特別なごはんの日




 なんだかんだでスムーズに日程が決まり、あっという間に当日。
 ローズハート先輩は『オクタヴィネルと一緒だなんて心配だ!』と存外あっさり来てくれる事になった。ダイヤモンド先輩も軽く了承。エーデュースもノリノリだった。
 そしてジェイド先輩の宣言通り、オクタヴィネルの三人はこちらに予定を合わせてくれた。さすがに二つ返事で了解されるとなんか怖い。
 自分主催の屋外バーベキューなんて元の世界でもやった事ないんだけど、割とすぐ不安は解消された。
 寮や部活の集まりでのちょっとしたイベントとして珍しくないらしく、学内で機材のレンタルがある。機材の操作方法から燃料の目安、ちょっとしたアレンジメニューまで載ってるマニュアルが付属していた。これで初心者でも機材を借りて準備するぐらいなら出来るようになっている。名門校凄い。
 オンボロ寮の前庭はそこそこの広さがあるので、十人くらいでのバーベキューなら難なく出来る。丁度良いくらいかもしれない。
 テーブル配置などは事前にクローバー先輩と打ち合わせしておいた。僕は待ち合わせの時間までにその通りに設営をする担当。
 お肉は昨日のうちに冷蔵庫に移して解凍済み。思ったより人数が多くなったし、バーベキュー用に切ってもらった分は今日で全部無くなるかもしれない。食べ盛りの男子ばっかりだし、ジェイド先輩とか凄くいっぱい食べるって聞いた事あるし。まぁでも、もし余ったら焼き肉丼とかにしようかな。
 必要なものを用意したり、気づけば待ち合わせ時間の十分前。
「ユウさん」
 声をかけられて振り返れば、オクタヴィネルの三人が鉄柵の向こうから手を振っている。双子はでっかいクーラーボックスをそれぞれ抱えており、アーシェングロット先輩も旅行と見紛うような大荷物だ。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
「お疲れさまです、すごい荷物ですね」
「せっかくですから楽しんで頂きたくて。……よく食べるのもいますし」
 アーシェングロット先輩は意味ありげに後ろに視線を向けるが、双子はにこにこと笑うばかりだ。苦笑しつつ、門を開いて招き入れる。
「少し作業のいる食材もあるので、先に準備を進めていてもいいですか?」
「はい。あ、場所足ります?」
「大丈夫ですよ。ある程度は器具も持参しましたから」
 先輩たちはテーブルの一つを陣取って作業を始めた。あのでかいクーラーボックスは作業台も兼ねていたようで、限られたスペースでも鮮やかな手さばきで下拵えを進めていく。プロい。
「監督生!」
 思わず見入っていると、鉄柵の方から声がした。ハーツラビュルの面々が横並びで立っている。入ってきていいのに。
「ユウ、お招きありがとう」
「こちらこそ、ご協力ありがとうございます」
 ローズハート先輩は花が綻ぶみたいな笑顔で挨拶してくれた。バーベキューの匂い対策でジャージ着用なのに、それを忘れるくらい本当にかわいらしい。
「約束通り、野菜の下拵えは済ませてきたよ」
「オレたちも手伝ったんだよ~」
 ダイヤモンド先輩がにこにこ笑顔で付け加えると、クーラーボックスを抱えたエースが大げさな感じでため息をつく。
「お世話になるんだから当然だろう!って強制だったけどね」
「クローバー先輩の指導もあったし、そこまで不格好じゃないはずだ」
「野菜の用意もしようと思ったら手間だし、分担してもらえて本当に助かるよ」
 寮生たちの様子を笑顔で見守っていたクローバー先輩が僕に向き直った。
「それから、これはデザートのフルーツタルトとチーズケーキ。こっちの焼き菓子はオンボロ寮へのおみやげだから、好きな時に食べてくれ」
