雨降って地、芽吹き【黄瀬】
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きっかけはなんて事ない普通の雨だった。その日の部活終わり、いつも通りに誠凛高校まで真昼を拉致…もといお迎えに黄瀬が来た。もはや名物だったし、黒子は黄瀬の襲来を察知すると早々に火神を引き連れて離脱した。天気予報は終日晴れだったのと、運悪く誰も傘を持っていなかった。帰宅途中の生徒達は蜘蛛の子が散るように走って帰っていった。若干出遅れた二人が外に出た時にはもう、本降りだった。
「……参ったわね」
「っスね」
二人その辺の軒下で空を見上げる。まだしばらく通り抜けそうにはない。初夏と夏の間の天気は読みにくい。
「こんな時に限って傘持ってきてないとかマジで最悪っスわ。せっかくの相合傘チャンスだったのに」
「そういう素直なところ好きよ」
「えっ、知ってるっス」
我ながら現金な性格だと思った。でも真昼が黄瀬のことを好きなのは絶対の自信を持って頷くことができた。だってその立場を勝ち取るために頑張っていたのだから。
「あ、そうだ」
ふと、思い立ったように鞄の中を漁り出す。そして取り出したのは自分のジャージだった。海常ブルーが特徴的なあのジャージの上着。
「真昼っちこれ羽織って。風邪引いたら困るでしょ?」
「え?でも、黄瀬くんは」
「オレは平気っス。濡れるのとか慣れてるしモデルの仕事で雨の中の撮影とかもやったことあるし」
それはちょっとだけ嘘だった。雨の撮影なんてやったことはまだない。でも、真昼が濡れるのは嫌だった。自分が濡れる分には構わないのだが、真昼が寒い思いをするのはどうしても駄目だった。
真昼は少しだけ迷ったような顔を見せたものの、黄瀬の意思が固いことを悟るとようやくジャージを受け取り羽織った。
「……」
その姿を見た瞬間、黄瀬の時が止まった。わかりきってはいたが大きかった。黄瀬は同年代に比べて背が高いし、肩幅もある。モデル体型の男のジャージが真昼には当たり前にぶかぶかだった。袖が指先の先まで余って裾がスカートの下まで落ちていた。いわゆる彼ジャージ、というものなのだが、なんせ健全な男子高校生の視界への刺激が凄まじかった。
「……っ」
黄瀬の顔がみるみる赤くなった。
「……ど、どうっスか。サイズ、やっぱ大きすぎっスよね」
声が若干裏返っていた。平静を装おうとして完全に失敗していた。なんせ彼ジャージなど初めてのシチュエーションだったから。
「そうねぇ。あなたってばこんなに大きかったのね」
真昼が余った袖をぱたぱたと振ってみせた。特に邪な心も何も無く、シンプルにサイズさを面白がるように。自分が今、黄瀬涼太に対してどれだけの破壊力を持っているかまったく分かっていない顔でにこにこと笑みを浮かべている。
その姿を黄瀬は雨の中で凝視していた。
(——これ、ちょっとやばいかも)
ぶかぶかのジャージ。余った袖。落ちかけた肩。真昼の長い髪の毛がジャージの襟元から覗いている。自分の服をなんの疑問も持たずに善意として受け取って着てくれている。自分の物を、名前を持つ物を背負ってくれている。それがこんなに破壊的に可愛いなんて。正直今すぐお持ち帰りしたいところである。
「……真昼っち」
「ん?」
「あの、マジで可愛い。似合いすぎっス。反則っス。ていうかそのジャージ洗わなくていい。ていうかむしろ返さなくていいっス。ずっと着ててくれる?」
「何言ってるのよ。ちゃんと洗って返すわ」
「いや本気で、一生」
「もう、大袈裟ね」
完全におかしくなっていた。黄瀬の理性は彼ジャージの前に跡形もなく消し飛んでいた。
結局、二人は雨の中を走って帰った。真昼は黄瀬のジャージを羽織ったまま。黄瀬は結局、びしょ濡れに。途中、コンビニの軒下で再度雨宿りをした。濡れた黄瀬と、ジャージに包まれた真昼が肩を並べて並ぶ姿はちょっとだけ微笑ましいものがあった。
「本当に風邪ひくわよ?」
「全然平気っス!これぐらい余裕だし」
言ってる傍からくしゃみが出かけて耐えた。でも隣の真昼を見るとくしゃみも風邪も雨もどうでもよくなった。サイズの合わないジャージの中で少しだけ肌寒そうにしている姿。どうしても隠れてしまう袖の先からちょこんと指先だけ出して前を合わせている。
少し迷った末にそっと真昼の肩を引き寄せることにした。
「……ちょっとだけ。くっつかせて。少し寒いっス」
寒いのは本当。でも、くっつきたい理由は寒さだけじゃなかった。
「……仕方ないわね」
慈愛のような笑みを浮かべた真昼が少しだけ黄瀬に寄りかかった。濡れた身体同士も残った夏の湿気と温度で温まった気がした。
鳴り止まない雨音の中。二人はしばらくそうしていた。
*
翌日。
結局、真昼はジャージを洗い、きちんとアイロンまでかけて、しかもお菓子まで付けて返した。
「はい、綺麗にしておいたわ」
「……ありがとうございます」
ちょっとだけ残念な気持ちで受け取ってその日の夜、自分の部屋で例のジャージを抱きしめた。顔に寄せると真昼の柔軟剤の匂いがした。少しだけアンバーを感じさせる甘いような優しいような、そんな清楚な香り。洗ったのに。アイロンまでかけたのに。それでもかすかに真昼の匂いが残っている気がした。やっぱり昨日、もう少し時間をかけて堪能するべきだったかもしれない。
