特別なごはんの日
「今日はユウの手料理が食べられると思って良い?」
談話室のソファに寝そべっていたエースがいたずらっぽく笑う。
宿題をやるついでに泊まりで遊ぼう、という話になった週末の今日。参加者はエーデュースとグリムと僕、会場はオンボロ寮。
エースの言葉に、デュースも顔を輝かせた。
「僕も食べてみたい。あ、いや、もちろん手伝いはするけど」
「手料理っていうか……僕の食べたいものにつきあってくれる、って事で良い?」
「ぜんぜんおっけー!こないだグリムが食ってた弁当もうまそうだったし、ハズレなさそうじゃん」
「……まぁそういう事ならいいかな」
「やったー!」
グリムがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。そ、そんなに期待されてもなぁ。
「じゃあ、買い出しとか行かないと」
「そうだな。どうせ飲み物とか買いに行こうって話だったし」
「めっちゃ楽しみ~」
冷凍庫の中の牛肉を確かめる。貰った時は使いきれるかと思い悩んだお高い肉も、なんだかんだ使って後は薄切り肉しか残っていない。四人前だと微妙に不安な量。キングスカラー先輩から購買部のギフト券を貰ったとはいえ、同じレベルのお肉を用意できるとは思えない。妥協の嵩増しは割り切るべきだろう。
ついでに野菜や調味料の在庫を確認。必要な道具は以前に揃えておいたので、後は取り分けるためのトングを買っておくべきだろうか。
「……人がいるからって、ついでに日用品買っておこうとしてねえ?」
「してないよ」
「冷静なマジレスどうも」
「そういう事お願いするなら力持ちのジャックとかがいる時にするし」
「…………オレ、ディスられてない?」
「自業自得だろ」
デュースの冷静なツッコミを受け、エースは頬を膨らませる。それでヘソを曲げて買い出しについてこない、という事はないのだから付き合いの良い奴だよなぁ。
購買部で必要なものを買い揃えた。キングスカラー先輩から貰ったギフト券が大いに役立ったものの、エースからは『結局お礼返されてるじゃねえか』と同情のまなざしを受ける羽目になった。図星なのでちょっと悲しい。
貰い物にランクは劣るけど、いっぱいの牛薄切り肉。白菜に長ネギと大根、白滝と豆腐、シイタケにエノキ。春菊はそれっぽいのが見つけられなかったので今回は見送りだけど、生食用の卵は忘れずに確保。味変とシメの具材も勿論確保した。普段は買うのにちょっとお高く感じる調味料を揃えるのだって、ギフト券のおかげで怖くない。臭み消しのお酒は買えなかったけど、まぁこれはシェフゴーストにアルコール飛ばしてもらうワケにもいかないし、仕方ない。
コンロでは出汁を取りつつ、食材のあく抜きやら下ゆでやらを行う。お米もたっぷり炊いておいた。
ダイニングのテーブルには、この日のために買ったと言っても過言ではない、深型のホットプレートをセット。電気設備への負荷は設備管理課に手伝ってもらってクリア済み。
「久々のすき焼きだぁ~!」
「……なんかテンション高いな?」
「異世界では特別な日に良いお肉を食べるならすき焼きって決まってるんだよ!」
「そ、そうなのか……」
「※諸説あります」
「諸説あるんかい」
軽口を叩きながら準備を進める。
肉の脂と醤油のいい匂い。グリムが既にうっとりしている。
肉に少し火が通ったら他の具材を並べて、出汁を足したら蓋をしてひと煮立ち。蓋を外して膨らむ湯気の向こうに、三人が興味深そうな視線を向ける。
「味付いてるからそのままでもいいけど、溶いた卵につけて食べると美味しいよ」
「生食用の卵はそれで買ったワケね」
「こういう使い方もするんだな。軽く火を通すだけの料理で使うものだと思ってた」
「ユウは米に卵と醤油だけかけて混ぜたの食ってる時もあるぞ」
グリムのコメントに、エースが哀れみの視線を向けてくる。
「……もっとちゃんとしたもん食えよ」
「あれがおいしいんだってば!」
思わず言い返したけど、みんな疑いのまなざしを向けてくる。つらい。
気を取り直して、火が通った肉を中心に取り分けた。
「生卵は苦手な人もいるし、ダメそうなら言ってね」
ダイニングの残った椅子におひつを置いてるので、白米はすぐに補給できる。
必要なものが揃ったところで挨拶して食べ始めた。
「うんまぁい!甘じょっぱい肉をまろやかな卵が包んで、口の中でとろけるんだゾ~」
グリムの反応を見て、ふたりもおそるおそる食べ始める。どうやら不味くはなかったようで、顔が明るくなった。
「なんか、ユウって何でもライス合わせっから正直どうかと思ってたけど……これはライスだわ……」
言いながら、いそいそと自分の分の白米を用意する。素直でよろしい。
「これがユウの世界の特別な食事か……不思議だな……間違いなく甘みがあるのにちゃんとした食事だ……」
「んっふっふ……これだけだと思うなよ……」
「……なん…だと……!?」
「今日のすき焼きは、まだ二段階の変身を残している……!」
「そ、そんな!!これだけでもおいしいのに!!」
「何するつもりなんだよ……!!」
「えーっと、さっき買ったモノで使ってないのは……バジルとトマトとタマネギ……チーズとパスタもあったゾ」
グリムが思い出しながら羅列すると、途端にエースが我に返る。
「……いや事故るだろソレ。絶対」
