特別なごはんの日




『ハシバ氏ー。頼まれてたモノ出来ましたぞー』
「ほ、本当ですか!?」
『ウソ言ってどうするのかと』
「いやー、どこにどう頼めばいいのか解らなくて本当に困ってたので、いっそ信じられなくて」
『だからって拙者に相談するのもどうかと思うけどね』
 目の前のタブレットからは辛辣なコメントが続くが、なんだかんだで引き受けてくれたのでシュラウド先輩は良い人だよなぁ。それもソシャゲの招待特典ぐらいで。
『でもさぁ、これって本当に料理に使うの?いやまぁ、見た目はそりゃ料理の道具だけど』
「使うんですよそれが」
『話盛っとらん?』
「盛ってないです。よかったら目の前で実践します?」
『マ?どこで?』
「オンボロ寮で。グリムも食べたがるかもしれないし」
『ねこたんの貴重なお食事シーン……あ、いや、でも、拙者なんかが行っていいの?』
「もちろん。オルトもご一緒にどうぞ」
 シュラウド先輩はしばらくあーとかうーとか言ってたが、最終的には『行く』と消え入りそうな声で答えた。
「今日の放課後はお暇ですか?」
『うん、暇』
「じゃあ、是非いらしてください。あ、それともお迎え行きます?」
『あ、あああ、いや、大丈夫。オルトと一緒ならいける、うん』
「なら、お待ちしてますね」



 そんな会話をしていたのが昼休みの頃。
 帰りに購買部で必要な材料を買い、うきうきとオンボロ寮に帰る。
「今日はシュラウド先輩が来るから、もし僕が出られなかったら鍵開けてあげて」
「何しにくるんだ?」
「食器……調理器具?っていうか、うん。料理食べるのに使うものを作ってもらったんだ」
「って事は……またなんか美味いもんが食えるんだな!」
「そうなるかな?気に入ってもらえるといいけど」
 きゃっほー!とグリムは大喜びでくるくる回っている。そんな様子を微笑ましく思いつつ、準備に取りかかる。
 普段というか、元の世界で作った時は顆粒だし使ってたんだけど、だしパックの中身が粉末ならこれ小麦粉に混ぜるのもありかなぁ。最初、作る時は出汁を取って冷まして使おうと思ってたんだけど、この辺りのタイムロスの事を昼休みに話した時には全然考えてなかった。確か、お湯だと小麦粉の方の都合で違う感じになっちゃうとかあったような気がするんだよなぁ。うん、まずかったら素直に謝ろう。
 小麦粉をボウルに入れて、だしパックの中の粉を混ぜ込み、水で溶く。醤油と胡椒、ソースで味付け。……色はつかないぐらいで丁度良い、はず。具材を粗めのみじん切りにする。キャベツだけだけど。
 ホットプレートの平たい鉄板を洗ってセット。
「ユウ、イデアとオルトが来たんだゾ!」
「お、おじゃましまーす……」
『こんにちは、ハシバ・ユウさん!今日は兄さんと一緒にお招きありがとう!』
 グリムに続いて、青く燃える特徴的な髪の二人が揃ってダイニングに入ってくる。
「あ、これ、例のモノ」
 シュラウド先輩は手に持っていた紙袋を差し出してきた。一見すると、お菓子でも入ってそうなしっかりした外装。
「開けてもいいですか!?」
「開けないと使えないでしょ」
 えへへ、と笑ってごまかしつつ、紙袋から紙箱を引っ張り出した。箱を開けば、そこには金属の小さなヘラが四つ、いかにも丁寧に納められている。なんかちょっと角度を変えると光の加減で七色に輝いて見えた。
「……これ、食べ物に使っていい奴です?」
「当たり前でしょ。抗菌防錆、安物の焦げ付き加工に傷を付けない素材ながら耐熱性抜群で熱伝導率も低くなるよう加工済み。成形後に常温と加熱中の状態を想定してそれぞれ三百六十度から圧力検査もして変形しない事を確認しておりますが?」
