春に其世を編む
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月曜の朝は雨だった。四月の雨はまだ冬の残り香のせいか冷たい。傘を差して校門をくぐると、桜の花弁が地面に貼りついて薄い桃色の模様を作っていた。踏むのがほんの少しだけ忍びない。このような些細な景色に思いを馳せるのは日本人の性だろう。
一限目の前。教室で鞄を開けると教科書とノートの間に申込書が挟まっているのが見えた。金曜の夜に記入して、土曜の朝に一度消した。そして土曜の夜にまた書いた。日曜は海が見たくなって、電車に乗って一時間かけて湘南まで行った。防波堤に座って波を見ながら申込書のことを考えた。
結局、真昼は申込書を書いた。名前と学年とクラス。志望動機の欄には少し迷って、こう書いた。
『未知を追いかけて』
飾りなくて、どこか不思議な一行。けれど嘘ではなかった。
「真昼! 書いた!?」
友人が教室に飛び込んできた。真昼の元に着くや否や鞄から申込書を取り出して振り回している。雨粒がまだ髪についていた。無邪気な姿を見ながら「一応ね」と肩をすくめる。選考と言っても二次選考なので多分入口は狭いだろう。
「えー、なにその余裕。私めっちゃ緊張してるのに」
友人が頬を膨らませた。けれどすぐに「まあいいや、一緒に出せるだけで嬉しい!」と笑顔に戻る。切り替えの早さは人間に足るべき美徳だと思う。
昼休みの時間に二人で部室棟に向かった。マネージャー申込書の提出先はバスケ部の部室前に設置された回収ボックスだった。既に何枚か入っていて覗き込むと十枚以上はあった。
「多いわね」
「だよね……帝光のバスケ部だもんね……」
声が少し萎んでいた。無理もない。名門となれば邪なり善なり様々な理由でマネージャーですら希望者が殺到する。
二人で並んで申込書を箱に入れた。紙が他の申込書の上に重なる小さな音。それだけのことだった。
「出しちゃったね」
「出しちゃったわね」
帰り道。雨はまだ降っていたので相合傘で駅まで歩いた。傘が小さくて、二人とも片方の肩が濡れた。
二次選考の結果が掲示されたのはその週の金曜日だった。
放課後になって見に行くと部室棟の掲示板の前に人だかりができていた。その人混みの後ろから背伸びをして掲示を見た。
一年マネージャー採用者。三名。
友人の名前があってそして、——白鯨真昼の名前も。
「あれで通るんだ…」と素直な感想を呟くと「ちょっと! 自分で言う!?」と腕を掴んで揺さぶられた。目が潤んでいて嬉し泣きの一歩手前だった。
「やったね、やったねぇ! 二人とも受かった!」
三人目の名前にも目を向けた。知らない名前だったので恐らく同じ一年生だろう。
掲示板の前から離れると桃井が廊下の奥から歩いてきた。手元にはいつものクリップボード。真昼たちの姿を見つけて、ぱっと笑顔になる。
「二人とも、おめでとう! 来週から早速頑張ろうね!」
「よろしくお願いします!」と友人が深々と頭を下げる横で真昼も一緒に軽く頭を下げた。
「あの、桃井さん。一つ聞いていいかしら?」
「うん?」
「志望動機に一行しか書かなかったんだけど…あれでよく通ったわね」
桃井が一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。
「選考したの私だけじゃないけど——真昼ちゃんのは印象に残ったよ。『未知を追いかけて』って。理由がシンプルな人のほうが続くんだよね、きっと」
それから少しだけ声を落として、付け加えた。
「あと赤司くんが、『あの星の子は入るといい』って言ってたの」
「星の子?」
「見学の時に星がどうとか言ってた子がいたって。覚えてたってこと」
にこ、と笑うと桃井は軽く手を振って体育館の方へ歩いていった。
一限目の前。教室で鞄を開けると教科書とノートの間に申込書が挟まっているのが見えた。金曜の夜に記入して、土曜の朝に一度消した。そして土曜の夜にまた書いた。日曜は海が見たくなって、電車に乗って一時間かけて湘南まで行った。防波堤に座って波を見ながら申込書のことを考えた。
結局、真昼は申込書を書いた。名前と学年とクラス。志望動機の欄には少し迷って、こう書いた。
『未知を追いかけて』
飾りなくて、どこか不思議な一行。けれど嘘ではなかった。
「真昼! 書いた!?」
友人が教室に飛び込んできた。真昼の元に着くや否や鞄から申込書を取り出して振り回している。雨粒がまだ髪についていた。無邪気な姿を見ながら「一応ね」と肩をすくめる。選考と言っても二次選考なので多分入口は狭いだろう。
「えー、なにその余裕。私めっちゃ緊張してるのに」
友人が頬を膨らませた。けれどすぐに「まあいいや、一緒に出せるだけで嬉しい!」と笑顔に戻る。切り替えの早さは人間に足るべき美徳だと思う。
昼休みの時間に二人で部室棟に向かった。マネージャー申込書の提出先はバスケ部の部室前に設置された回収ボックスだった。既に何枚か入っていて覗き込むと十枚以上はあった。
「多いわね」
「だよね……帝光のバスケ部だもんね……」
声が少し萎んでいた。無理もない。名門となれば邪なり善なり様々な理由でマネージャーですら希望者が殺到する。
二人で並んで申込書を箱に入れた。紙が他の申込書の上に重なる小さな音。それだけのことだった。
「出しちゃったね」
「出しちゃったわね」
帰り道。雨はまだ降っていたので相合傘で駅まで歩いた。傘が小さくて、二人とも片方の肩が濡れた。
二次選考の結果が掲示されたのはその週の金曜日だった。
放課後になって見に行くと部室棟の掲示板の前に人だかりができていた。その人混みの後ろから背伸びをして掲示を見た。
一年マネージャー採用者。三名。
友人の名前があってそして、——白鯨真昼の名前も。
「あれで通るんだ…」と素直な感想を呟くと「ちょっと! 自分で言う!?」と腕を掴んで揺さぶられた。目が潤んでいて嬉し泣きの一歩手前だった。
「やったね、やったねぇ! 二人とも受かった!」
三人目の名前にも目を向けた。知らない名前だったので恐らく同じ一年生だろう。
掲示板の前から離れると桃井が廊下の奥から歩いてきた。手元にはいつものクリップボード。真昼たちの姿を見つけて、ぱっと笑顔になる。
「二人とも、おめでとう! 来週から早速頑張ろうね!」
「よろしくお願いします!」と友人が深々と頭を下げる横で真昼も一緒に軽く頭を下げた。
「あの、桃井さん。一つ聞いていいかしら?」
「うん?」
「志望動機に一行しか書かなかったんだけど…あれでよく通ったわね」
桃井が一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。
「選考したの私だけじゃないけど——真昼ちゃんのは印象に残ったよ。『未知を追いかけて』って。理由がシンプルな人のほうが続くんだよね、きっと」
それから少しだけ声を落として、付け加えた。
「あと赤司くんが、『あの星の子は入るといい』って言ってたの」
「星の子?」
「見学の時に星がどうとか言ってた子がいたって。覚えてたってこと」
にこ、と笑うと桃井は軽く手を振って体育館の方へ歩いていった。
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