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第二章 運命の悪戯か

 馬鹿にしているのかと少し思ったがそうではないとすぐ悟った。ごめんごめんと未だ目じりに涙を溜めているフェンにシルフィの気分は晴れるはずがない。しかし心の底から楽しそうに笑うフェン様子に憎むことはできなかった。

 シルフィはそういえば姉、ウィルマも良く言っていた事を思い出す。「あんたは本当に子供だね」と。困ったように、おかしそうに微笑む姉の顔が浮かぶ。その度に同じように怒っていたシルフィ。


***


「そこがシルフィの良いところよ」

 十分に笑ったフェンは再びシルフィの肩に乗っかっている。爽やかな陽気で告げれば彼女は口を尖らせた。さんざん笑われてから言う言葉ではないだろうと心の中で文句を言う。

「素直に喜べないよ」

 むくれるシルフィは吐き捨てる。「だからごめんってば」と苦笑をもらし謝罪をするフェンにシルフィは少し肩を落とした。少しフェンの言葉を素直に受け止めることにしたのだ。

 やりとりをしている間に雑木林の前に着き足を止めた。『静寂の地 マラキア』とはまた一風変わった樹が生え並んでいる。マラキアには鮮やかな緑の歯を無数につける樹が多く並んでいた。しかし目の前の雑木林はくすんだ茶色の肌に何一つ付けていない枝。空虚な雑木林と言ったほうが良いだろう。

「この奥にファレーズ(大門)があるわ、行きましょう」

 フェンの言葉に従い、シルフィは歩みを始めるとふいに振り返った。視界にはさっきまで嫌というほど映っていた草地の草原。シルクがかかったように薄い水色の空が午後を指していた。

 進もうと思った瞬間、シルフィの身体に異様な気配を感じとっさに振り返る。突然のシルフィの行動にフェンは驚き、同じように後ろを向いた。何も変わらない草の大地が風になびいている。

(……気のせい?)

 自分の体を這うように流れる感覚を感じたのだ。確かめるように当たりを見回したがやはり何一つ変わらない。フェンはどうしたの、と声をかけようとした時、シルフィと同じく異様な気配を感じた。

「この気配は!」

 刹那、狼のような遠吠えが耳をつんざいた。それほど遠くないところから発したのだろうか。低く重みのある声は普通の犬よりも狼の類に近いものだ。進行を止めるかのように聞こえた遠吠えは空気を一瞬で変えた。

「魔物!」

 やっぱり、とフェンは少し緊張した表情で気配の正体を言う。雄たけびは次から次へと飛び交いシルフィ達の緊張を煽る。

「シルフィ、気を付けて。魔物が数体いるわ。しかもこっちへ向かってくる!」 

 フェンの憶測では高速でこちらに向かう魔物に気づき注意を払う。木陰から荒い物音が聞こえると音と共に複数の影が木から飛び出した。地面に降りたった影はシルフィ達が予想していた魔物だった。

 薄く紫がかった全身を覆う黒の短毛。約、大型犬くらいの体型に細長い手足。濃い灰色が鋭さを象徴する爪。何でも噛み切るような鋭利な牙。そして血のように赤い瞳はシルフィ達を睨みつけていた。低く唸りをあげる魔物は二体。彼女を囲むように立っていた。

「獣系の魔物、『ヴォルフ』ね。素早い動きが得意な魔物よ」

 獣系ヴォルフを前にフェンは冷静に説明を発する。微動だに動かない彼女に 不審に思い、顔を向ける。そこには場違いと思わせるほどの嬉々としたシルフィの顔があった。

「魔物、魔物!!」
(え……?)

 まるで待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるシルフィは目をらんらんとさせている。魔物に遭遇したのにも関わらずのシルフィの様子にフェンは頭にはてなを浮かべた。するとシルフィはすぐさま槍を出し魔物へ構える。そして一目散にシルフィは魔物の一体に駆け出した。恐れを知らない彼女にフェンは目が出るほど驚愕する。

「シルフィ!」

 鋭い牙を向いた魔物は唸り声を上げると彼女に突進した。槍と魔物がぶつかる。押し合いが始まった。迫り来る魔物の牙を押し返そうと力を入れるシルフィに言葉が出なかった。ウィルマから聞いたのはシルフィは実戦は最弱魔物だけの数回。それが今、雑魚の魔物だが恐怖一つ見せず勇敢に戦う彼女がいる。数時間前に戦った凶悪な魔物達で、驚異的な早さで成長したのか。
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