「ありがとうございます!冷蔵庫にしまってきますね。お肉も取ってこなきゃ」
「なら、僕も手伝おう」
「オレもいこっかな」
 エーデュースがケーキをひとつずつ持ってくれたので、僕は焼き菓子の入った紙袋だけを抱えて寮に向かう。紙袋越しでもバターが香る。いつ食べよう。楽しみすぎる。
「高級牛肉のバーベキュー食えるとか、レオナ先輩様々っすわ」
「すまないな、僕たちまでごちそうになって」
「ううん、凄く助かったよ。二人だけじゃ悪くなる前に食べきれないもん」
「アズール先輩たちも一緒ってのがちょっとアレだけど」
「まぁ、な……」
「でも、先輩たちは料理上手だし、魚介類も食べれるのはアーシェングロット先輩たちが参加してくれてるからだし。悪い事ばかりでもないよ」
「気にせず楽しんだモノ勝ち、って事か」
「それはそーね」
 いくつかの皿に分けておいた肉を取り出し、入れ替わりにケーキと焼き菓子を冷蔵庫にしまった。使い捨ての食器や調味料などの必要な品を持って外へ向かう。
「ちょい待ち」
 エースに呼び止められて振り返った。
「腕に下げてるデカいの何?」
「今日炊いたごはんだけど?」
 おひつっぽい大きな入れ物に、鍋一杯分炊いたご飯を詰め込んでいる。重みで手提げ袋がミシミシいってる気がするけど、まぁ寮と前庭の往復ぐらいならどうって事ないだろう。
「ごはん……ってライスのこと?」
「焼き肉には米でしょ?」
「異世界食文化出た~……別に良いけどさぁ」
「別に無理に食べなくてもいいよ。余ったら後日自分で消費するし」
 こっちの世界でもお米を食べないわけではないけど、自分のいた日本ほど食文化に密着はしていない。
 クローバー先輩もジェイド先輩も僕に『肉以外は用意しなくて良い』って言ってたけど、自分が食べるついでに用意しただけだし。食べる人がいても足りなくならないように多めに炊いただけ。
「拗ねるなって。オレらも手伝ってやるからさ」
「そうだな。ユウが言うなら、きっとおいしいんだろうし、僕も食べる」
「はいはいどうも。早く戻らないと始められないから急ごう」
 山盛りのお肉を抱えてオンボロ寮を後にする。
 バーベキュー会場に戻れば、何やら絶妙に不穏な空気が漂っていた。
「肉が来たんだゾ!」
 グリムの声で、全員がこちらを向いた。若干恐怖を感じたのが顔に出たのか、次の瞬間にはみんなにこやかな表情になる。
「はーい、本日の主役到着~!」
「いえーい!」
 エースが明るく言う。ダイヤモンド先輩だけノってくれた。
「アーシェングロット先輩、ご準備大丈夫そうですか?」
「こちらは完了しましたよ」
「全く、集合前に準備は済ませておくものじゃないかな」
 ローズハート先輩の言葉に、アーシェングロット先輩の眉がぴくりと動いた。
「おや、こちらとしては皆さんに新鮮な食材を一番良い状態で食べてほしかったので、直前に支度をさせていただいたのですが」
「寮で準備してきたって事足りるだろう。待ち合わせよりも遙かに早く来て場所を陣取って作業するのは迷惑じゃないか」
 厳しい言い方の指摘を、アーシェングロット先輩は鼻で笑う。
「まぁ、このこだわりをリドルさんに解っていただくのは難しいでしょうね」
「……どういう意味だい?」
 険悪なムードが漂う。予想できた事ではあるが、まだ始まってすらないんだよなぁ。
「おふたりとも、バーベキューを美味しく楽しめるように気遣ってくださったって事ですよね?」
 静かに間に入り、ふたりを交互に見る。
「食材の鮮度にこだわるのは料理の出来る人ならではの気遣いですし、担当した作業を完遂しつつ迷惑にならない時間に来るのも気遣いです」
「勿論ですよ!」
「当然の事じゃないか」
