犬も元を辿れば狐【黄瀬】
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まず最初に前提として黄瀬涼太はあざとい男である。これは、決して悪意ではない。黄瀬涼太という人物が生まれ持った性質だった。
顔がいい。それを自覚している。どう笑えば可愛く見えるか、どう見上げれば庇護欲を煽るか、どの角度が一番いいか、モデルの仕事の経験も含めてある程度の水準で身体に叩き込まれている。それは武器でもあった。
そして——好きな人相手には、その全部を、遠慮なく、使う。
技その一・上目遣い。
黄瀬は背が高い。真昼よりもずっと大きいからそこそこの身長差があった。
だから上目遣いをするにはわざわざ屈む必要がある。膝を折って身体を低くして下から真昼を見上げる。
「真昼っち……だめ、っスか?」
金色の目がしゅん、と伏せられて眉が少しだけ下がって。声がワントーン落ちる。これはさすがに完全に計算されている。
黄瀬は鏡の前で練習したことがある。「真昼っちに一番効く顔」を研究した。モデルとしてカメラ映えを研究するのと同じ手つきで。
そして——効果は絶大だった。真昼はこの顔に弱い。
「……はいはい」
「やった!」
屈んでいた身体がぱっと跳ね起きては尻尾を振る大型犬に戻る。三秒前までしゅんとしていたくせに切り替えがとんでもなく早い。
「……あなた今、絶対わざとやったでしょう」
「わざとじゃないっスよー」
もちろんわざとだった。でも効いたのだから黄瀬の勝ちである。
技その二・声。
黄瀬の声はよく通る。明るくて軽くて、誰にでも受け入れられやすい。
だが真昼と二人きりの特定場面で黄瀬の声は変化する。端的に言うと低くなる。そして少しだけ掠れて語尾が甘くなる。
「ねぇ、真昼っち」
耳元で囁く。息がかかる距離でわざと間を置いてから。わずかに彼女の身体が跳ねたのを見て目を細める。
「……こっち向いて」
黄瀬は自分の声が真昼にどう作用するか理解している。真昼がこの声を聞いた時に耳が少し赤くなること。視線が泳ぐこと、指先が動くこと…それから心拍数が上がることも。普段は大人びた姿が少女に幾分か近づくとき。
「……ずるい」
真昼がそう言うと黄瀬は心の底から嬉しそうに笑った。
「あれ? 真昼っち今、耳赤いっスよ?」
「もう、言わないで」
「かわいい」
技その三・触れそうで触れない。
黄瀬はいつもべたべたとくっついてくる。大型犬のように。だから真昼はもはやそれに慣れているし当たり前になっていた。周りも見慣れているせいで突っ込む回数が減った。
そこで——たまに触れないでおく。
隣に座って腕は回さない。手を伸ばしかけて髪を掬うだけで止める。抱きしめようとして寸前で頭だけ撫でて離れる。
「……あれ? 真昼っち今、期待しちゃった?」
「してないわよ」
「してたっスよね? オレが、抱きしめると思ったっスよね?」
「……黄瀬くん」
「なんスか?」
「いい性格ね」
「知ってるっス」
黄瀬はへらへらと笑ってそして、その直後にちゃんと、抱きしめる。焦らして、焦らして、最後には必ず与える。飼い主の反応を、完全に把握した上での駆け引きだった。この時ばかりは大型犬のふりをした狐だった。
技その四・弱ったふり
黄瀬は真昼が一番に自分を心配してくれることを知っている。だからたまに弱ってみせる、あるいはそれを大いに使う。
「……なんか今日疲れたっス」
ソファにぐったりと身を投げ出す。長い手足を投げ出して。前髪を額に貼りつかせ少しだけ目を閉じる。そうすると面倒見の良い真昼は心配して寄ってきてくれる。
「あら大丈夫? 熱でもあるの?」
額に白い手が伸びてくる。手入れされたすべすべの黄瀬の大好きな肌。
——かかった。
伸ばされた真昼の手を掴んでそのまま自身の方に引き寄せる。軽い身体が黄瀬の上に乗っかった。
「……っ、黄瀬くん!」
「うそ。今日は元気っス」
「元気なの!?」
「真昼っちが心配してきてくれるかなーと思って」
にっこりと完璧な笑顔。モデルの営業スマイルを見せたら頭をぱしんと叩かれた。この少女はこういうところは意外と容赦ない。
「いってぇ」
「当然でしょう」
「でも、来てくれたっスよね」
「…………」
「嬉しいっス」
かけ布団のように乗っかった小さな身体を抱きしめて幸せそうに目を細めた。やがて真昼も呆れたように笑うと頬をぺたりと黄瀬に預けて笑みを浮かべた。
結論として黄瀬涼太は、あざとい。そして、そのほとんどは真昼にだけ使っている。学校では爽やかで人当たりのいいモデルをやってる人気者の黄瀬くん。バスケ部では笠松に蹴られる後輩でエース。
その全部の顔のどれとも違う顔を——真昼の前でだけするのだ。
「……なんで私にだけそうなの」
ある日、真昼が呆れたように問いかけてきた
黄瀬は少しだけ驚いたように目を丸くして、それからふにゃっと笑った。
「……そりゃ、真昼っちにしか通用しないからっスよ」
「うん?」
「他の人に上目遣いしても何も嬉しくないっス。オレがあの手この手でなんとかしたいのはさ、真昼っちだけなんで」
本気だった。あざとい男のあざとくないたった一つの本音だった。不思議で可愛くて、きれいで思い通りになったりならなかったりするひと。黄瀬が思い描いていた彼女像とは違う黄瀬だけの。
「……そういうこと、真顔で言わないの」
真昼が目を逸らした。耳が赤かったのですかさず覗き込んだ。
