1章『その名は勇者』
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
神の岩に向かうためには、洞窟を抜けなければならない。洞窟には魔物がいるが、弱く、臆病なものが多いため、刺激しなければ襲われることはない。
「もしも怪我をしたら言ってね、薬草をたくさん持ってきたの!」
エマは背負った麻袋を指さした。
「本当はマフィンも焼こうかと思ったの。でも、それじゃあピクニックになっちゃうと思って」
「でも、頂上はきっと景色が良いから、そこでマフィンを食べたら最高かもね」
「ねぇ、この儀式が無事に終わって、大人の仲間入りしたら……一緒にピクニックをしましょうよ」
手を叩き、エマは子供の頃と変わらない笑顔を向ける。ゆうしゃ は頷いた。
「それ、名案だね!」
「私はマフィンを焼くわ、ゆうしゃ はお弁当ね!」
「あぶったお肉と、ふわふわの卵……他には何を入れよっか」
ガールズトークを繰り広げる二人の女子を追いかけながら、メタすけは溜息をついた。
「二人とも、成人の儀式ってこと忘れてないかな……」
「わふぅ」
傍らでルキが小さく同意した。
やがて洞窟を抜け、そこには絶景が広がっているはずだった。しかし、一行を待っていたのは一面真っ白な空間だった。
「見て、真っ白だわ。霧がこんなに」
「エマ、離れないでね、なんだか嫌な気配がする」
「嫌な気配…?」
この霧はただの霧じゃない。ゆうしゃ は剣の柄を握り、周囲を警戒する。
「た、たすけてーーー!!」
霧の向こうに人影が見えた。まだ小さい、子供の影だ。
「え!? マノロ!」
「エ、エマ姉ちゃん!!」
霧の中から現れたのは、村で一番小さなマノロだ。エマが両手を広げると、マノロは一目散にエマの胸に飛び込む。
二人の無事を確認し、背に庇うようにして。ゆうしゃ は剣を抜いた。白い空間がうねり、形を変え、黒い靄へと変わっていく。
「き、霧が魔物に…!!」
「エマ、マノロと一緒に下がってて!」
「霧状の魔物…スモークだ!」
メタすけが叫ぶ。ゆうしゃ の隣に並び、臨戦態勢に入る。スモークは真っ赤な口を開け、ゆうしゃ に向かってくる。ゆうしゃ は腰を落とし、重心を前に移動させながら剣を振る。剣はまっすぐにスモークを斬り裂くが、スモークはニタリと笑う。霧を斬ることは出来ない。しかし、そんなことはわかっていた。
「メラ!」
メタすけが放った炎がスモークに直撃する。悲鳴をあげ、スモークは霧散して消える。
「きゃあーっ!!」
エマの声だ。先ほど倒したのとは別の、もう一体がエマとマノロの方へ向かっていた。ルキが吠える。
「メラ!!」
ゆうしゃ は右腕を突き出した。磨いてきたのは剣の腕だけじゃない。放たれた魔力が渦を巻いて炎となる。スモークにぶつかり、霧は晴れていく。ゆうしゃ は剣を一振りし、腰の鞘に収めた。
「ゆうしゃ 、大丈夫…?」
心配するエマに、ゆうしゃ は微笑んだ。
「大丈夫。エマは怪我してない?」
「私は大丈夫よ、ゆうしゃ が守ってくれたから」
にっこり笑うエマの顔に、ゆうしゃ は嬉しくなった。
……ちゃんと守れた。私は、ちゃんと守れたんだ。
「それにしても、神聖な神の岩に魔物が出るなんて……今までなかったことよね?」
エマの言葉に、ゆうしゃ は同意した。大人たちから聞いた話によれば、今まで魔物が出るのは洞窟の中だけだった。だから大人たちは子供たちを洞窟へは行かせなかったし、大人たちも不用意には近付かなかった。儀式や祭事で近付かなければならないときは腕に覚えのある者が数人、神官たちの護衛として洞窟を抜けるまでは同行しているはずだ。
「それはそうと、ダメよマノロ。こんな危ないことしたら」
だからこそ、ここにマノロがいることはおかしいのだけれども。エマが叱ると、マノロはうつむいた。
「ごめんなさい……先回りして、二人を驚かそうと思ったんだ」
「もう、どうしてそんなこと……」
エマは言うが、ゆうしゃ は知っていた。マノロだけではなく、村の子供たちはエマのことが大好きだ。優しく、面倒見の良い年上のお姉さんへの憧れだ。それを表現する行為として、子供は悪戯をして困らせるのである。元悪ガキのゆうしゃ にはよくわかったが、敢えて指摘することはない。ゆうしゃ はしゃがんでマノロと視線を合わせた。
「ここまで来られるなんて、勇敢だね、マノロは」
「えっ……そ、そう?」
「でも、エマやお母さんに心配かけるのは良くないよ。ちゃんと帰って謝りなさい」
「……はぁい……」
ゆうしゃ はマノロの頭をぐりぐりと撫でた。
「さて、どうしよ、マノロ一人で洞窟を歩かせるのはちょっと怖いし……いったん戻る?」
「わん!」
ゆうしゃ に答えるように、ルキは吠えた。マノロの隣に並び、任せろと言わんばかりに姿勢を正す。
「僕なら大丈夫。魔物があんまり通らない道を知ってるんだ。ルキと一緒にちゃんと帰るよ」
「ということは、ここに来たのは今日がはじめてじゃないわね?」
「げっ!」
エマがじろりとマノロを睨む。ゆうしゃ は笑った。
「ルキ、逃げよう!」
「あっ、こら待ちなさい!」
エマのお説教が始まる前に、マノロはルキと一緒に洞窟へ向かって駆け出す。
「じゃあね、二人とも! 儀式がんばってね!」
手がちぎれそうなほど振って、笑顔を見せたマノロ。その姿が見えなくなると、エマは溜息をついた。
「ゆうしゃ 、強くなったんだね」
感慨深げに、かみしめるように、エマが言う。
「エマ? どうかした?」
「んーん、なんでもないわ。悪ガキ代表だったゆうしゃ が、同じ悪ガキを説教する日が来るなんてね」
エマの笑顔に、少し違和感を抱いた。何が、とは言えないが……何かを我慢するような、他に何か言いたいような、そんな感じがしたのだ。問おうと口を開いたが、頬に当たる冷たいものが、言葉を遮った。
「やだ、雨が降ってきたわ。ゆうしゃ 、急ぎましょ」
小雨だった。本降りになると登るのが難しくなるだろう。本当は儀式を中断した方が良いのだろうが、意地がそうはさせてくれない。ゆうしゃ はエマの言う通り、急ぐことにした。
▽