深紅に思いを馳せて


 もちろん、レッドカーペットイベントは大成功。
 実写版『Beautiful Queen』への期待値は徹底的に上がり、あの子の撮影したマジカメの写真も良い反響だった。
 映画研究会の撮影も順調。期待以上の絵を持って帰ってきた彼らを全力で労ったのは言うまでもない。
 イベントが終わり、穏やかな時間が流れていた。愛すべき退屈が身を緩め、次の仕事への活力を満たしていく。
「やあ、ヴィル!」
「あら、ルーク。何かご用?」
 人もまばらな昼休みの教室に、朗々とした声と高らかな靴音が響く。いつものように芝居がかった動きでこちらに近づいてきた。
「今朝の投稿を見ていたらいても立ってもいられなくなってね。直接感想を言いに来たのさ!」
 新しい仕事の写真がマジカメに投稿される度に、ルークは長文の感想を書いて寄越してくる。どうやら今回はそれでは足りなかったらしい。
「映画祭でのリュクスクチュールとはまた趣の違った衣装で素晴らしかった!ロケーションも何もかも、映画のワンシーンのような完成度で驚いたよ。あれをウェディングプロダクトの宣伝に使うなんて、さすがはリュクスだ。オーダーする人たちも期待に胸が膨らむ事だろう」
「当たり前でしょう。アタシが中途半端な仕事を許すと思う?」
 などと話していると、どたばたと美しくない足音が教室の外から聞こえた。勢いよく扉が開き、ダッサイメガネの少年が鬼気迫った様子で声を張り上げる。
「シェーンハイト先輩いますか!!??」
「小ジャガ。廊下を走るんじゃないの」
 危ないわよ、と言った声は果たして聞こえたかどうか。一直線に駆け寄ってきて、手に持っていたスマホの画面を向けてきた。
「これ、どういう事ですか!?」
 画面に映ってたのは、自分が拡散したリュクスの投稿だ。ウェディングドレスの新規企画の立ち上げを宣伝するもので、写真が添付されている。
 あの日、星空の見えるダンスホールでユウと寄り添っていた時の写真だ。スタッフが扉に隠れながら撮影したものである。距離があるからこそ全身を完璧に写していて、背景が良い事もあり隠し撮りとは思えない完成度だ。
「どういう事も何も。アタシのお供をしてる間の写真は宣伝に使われる事があるって、最初の注意事項に書いておいたでしょう?」
「こっ……これも含まれてたって事、ですか?映画祭の間だけじゃなく」
「そういう事になるかしら」
 涼しい顔で返せば、酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせていた。思わず笑みが溢れる。
 業界経験者で何かと察しがよく理解の早い子だ。出し抜いてやれた事が純粋に嬉しい。
「アンタの素顔を知ってるウチの学校の連中には、すぐアンタだって分かったでしょうね」
 ユウの視線がルークを向いた。ルークは勿論、と頷いている。再び戸惑った視線がこっちを向いた。
 メガネを奪えば、困惑と羞恥心で赤らんだ可愛い顔が露わになる。柔らかい頬をつついた。
「これでアタシたちの仲は公認みたいなものよね」
「な、なんっで、そう……」
「嫌なの?」
「嫌ではないですけど!!」
「じゃあいいじゃない」
 再び絶句している。何に抗議しに来たのかさえ、混乱でどこかに行ってしまったらしい。そんな姿が可愛くてたまらない。
「向こうの世界に渡る方法は探しましょうね。だってご両親とお姉さんに挨拶しなくちゃ」
「は……」
「ダッドとお父様、きっと話が合うと思うわ。なんならこっちの世界に来ても、ご両親はお仕事に困らないんじゃないかしら」
「あ、あの……」
「ダンススクールだって良い所を紹介できる。アンタのお姉さんなら絶対にやっていけるわ。アタシが保証する」
「ど、どうしちゃったんですか先輩」
 困惑の中、どうにか絞り出したらしい疑問に対し、笑顔を向ける。
「アタシ、我慢するのをやめる事にしたの」
「我慢をやめる……?」
「アナタの夢のために潔く身を引くとか、そういう綺麗事はもう良いかしら、って」
 別れに怯える気持ちが無かったワケではない。
 運命がどうしようもなく二人を引き離してしまうのではないかと、そんな事も考えた。
 最後の思い出になるかもしれない、とも思わなくもない。
 でもあの時あの空間で、予防線を張るような事を言いながら、自分の胸には『堪えるべきではない』という妙な確信があった。
「だってアナタは、アタシの用意したウェディングドレスを着て、苦手なダンスにも一生懸命付き合ってくれたんだもの」
 これ以上無いほど、二人の想いは通じ合っている。
 不都合は二人で乗り越えればいい。運命にされるがまま離ればなれになるなんて絶対に嫌だ。
「アタシの幸せはアタシが掴むの」
 言葉にせずとも、当たり前のごとくずっと思ってきた事だ。
 恋愛でもそれを実行するだけの話。
 欲しいもののための努力なんていつもやっている事だ。何も特別な事ではない。
「だから」
 最愛の人の手を取る。体温の高さについ笑みを深めながら、両手で包み込んだ。
「もう諦めたりしないから。どうか忘れないで頂戴ね。……アタシのかわいいお姫様?」
 微笑みかけても、何も言わずに呆然としていた。
 そんな間抜けな顔も可愛くてたまらない。
「告白もプロポーズも、こんな場所じゃなくてちゃんと機会を設けるから、返事はその時で良いわよ」
「は、はい……?」
「それとも、アタシは待っていた方が良いかしら?」
 所在なさげな手を、自分の頬に触れさせる。いつまでもこうしていたくなる温もり。
「アナタから愛の言葉をくれる?」
 言葉の意味をやっと理解したようで、ユウは額に手を当てて考え込むようなポーズを取った。一分しっかり黙った後、消え入りそうな声で『お待ちしてます……』と呟く。耳まで真っ赤。
 もう答えは解りきってるけど、それもまた嬉しい事だ。
「ええ、そうして頂戴」
 手を離して、メガネを元に戻す。芋臭くて大嫌いな姿だが、彼が自分の意思で外してくれる日常はそう遠くないだろう。
 ユウは心ここにあらずの状態で、言葉だけの挨拶をして教室を出ていった。
 あとは最高の告白のシチュエーションを作らなくては。
 ただ愛を伝えるだけでは足りない。
 突き刺さって抜けない矢のように、あるいは蕩ける心地の甘い毒のように、彼の心に刻みつけ埋め尽くしたい。
 別れの時を迷いなく拒めるくらい、魅了し尽くし夢中にさせてみせる。
「楽しみね」

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