「僕はおふたりどちらの気遣いもとても嬉しいです!」
 言葉に嘘はない。時間を持て余さないタイミングで来てもらえるのも、目の前で調理を見せてもらうのもとても嬉しい。
 満面の笑みで言うと満更でもなかったようで、ふたりの毒気が抜けて表情が緩んだ。
「そう言っていただけると、準備した甲斐があるというものです」
「キミがそう言うならまぁ……ボクは別にかまわないけれど」
「大勢でご飯を食べる時は、楽しく!平和に!お願いしますね!!」
 楽しい焼き肉タイムに喧嘩されてたまるか。
「よぉっし、グリム!炭に火をつけよう!」
「にゃはは、まかせろ!」
「火事にならないように気持ち弱めでね!!」
「わかってるわかってる!」
 慌てて注意したけど、グリムはちゃんと加減を解っていた。無事に着火し胸を撫でおろす。火の加減はリーチ先輩たちに任せつつ、グリルの傍の作業台に食材を並べていった。
 主役の肉は山盛り。食べやすい大きさに切られたバーベキューの定番野菜もずらりと並んでいる。魚介類やキノコはそのまま焼いて食べるものもあれば、小さな器に盛られていて食べたくなったら焼き網に乗せて加熱していくシステムのものもある。見覚えのない高そうなソーセージや厚切りベーコン、チーズフォンデュっぽいものも用意されていた。飲み物もフルーツジュースから炭酸飲料まである。想定以上に豪華。米も作業台の端に置かせてもらった。
 ゴミ箱や紙食器の替えを改めて確認していると、香ばしい匂いが漂ってくる。大きなグリルは食材でいっぱいになっていて、その光景だけで食欲が刺激された。
「小エビちゃんとアザラシちゃんおいで~最初に焼けたのあげる~」
「きゃっほー!」
 グリムは大はしゃぎだ。お肉に大きなエビ、野菜もいっぱい。バーベキューソースは宣言通りたくさんの種類があり、組み合わせは無限大。もちろん普通の塩胡椒とかもある。楽しすぎる。
「ユウさん、シイタケはいかがですか?」
「あ、一個ください」
 ジェイド先輩はにっこり笑って大きなシイタケを乗せてくれた。フロイド先輩の気遣わしげな視線が面白い。
 シイタケなら、と自分の荷物から醤油を出し、ついでにご飯もよそってテーブルに戻る。アーシェングロット先輩が興味深そうな顔で覗きこんできた。
「それは……醤油、ですか?」
「あ、はい。そうです」
 購買部で売っている商品の中で、ダントツで馴染み深い存在だ。見つけた時は感激したぐらい、だったが、結構いい値段したので大事に使っている。
「ユウさんはシンプルな味付けがお好みで?」
「うーん、僕の故郷だとよく使う調味料なんです」
「なるほど、それで」
 アーシェングロット先輩は興味深そうに何度か頷き、自分もシイタケを取ってきた。
「頂いても?」
「あ、どうぞ」
 僕の使う様子を見て、同じぐらいの醤油をかけてシイタケを食べている。なんだか不思議な光景だなぁ。
 周囲を見れば、バーベキューをなんだかんだで平和に楽しんでいる。焼く人間はたまに交代しつつ、焼いてる人が焼きたてを自分用に確保してたり。
 甘めのバーベキューソースもおいしい。ほっぺた落ちる。
「ライスも一緒に食べるんですか?」
「僕の故郷だと、お米が主食なんですよ」
「へえ」
「こないだハンバーグとミソシルと一緒に食べたのも美味かったな!」
「ミソシル?」
 アーシェングロット先輩が首を傾げる。だしパックと味噌汁の話をすると、通りかかりに聞いていたフロイド先輩と揃ってちょっと驚いた顔をされた。
「アレ、トッピング用の魚粉が小分けになってるんじゃないんですか!?」
「あー……そういう需要なんですね……」
「小魚のヤツもあるじゃん。小分けのおやつなんだと思ってた」