「それはやってからのお楽しみ~。実は僕も作るの初めてだし」
「実験に巻き込む気かよ!」
「死なばもろとも、って奴か……」
「う、うう。オレ様はユウを信じるゾ!」
「まぁそれは後のお楽しみだから。まずは基本を楽しんでよ」
それもそうだな、と食事に戻る。エーデュースはスマホで写真を撮ったりもしていた。楽しんでもらえているようで何より。
頃合いを見て席を立つ。さっきついでに下拵えしておいたタマネギとトマトを、バジルと一緒にフライパンで炒めた。
「く、来るんだゾ……」
「デュース、何が起きても逃げるなよ……」
「それはこっちの台詞だ……!」
妙に本気っぽい緊張感がおかしくて笑いそうになった。
ホットプレートに肉と調味料を足して、別で炒めた野菜を加えてひと煮立ち。
「匂いは美味そうなんだよな……」
「バジルとトマトは鉄板の組み合わせだよね~」
出来上がったのはトマトすき焼き。
「元の世界のネットで流行ってて、いつかやろうと思ってたんだぁ」
「異世界、変わったもの流行るんだな……」
「そう?手抜きグルメとか、逆の一手間加えた激うまレシピとか、SNSじゃよく流れてくるもんじゃない?」
よくお世話になったなぁ、としみじみ思う。
「……食いしん坊はSNSでも食いしん坊、って事ね」
呆れた視線には気づかないフリをしつつ取り分けていく。後込みする面々を無視して一口。
トマトの酸味とタマネギの甘味、牛肉の旨味が広がる。バジルの風味が鼻を抜けていった。
「うんまぁ……」
「う、う、うまい!?」
「すっげぇ……絶対に無理だと思ったのに……」
「卵で食べても味がマイルドになって美味いんだゾ!」
三人は笑顔で食べ進めてくれてる。自分も初めて作ったものだけど、美味しいものを共有出来るのはとても嬉しい。
「……初めて作ったって言ってたけど、作り方は知ってたって事?」
「うん。いつか作ろうと思ってたから」
「なんで今までやんなかったの?」
「鍋物は大人数で……っていうほどはいらないけど、ふたりだとちょっと味気ないかなって。機会は窺ってたんだけど、今日まで無かった感じ」
「……そっか。じゃあ、丁度よかったな」
「そゆこと」
返事をしつつ立ち上がる。三人がはっとした顔になった。
「ま、まだあと一段階あるんだった……!」
「くそぅ……余裕を残しておかないと入らねえ……ライスは罠か……!!」
「こうなりゃ全部食うんだゾ!このスキヤキを全て味わわずして美食は語れねえ!」
「ふははは、良い覚悟であるぞー」
フライパンに水を張って火にかける。太めのパスタを少し柔らかくなるまで茹でてから、水気を軽く切ってすき焼きに投入。汁と絡めてチーズを入れて、とろけたらチーズも全体に絡める。
「シメのチーズパスタだよー」
「具材の切れ端とか絡んでるのに……美味そう……」
「汁や具材が残るんじゃないかと思ったけど……これなら中身が一切無駄にならないな……」
「色んなダシがパスタに絡まって美味い!チーズが旨味をしっかり包み込んで逃がさないから、口の中が幸せになっちまう……」
それぞれ別のポイントで感心している面々を微笑ましく思いつつ、自分もシメを味わった。噂通りの美味しさに幸せな気分に浸る。
……キングスカラー先輩へのお礼も考えないとかなぁ。ギフト券あっての大盤振る舞いだし、なんかお礼しないと申し訳ない気がする。
ホットプレートが空になって一息ついたら、水を張ったり食器をつけたり軽い始末だけして、食後のお茶を淹れる。満腹で幸せそうな三人と、まったりとした時間を楽しんだ。
「今日もうまかった~!ユウのメシにはハズレがないんだゾ!」
「それは良かった」
「故郷の味が恋しくなる、って気持ちも解るな。こっちだと馴染みの薄い味付けだし」
「そーね。……でも不思議だよな」
「何が?」
「闇の鏡が届けられない場所に住んでる奴の食事が、オレたちにも美味しく感じられるなんてさ。本当は結構スゴい事なんじゃね?」
「それは……確かにそうだな」
「意外と近くにあったりしてね。異世界」
「そうだったらいいなぁ」
もし、元の世界とこの世界の往来が叶うのであれば、それが一番嬉しいのだけれど。
「そうしたら、またみんなでご飯食べて遊べるもんね」
「……まぁ、今日もこれから遊ぶんだけどね~」
「その前に夕飯の片づけをして、宿題を終わらせるぞ」
「えー、満腹で気乗りしねー。明日でいいじゃん」
「オレ様もエースに賛成だ!」
「そういうワケにはいかないだろうが!」
グリムとエースのブーイングに、デュースが厳しく返す。
いつまでも見ていたいくらい、微笑ましい光景。
今やありふれた日常と言っても差し支えないけど、それは自分の境遇に目を背ければ、の話。
元の世界に帰れば、今日という日の事も忘れられない思い出になるんだろう。
やっぱりすき焼きは、特別な食事だなぁ。
「それはそれとして、キングスカラー先輩へのお礼、どうしようかな……」
「そのラリー、まだ続けんの?」
「借りはなるべく残したくないんだってば」
「そういえばジャックからメッセージ来てたぞ」
「なんて?」
「キングスカラー先輩がマジカメ見て食べたそうにしてたから、今度サバナクローで同じ料理作ってくれないか訊いてくれって」
「……レオナ先輩、他人のマジカメの投稿とか見るんだ……」
「どうやって二人の投稿に辿り着いたか考えたくない」