした。裏返った、変な声。だけどそんなことは、目の前の景色の雄大さが忘れさせた。
白い霧の隙間。若草色の草原と、青く何処までも続くかのような海、空……命の大樹。そのどれもが、陽光を浴びてキラキラと輝いていた。
世界だ。ゆうしゃ の目には、世界が映っていた。広大で、何処までがロトゼタシアなのだろう。海の向こうは? 本で見た砂の海はどこにあるのだろう。
「このしきたりを考えた人、きっとこの景色を見せたかったんだね」
呟くように言ったエマに、ゆうしゃ は頷くことしか出来なかった。
ゆうしゃ が知っているのは、イシの村の中だけだ。草原が何処まで続くのか、海は何処まで青いのか、空は何処まで広がっているのか、ゆうしゃ はまだ何も知らないのだと、思い知った。
「…私、ゆうしゃ と同じ日に生まれて、本当に良かった」
エマはとっておきの秘密を教えるように、ゆうしゃ に笑いかける。ゆうしゃ も、白い歯を見せて笑った。まるで子供のように、笑った。
「一緒にこの景色を見られたんだもの」
子供のように、笑ったのだ。
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