「まぁそのままでも食べられるものなので間違いじゃないですけど」
 こう話していると異文化なんだよな……。むしろ何でこの世界に存在してるんだ、だしパック……。
「メニューの幅が広がりそうですね、今度使ってみます」
「あ、いえ……お役に立てればいいですけど」
 何でも食べるし僕と味覚も近そうなグリムはともかく、この世界の人に受け入れられるんだろうか。ちょっと疑問は残る。
 それはさておき、一通り食べたし焼き場交代しようかな、と思って席を立った。
「ジェイド先輩、クローバー先輩、食べれてますか?」
「焼き加減見ながら合間に食べてるよ。監督生は遠慮せず食べるのに集中しててくれ」
「ええ。メインであるお肉の提供者なのですから。ゆっくり味わってください」
「な、なんだか申し訳ないです……」
「ふふ、そんな優しい監督生さんにはキノコのガーリックバターソテーを差し上げましょう」
 特別ですよ、と言いながら、ジェイド先輩は網の上で熱していたアルミホイルの包みをそっと皿に乗せてきた。凄くいい匂いがする。
「肉も野菜も焼けてるぞ。せっかく来たんだから持ってけ」
「うわあああすみません……」
 クローバー先輩が皿の空いた所に肉と野菜を盛り、あっという間に埋まってしまった。申し訳なく思いつつ、今度は辛みのあるソースをかけて楽しむ。なぜこういう時に食べるピーマンはおいしいのだろう。不思議。
「ユウって野菜の好き嫌い無ぇの?」
「小さい頃はニンジンとかピーマンとか嫌いだったけど、いまは特に無いかなぁ」
「……だってよ、デュースくん」
「ぼ、僕だって、我慢すれば食べられない事は……ない、はず」
「この年まで無理だったらそこまで頑張らなくてもいいんじゃない?」
「そうはいかない。ピーマンには栄養が豊富に含まれているんだ。好き嫌いで食べられないのは恥だよ」
「うっぐ……、す、すいません寮長!!」
 ローズハート先輩の指摘に、デュースは肩を落としている。エースは『出た出た』とでも言いたげだ。
「ローズハート先輩、楽しんでますか?」
「ああ。相変わらず無秩序で慣れない場だけど、食材が美味しいのは解るよ」
 まぁクローバー先輩がいて食べれないなんて事はないだろうけど。すかさずダイヤモンド先輩が近づいてくる。
「みんなこっち向いてー」
 反射的にみんな顔を向けてしまうのだから慣れたものだ。
「一時はどうなることかと思ったけど、みんな楽しそうでよかった~」
「まぁうまい飯食ってる時ぐらいはねー」
「金魚ちゃんもいっぱい食べて大きくならないとねぇ」
 ローズハート先輩が身を竦める。フロイド先輩が湯気の出ている片手鍋を持って後ろに立ってた。
「い、いきなりなんなんだいフロイド!?」
「アサリのワイン蒸し食べる人~?」
「は!?」
 大混乱のローズハート先輩の代わりに挙手。お椀代わりにしていた深めの皿に入れてくれた。めちゃくちゃいい匂いがするし出来立てのようだが、首を傾げる。
「グリルの所にそんな鍋ありましたっけ?」
「うん?ワイン使った料理はアルコール飛ぶまでシェフゴーストにやってもらう決まりになってんの」
「そうなんですか!?」
「オレら一応コドモだから酒買えないじゃん?そうしないとダメなんだって」
「じ、じゃあ……ビーフシチューに赤ワインも使える……?」
「酒の分のお金はかかるけど、頼めばやってくれるよ」
 配り終わった所で、フロイド先輩は残るメンバーにワイン蒸しを配るためにグリルの方に向かっていく。
 未成年酒買えない問題は、元の世界だと料理専用のものを探す手間が必要で、そういうメニューは敬遠しがちになっていた。でもこの世界っていうか、ここならそんな裏技があったのか……!