「ソシャゲの招待特典を対価に作ったにしては本気すぎません!?」
「ハシバ氏、知ってる?ゲームはお金で買えても一緒に遊んでくれる人は非売品なんだよ」
「これだけのものが作れるコネがあれば、リアル知り合いに頼らなくてもどうにかできそうな気がしますけど」
「技術力マウント取りたいわけじゃないし運営に迷惑かけたくないから、別垢リセマラとか最終手段にしたいんで……っていうか、推しゲーの布教も兼ねてますし」
 気にしないで、と消え入りそうな声でシュラウド先輩は言い添える。そこまで言われては断る方が申し訳ない。
「では、ありがたく使わせていただきます」
「っていうか、それ結局なんなんだゾ?」
「もんじゃ焼きのヘラだよ」
「モンジャヤキ?」
「口で説明するより見た方が早いと思う」
 貰ったヘラを洗って、取り皿に添える。シュラウド先輩たちにも座ってもらった。
 みじん切りにしたキャベツと生地を合わせて軽く混ぜ、加熱したホットプレートにキャベツだけ落としていく。
「……なんか、いつもに比べてショボくねえか?」
「まぁ作るのが楽しいメニューなので」
 キャベツを円形に広げて、真ん中に生地を流し込んでいく。ピザ用チーズをパラパラと広げたら、水分の量を見計らって生地とキャベツを混ぜる。
「はいここで!」
「ヒィッ!?」
「ふなっ!?」
「これの出番という事ですね」
 もんじゃ焼きのヘラを取る。
「こうやって生地を取って、鉄板に押しつけて、焦げ目をつけてから食べるの」
「……それの何が面白いんだ?」
「グリムなら食べれば解ると思うんだけどなぁ」
 グリムがやると危ないので、代わりにやってあげて差し出す。恐る恐る口に運んだグリムの表情が明るくなった。
「これは……ぱりっとした食感に焦げたチーズと醤油の風味が癖になる味なんだゾ!」
「ふーん……」
 シュラウド先輩も同じようにやって、納得した顔をする。
「悪くない。……これ、もしかしなくてもめちゃくちゃプレーンの奴では?」
「そうなんですよねー……もっといろいろ入れたりもするんですけど、おやつならこういう感じがいいかなって」
「例えば?」
「キャベツ以外の野菜も入りますし、紅ショウガ……えー……ショウガの漬け物とかおもちとかお肉とかスナック菓子とか」
「スナック菓子!?」
「なんかあの、ラーメンみたいなスナック菓子入れるのが結構定番なんですよ」
 シュラウド先輩は首を傾げつつ、魔法を使ってどこからともなくお菓子の袋を取り出した。
「こういうやつ?」
 見せてもらったパッケージには、元の世界と近い感じのスナック菓子の写真が印刷されている。開けて食べてみると、味まで同じ。
「これです!!」
「マジか」
「食べてみたい食べてみたい!」
「それ拙者のストックだから、いいよ使って」
「すいません、ありがとうございます!」
 第二陣はスナック入りで作る事になった。やっぱりもんじゃは作る時が楽しい。
『野菜を先に炒めなくても、このプレートの広さなら支障ないんじゃない?』
「そうなんだけどねー。お店で食べる時のくせで、家でもやりたくなっちゃうんだー」
「異世界、これを出す店があるの?」
「これだけじゃなくて、いろんな鉄板焼の料理のひとつとして売ってるお店があるんですよ。鉄板もこんな小さいのじゃなくて、大きい奴で」
『目の前で料理を作るサービス、って事だね。この場合は自分で作れるのも特色なのかな?』
「そうかも。元々これ自体は、小麦粉を水で溶いたもので鉄板に文字を書いて焼く、遊びながら食べる子どものおやつだったらしいよ」
「しょっぱすぎん?小麦粉のみって」
「物がない時代に出来たものなんですって。子どもたちも駄菓子屋の店先で食べてたものだとか」