「……洗わないでって、言ったのになぁ。あーやばい、もう真昼っち不足っス!」
ジャージに顔を埋めて黄瀬は呟いた。次の雨を心待ちにしていた。
「……参ったわね」
「っスね」
二人その辺の軒下で空を見上げる。まだしばらく通り抜けそうにはない。初夏と夏の間の天気は読みにくい。
「こんな時に限って傘持ってきてないとかマジで最悪っスわ。せっかくの相合傘チャンスだったのに」
「そういう素直なところ好きよ」
「えっ、知ってるっス」
我ながら現金な性格だと思った。でも真昼が黄瀬のことを好きなのは絶対の自信を持って頷くことができた。だってその立場を勝ち取るために頑張っていたのだから。
「あ、そうだ」
ふと、思い立ったように鞄の中を漁り出す。そして取り出したのは自分のジャージだった。海常ブルーが特徴的なあのジャージの上着。
「真昼っちこれ羽織って。風邪引いたら困るでしょ?」
「え?でも、黄瀬くんは」
「オレは平気っス。濡れるのとか慣れてるしモデルの仕事で雨の中の撮影とかもやったことあるし」
それはちょっとだけ嘘だった。雨の撮影なんてやったことはまだない。でも、真昼が濡れるのは嫌だった。自分が濡れる分には構わないのだが、真昼が寒い思いをするのはどうしても駄目だった。
真昼は少しだけ迷ったような顔を見せたものの、黄瀬の意思が固いことを悟るとようやくジャージを受け取り羽織った。
「……」
その姿を見た瞬間、黄瀬の時が止まった。わかりきってはいたが大きかった。黄瀬は同年代に比べて背が高いし、肩幅もある。モデル体型の男のジャージが真昼には当たり前にぶかぶかだった。袖が指先の先まで余って裾がスカートの下まで落ちていた。いわゆる彼ジャージ、というものなのだが、なんせ健全な男子高校生の視界への刺激が凄まじかった。
「……っ」
黄瀬の顔がみるみる赤くなった。
「……ど、どうっスか。サイズ、やっぱ大きすぎっスよね」
声が若干裏返っていた。平静を装おうとして完全に失敗していた。なんせ彼ジャージなど初めてのシチュエーションだったから。
「そうねぇ。あなたってばこんなに大きかったのね」
真昼が余った袖をぱたぱたと振ってみせた。特に邪な心も何も無く、シンプルにサイズさを面白がるように。自分が今、黄瀬涼太に対してどれだけの破壊力を持っているかまったく分かっていない顔でにこにこと笑みを浮かべている。
その姿を黄瀬は雨の中で凝視していた。
(——これ、ちょっとやばいかも)
ぶかぶかのジャージ。余った袖。落ちかけた肩。真昼の長い髪の毛がジャージの襟元から覗いている。自分の服をなんの疑問も持たずに善意として受け取って着てくれている。自分の物を、名前を持つ物を背負ってくれている。それがこんなに破壊的に可愛いなんて。正直今すぐお持ち帰りしたいところである。
「……真昼っち」
「ん?」
「あの、マジで可愛い。似合いすぎっス。反則っス。ていうかそのジャージ洗わなくていい。ていうかむしろ返さなくていいっス。ずっと着ててくれる?」
「何言ってるのよ。ちゃんと洗って返すわ」
「いや本気で、一生」
「もう、大袈裟ね」
完全におかしくなっていた。黄瀬の理性は彼ジャージの前に跡形もなく消し飛んでいた。
結局、二人は雨の中を走って帰った。真昼は黄瀬のジャージを羽織ったまま。黄瀬は結局、びしょ濡れに。途中、コンビニの軒下で再度雨宿りをした。濡れた黄瀬と、ジャージに包まれた真昼が肩を並べて並ぶ姿はちょっとだけ微笑ましいものがあった。
「本当に風邪ひくわよ?」
「全然平気っス!これぐらい余裕だし」
言ってる傍からくしゃみが出かけて耐えた。でも隣の真昼を見るとくしゃみも風邪も雨もどうでもよくなった。サイズの合わないジャージの中で少しだけ肌寒そうにしている姿。どうしても隠れてしまう袖の先からちょこんと指先だけ出して前を合わせている。
少し迷った末にそっと真昼の肩を引き寄せることにした。
「……ちょっとだけ。くっつかせて。少し寒いっス」
寒いのは本当。でも、くっつきたい理由は寒さだけじゃなかった。
「……仕方ないわね」
慈愛のような笑みを浮かべた真昼が少しだけ黄瀬に寄りかかった。濡れた身体同士も残った夏の湿気と温度で温まった気がした。
鳴り止まない雨音の中。二人はしばらくそうしていた。
*
翌日。
結局、真昼はジャージを洗い、きちんとアイロンまでかけて、しかもお菓子まで付けて返した。
「はい、綺麗にしておいたわ」
「……ありがとうございます」
ちょっとだけ残念な気持ちで受け取ってその日の夜、自分の部屋で例のジャージを抱きしめた。顔に寄せると真昼の柔軟剤の匂いがした。少しだけアンバーを感じさせる甘いような優しいような、そんな清楚な香り。洗ったのに。アイロンまでかけたのに。それでもかすかに真昼の匂いが残っている気がした。やっぱり昨日、もう少し時間をかけて堪能するべきだったかもしれない。
「……洗わないでって、言ったのになぁ。あーやばい、もう真昼っち不足っス!」
ジャージに顔を埋めて黄瀬は呟いた。次の雨を心待ちにしていた。
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