「……キミは本当に食べる事が好きなんだね」
 ローズハート先輩が笑う。エーデュースもダイヤモンド先輩もニコニコ笑ってる。なんか居心地が悪い。
「ど、どうせ作るなら美味しい方が良いじゃないですか」
「うん、素敵な事だと思うよ」
 屈託のない笑顔がくすぐったい。ごまかすようにワイン蒸しを差し出す。
「せ、先輩も一緒に食べましょう!あったかいうちに!」
「そうだね。せっかくだから貰おうか」
 ぷりぷり食感と共に塩気の利いた独特の風味が鼻を抜ける。本当にオクタヴィネルの三人の料理はハズレがない。
 身を食べきった後の残った汁に、お米を入れて食べる。
「これは……お米でもおいしいけどパスタが最良だなぁ……」
「お前、炭水化物と合わせないと死ぬの?」
「ソースを残さない姿勢はシェフへの賛辞だから悪い事じゃないよ」
 ローズハート先輩の本気のフォローが暖かくて忍びなかった。



 食事が進めばゴミも洗い物も出る。それらを気が向いたら片づけては食べ進めて、段々と終わりのムードが漂ってきた。
 作業台のテーブルに山盛りあった食材もいつの間にか売り切れて、持ってきたお米もガーリックライスにされたりしてなんだかんだ無くなっている。
「そろそろ持ってきていただいたケーキとタルト出してきましょうか?」
「そうだな、デザートくらいの余力は残してるな?」
 クローバー先輩が声をかけると、おざなりな返事がそれぞれから出てくる。苦笑いしていた。
「確か、フルーツタルトとチーズケーキでしたね?」
「紅茶はこちらでご用意しましょう」
 アーシェングロット先輩とジェイド先輩がマジカルペンを振る。紅茶の缶やティーポット、この場に合わせたらしいデザインの人数分のマグカップが作業台に準備された。
「悪いな」
「こちらこそ」
 エーデュースを借りて、肉を乗せていた皿を引き上げつつケーキを持ち出す。冷蔵庫の中が途端に寂しくなった。
「終わっちゃうのちょっと寂しいな」
「またやればいーじゃん」
「普通の肉での持ち寄りだって楽しいと思うぞ」
「……そうだね」
 二人がこう言ってくれるという事は、また誘ったら来てくれるって事だと思おう。
 気を取り直して外に戻れば、先輩たちはまったりと談笑していた。その様子にほっとする。おなかいっぱいだと人間は穏やかになるものだ。
 甘いものが苦手なダイヤモンド先輩と、これ以上はカロリー過多なので食べられないというアーシェングロット先輩以外で、ホールを等分して二種類ひとつずつ食べられる。
 宝石みたいにフルーツがキラキラしたタルトと、うっすらとした焼き目が愛おしいチーズケーキ。合わせて選んでくれた紅茶が甘みを際だたせつつ風味が良くてまた美味しい。
「それにしても、ユウちゃんはどうしてあんなにいっぱい良いお肉を持て余してたの?」
「ああ、キングスカラー先輩から送られてきたんです」
「何でまた」
「あのー……多分、食事のお礼、ですかね」
 ほぼ全員の視線が一斉にこちらを向いた。めちゃくちゃ怖い。
「じ、実家の味が恋しくて自炊した時に、先輩が押し掛け、もとい訪ねてきて」
「それで、レオナくんはユウちゃんの手料理を食べて帰ったんだ」
「手料理って言えるほど大層なものじゃないんですけど」
「でも美味かったんだゾ!」
「お肉はその、迷惑料も込みだと思って貰っておけってゴーストたちからも言われて」
 なんか視線が怖い。
「……食事だけで済んだの?」
「済んだよ。食べ終わったら普通に帰っていったし」