『監督生さんの世界にも、いろんな時代があったんだね』
 グリムが自分でやりたいと言うので、両脇を抱えて鉄板に向かわせる。
「欲張ると焦げ目がつきづらいから気をつけてね」
「む、むむむ……」
 悪戦苦闘するグリムの様子を、シュラウド先輩がスマホで撮影している。微笑ましい。
『断片的に、こちらの食料品と異世界の食料品との類似性はこれまでも指摘されてきたけど、駄菓子にも共通した物があるんだね』
「みたいだね。……もしかして知育菓子みたいなのもある?」
『液体と粉を混ぜて色が変わるものとかもあるよ』
「あるんだ……」
『サムさんのお店でもいろいろ取りそろえてるみたいだよ。兄さんは通販してるけど』
「対人で買い物とかしんどいんで……」
「駄菓子もあるのかぁ……ま、また誘惑が増えちゃう……」
「おい、買い物する時はオレ様も連れてけよ」
「する時はね」
 オルトはキラキラした目をシュラウド先輩に向けた。
『今度は兄さんが監督生さんを招待する番じゃない?』
「ファッ!!??」
「え、いやでも、これは僕のわがままを叶えてもらったお礼なので……」
『監督生さんのお願いに対して兄さんが示した対価はソシャゲの招待特典だけだよ。だったら、オンボロ寮に招待してもらったお礼はこっちが別で用意しなきゃ。ね?兄さん』
「そそそ、それは……まぁ……で、でもイグニハイドに招待してもちょっと……」
「ちょっと?」
「その……ハシバ氏の事をそのぅ……えと……あ、憧れてる子も多いので……」
『すぐ兄さんの部屋に入れば良いんじゃない?』
「部屋に!!??無理無理無理他人を入れられるような状況じゃないって!!!!」
「いやあの、無理強いはダメだよ、オルト」
 ……先輩はめちゃくちゃ言葉を選んでくれたけど、要は魔法少女姿の自分に野太い声援を送ってくれた人のようなタイプが、イグニハイドにもいるって事だよな……。いやまぁ彼らは僕が女だと信じてる様子だったからまたちょっと違うかもしれないけど。
「イヤじゃなければ、またオンボロ寮に遊びにいらしてください。お礼とかじゃなく。おすすめの駄菓子とか教えて頂ければ」
「そんなんメールで済むじゃん」
「……それはそうですね」
「あ、遊びに来るなら、……ゲームとか、持ってくるよ。ハシバ氏にも出来そうな奴」
「それは是非に!先輩って何曜日頃空きやすいとかあります?」
「えー……あー……部活が無い日……だけど……ソシャゲとネトゲのイベント開始日は勘弁してほしいかな……」
「おうふ……日程合わせる難易度高い……」
「いっそハシバ氏もネトゲやらん?ゲームはするんでしょ?」
「いやーネトゲはやめ時難しいじゃないですかー……MMOは果てがないしFPSは苦手だし……」
「そこはどうにか自制してもろて。ハシバ氏動体視力良いじゃん。狩りゲー出来るなら後は慣れだよ」
「よくわかんねー話してるんだゾ」
『ふふふ。監督生さんは異世界の人なのに、兄さんとゲームの話は通じるなんて不思議だね』
 オルトのコメントでシュラウド先輩が我に返る。咳払いして、僕を見た。
「と、とにかく、……その、まぁ、ハード要るゲームで遊ぶなら、掃除するなりゲストルーム確保するなり、用意がいるし。……こ、こっちから誘うよ」
「手土産いります?」
「グリム氏で」
「オレ様を土産にすんな!!」
「冗談だよ。……その時はグリム氏のおもてなしも考えないとだね」
『噂の猫リセットが見られるかもしれないね!』
「オレ様は猫じゃねー!!」
 シュラウド先輩もオルトも、グリムを見て楽しそうに笑っていた。

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