「あ。今の、効いた?」
「言わないの」
——今日も狐は絶好調だった。
顔がいい。それを自覚している。どう笑えば可愛く見えるか、どう見上げれば庇護欲を煽るか、どの角度が一番いいか、モデルの仕事の経験も含めてある程度の水準で身体に叩き込まれている。それは武器でもあった。
そして——好きな人相手には、その全部を、遠慮なく、使う。
技その一・上目遣い。
黄瀬は背が高い。真昼よりもずっと大きいからそこそこの身長差があった。
だから上目遣いをするにはわざわざ屈む必要がある。膝を折って身体を低くして下から真昼を見上げる。
「真昼っち……だめ、っスか?」
金色の目がしゅん、と伏せられて眉が少しだけ下がって。声がワントーン落ちる。これはさすがに完全に計算されている。
黄瀬は鏡の前で練習したことがある。「真昼っちに一番効く顔」を研究した。モデルとしてカメラ映えを研究するのと同じ手つきで。
そして——効果は絶大だった。真昼はこの顔に弱い。
「……はいはい」
「やった!」
屈んでいた身体がぱっと跳ね起きては尻尾を振る大型犬に戻る。三秒前までしゅんとしていたくせに切り替えがとんでもなく早い。
「……あなた今、絶対わざとやったでしょう」
「わざとじゃないっスよー」
もちろんわざとだった。でも効いたのだから黄瀬の勝ちである。
技その二・声。
黄瀬の声はよく通る。明るくて軽くて、誰にでも受け入れられやすい。
だが真昼と二人きりの特定場面で黄瀬の声は変化する。端的に言うと低くなる。そして少しだけ掠れて語尾が甘くなる。
「ねぇ、真昼っち」
耳元で囁く。息がかかる距離でわざと間を置いてから。わずかに彼女の身体が跳ねたのを見て目を細める。
「……こっち向いて」
黄瀬は自分の声が真昼にどう作用するか理解している。真昼がこの声を聞いた時に耳が少し赤くなること。視線が泳ぐこと、指先が動くこと…それから心拍数が上がることも。普段は大人びた姿が少女に幾分か近づくとき。
「……ずるい」
真昼がそう言うと黄瀬は心の底から嬉しそうに笑った。
「あれ? 真昼っち今、耳赤いっスよ?」
「もう、言わないで」
「かわいい」
技その三・触れそうで触れない。
黄瀬はいつもべたべたとくっついてくる。大型犬のように。だから真昼はもはやそれに慣れているし当たり前になっていた。周りも見慣れているせいで突っ込む回数が減った。
そこで——たまに触れないでおく。
隣に座って腕は回さない。手を伸ばしかけて髪を掬うだけで止める。抱きしめようとして寸前で頭だけ撫でて離れる。
「……あれ? 真昼っち今、期待しちゃった?」
「してないわよ」
「してたっスよね? オレが、抱きしめると思ったっスよね?」
「……黄瀬くん」
「なんスか?」
「いい性格ね」
「知ってるっス」
黄瀬はへらへらと笑ってそして、その直後にちゃんと、抱きしめる。焦らして、焦らして、最後には必ず与える。飼い主の反応を、完全に把握した上での駆け引きだった。この時ばかりは大型犬のふりをした狐だった。
技その四・弱ったふり
黄瀬は真昼が一番に自分を心配してくれることを知っている。だからたまに弱ってみせる、あるいはそれを大いに使う。
「……なんか今日疲れたっス」
ソファにぐったりと身を投げ出す。長い手足を投げ出して。前髪を額に貼りつかせ少しだけ目を閉じる。そうすると面倒見の良い真昼は心配して寄ってきてくれる。
「あら大丈夫? 熱でもあるの?」
額に白い手が伸びてくる。手入れされたすべすべの黄瀬の大好きな肌。
——かかった。
伸ばされた真昼の手を掴んでそのまま自身の方に引き寄せる。軽い身体が黄瀬の上に乗っかった。
「……っ、黄瀬くん!」
「うそ。今日は元気っス」
「元気なの!?」
「真昼っちが心配してきてくれるかなーと思って」
にっこりと完璧な笑顔。モデルの営業スマイルを見せたら頭をぱしんと叩かれた。この少女はこういうところは意外と容赦ない。
「いってぇ」
「当然でしょう」
「でも、来てくれたっスよね」
「…………」
「嬉しいっス」
かけ布団のように乗っかった小さな身体を抱きしめて幸せそうに目を細めた。やがて真昼も呆れたように笑うと頬をぺたりと黄瀬に預けて笑みを浮かべた。
結論として黄瀬涼太は、あざとい。そして、そのほとんどは真昼にだけ使っている。学校では爽やかで人当たりのいいモデルをやってる人気者の黄瀬くん。バスケ部では笠松に蹴られる後輩でエース。
その全部の顔のどれとも違う顔を——真昼の前でだけするのだ。
「……なんで私にだけそうなの」
ある日、真昼が呆れたように問いかけてきた
黄瀬は少しだけ驚いたように目を丸くして、それからふにゃっと笑った。
「……そりゃ、真昼っちにしか通用しないからっスよ」
「うん?」
「他の人に上目遣いしても何も嬉しくないっス。オレがあの手この手でなんとかしたいのはさ、真昼っちだけなんで」
本気だった。あざとい男のあざとくないたった一つの本音だった。不思議で可愛くて、きれいで思い通りになったりならなかったりするひと。黄瀬が思い描いていた彼女像とは違う黄瀬だけの。
「……そういうこと、真顔で言わないの」
真昼が目を逸らした。耳が赤かったのですかさず覗き込んだ。
「あ。今の、効いた?」
「言わないの」
——今日も狐は絶好調だった。
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