「そ、それならまぁ……別に言う事は無いね……押し掛けた事には抗議したいけど、彼なりに謝礼はしたようだし」
「っていうか、この話、クローバー先輩にはご説明しましたよね?」
 今度はクローバー先輩に視線が集まる。先輩は涼しい顔で眼鏡をいじっていた。
「さあ、どうだったかな。ジェイドも聞いてたよな?」
「僕が厨房に入った時にはバーベキューをやろうか、という話になっていて、ユウさんがお肉を受け取った経緯については何も聞いてませんよ」
「そうだったのか?」
 やや強ばった感じのジェイド先輩のコメントに対し、クローバー先輩は軽く返していた。
 別に話しても何があるものでもないのに、何で今は初めて聞きましたみたいな顔してすっとぼけてたんだ。……いやこの人に関してそういう事を考えるのはよそう。多分大した意味は無いし。
「ねぇねぇ小エビちゃん。オンボロ寮に行けばオレたちにもごちそうしてくれる?」
 フロイド先輩の言葉で、ジェイド先輩がはっとした顔になる。
「そうですね。レオナさんが舌鼓を打ったと言うのなら、是非食べてみたいです。ねえ、アズール?」
「んえ!?」
 完全に呆然としていたらしいアーシェングロット先輩から、珍しく変な声が出ていた。動揺しつつ先輩は眼鏡を直し、咳払いしていつもの調子を取り戻す。
「……そうですね、異世界の家庭料理というのもメニューの参考にはなるかと!」
「方向性違いすぎて合わないと思いますけど……」
「……キミたち、ずいぶんと無遠慮だね?」
 色めき立つオクタヴィネルの面々に、ローズハート先輩が厳しい声音で釘を刺す。それに対して、フロイド先輩は呆れた感じの表情を向けた。
「金魚ちゃんだって食べたいでしょ?小エビちゃんの手料理」
「えっ!?……それは、まぁ、興味がないと言ったら嘘になるというか」
「オレも食いたい」
「僕も食べたい」
「オレもオレも~」
「お前ら、あまり調子に乗るんじゃないぞ」
 寮長に続いたトランプ兵たちに副寮長が釘を刺す。
「……まぁ、リドルにとっては料理の勉強をする良い機会かもな?ユウの話なら肩肘張らずに聞けそうだし」
「いや別に、僕は料理が趣味ってわけじゃないので。めちゃくちゃ手抜きしますし結構アバウトだし人に教えられるものじゃないですよ」
 この学校で食事をするなら、大食堂で普通にご飯食べた方がクォリティ高いし楽だし別途のお金もかからない。
「僕は地元の味が恋しいだけなんですっ!!」
「そんな力一杯言わなくても」
「異世界から来ると大変だね」
 ダイヤモンド先輩が宥めるように頭を撫でてくる。優しい。
「それにしてもすっごい美味しいお肉だったねぇ。レオナくんったら太っ腹~」
「贈答用って書いてあったので、多分凄くお高い肉なんだと……何かお返ししなきゃ申し訳ない気がして、正直今から気が気じゃないんですよね……」
「得したんだから貰っておけばいいじゃん。小エビちゃんってば律儀~」
「いや、あの……貸しはともかく、借りはそのままにしておきたくないんですよ。いつ何の形で返せって言われるかわかんないし」
「気持ちは解る……借りは返さないと落ち着かないよな」
「お前のそれはなんか違う気がすっけど」
 デュースに律儀にツッコミを入れつつ、エースの視線がこちらを向く。
「……でも、そこでレオナ先輩に肉のお礼返したら、また何か贈られてくるんじゃね?」
「それは自分でも思ったから悩んでるんだよぉぉぉぉぉ!!!!」

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