真紅に想いを馳せて


「おっっっっもしろかったー!!!!」
 試写会が終わって会場を出ると、エースが開口一番声を張り上げた。同じ意見なのでうんうんと頷いておく。
 スタッフロールまで終わると、観客がスタンディングオベーションして作品の素晴らしさを讃えていた。原作の話すら満足に知らない僕でさえ夢中になったのだから、原作のファンはもっといろいろ思ったに違いない。
「やはり素晴らしい出来映えでしたね」
「現代的な物語や演出のアップデートを行いながらも、作品の素晴らしいとされた部分や基本的な設定は一切変えていない。これはファンも喜ぶな」
「画面も音も大迫力だったんだゾ。スマホで見るより断然スゲー!」
 グリムは輝いた目を僕に向ける。
「子分、オンボロ寮にも映画館が欲しいんだゾ!」
「無理だよ。広さ的にも予算的にも」
「ぐぬぬ……はっ、オレ様たちも映画を作ってカリムに見せて頼めば!」
「まぁ一応聞くけど、どんな映画?」
「もちろん、グリム様の偉大さを讃える映画なんだゾ!」
「無理無理」
「無理だろうな」
「赤字になりそうですね」
「ふなーっ!」
 じゃれる後輩どもをぼんやりと眺めつつ、シェーンハイト先輩は無言だ。まだきっと余韻に浸っている。
「……まだまだ遠い」
 と思ったら、ぽつりと呟いている。
「お父さんの背中、ですか?」
 思わず尋ねると、少し驚いた顔をされた。優しく微笑まれる。
「ええ。……結構近づいているつもりでいたけど、まだまだだわ」
 これからも精進しないとね、と溜息混じりに言う。本当に、ストイックな人だよなぁ。
「無理はしないでくださいね」
「してないし、しないわよ」
「是非そうしてください。みんな心配しますから」
「アナタもしてくれるの?」
「しますよー。今日だって、リュクスでひやひやしてたんですから。絶対すっごい責任感じてるんだろうなって」
 あそこでリュクスの人たちが折れてしまえば、ブランドが一つ潰れてしまいかねなかった。世界的な有名ブランドが、だ。
 どんな関わり方であろうと、その理由に自身の名が残るなんて普通は耐えられない。シェーンハイト先輩がどんなに大人びていても、十代である事には変わりないんだし。叱咤激励しながらも、ダメだった時の事を想像して絶対に苦しかったと思う。
 だけどそんな顔を見せられる状況じゃなかった。シェーンハイト先輩まで弱気を見せれば、彼らの心が折れてしまうかも知れない。あそこで絶対的に厳しく強い存在で居続けたからこそ、持ちこたえた部分はあったと思う。
 世界レベルで活躍してるからって、十代の少年が背負うには重すぎだ。
「今日でも明日……は学校あるけど、ちゃんとリラックスタイム取ってくださいよ」
「……もちろん、そのつもりよ」
 ありがとう、と小さく言われた。ちょっとまだ心配だけど、まぁ気になったらまたつっつくとしよう。
「ヴィル先輩、次はどうしますか?」
 じゃれ合ってたエースたちが近づいてくる。
「映画祭はまだ続きますし、次の作品も面白そうですよ」
「帰るわよ」
 さらっと返されて、全員が呆気にとられた。
「………………え?」
「帰るわよ。もう寮の門限が近いもの。リュクスに戻って着替えたらギリギリ」
「そ、そんな!」
「明日は学校だし、仕方ないでしょう?アタシたちは学生、学生の本分は勉強。勉強をおろそかにするような事は、この場の年長者としても寮長としてもさせられない」
 きっぱりと言われてしまい、誰も言い返せない。
 僕たちはシェーンハイト先輩のオマケだ。シェーンハイト先輩がいない会場に残るわけにもいかない。説得も難しい。素直に帰るしかない。
 ファンに見つからないように通用口などを駆使して映画祭の会場を離れる。服が服だから目立つんじゃないかと不安だったけど幸いにも特に声をかけられたりする事はなくリュクスに入れた。
 ハイブランドの魔法は解けて、ただの生徒に戻る。
 メイクを落とした後のスキンケアが凄まじく気持ちが良くて、もう何もしていないのに来る前より肌の艶が良くなった気がした。メガネも戻ったし寂しいながらも落ち着いている僕に比べて、エースや先輩たちはやっぱりちょっと未練が残っていそう。しょうがないよね。もっと見れると思ったもん。
 空はすっかり夕方の色。疲れは感じつつもまだ元気が残っている状態で、しかし鏡に向かう足取りはどこか重い。
「あら、いけない」
 そうして鏡のある建物まで来た所で、シェーンハイト先輩が声を上げた。全員揃って振り返る。
「リュクスに忘れ物したわ」
「取ってきましょうか?」
「サイズ確認が必要なの。アタシが行かないと」
「じゃあ、全員で戻りましょう。大して時間もかかりませんし」
 まだこの街にいられる、という期待がうっすら漂う。しかしシェーンハイト先輩の表情は厳しい。
「いいえ、結構。荷物持ちなら一人で十分よ。ユウ」
「はい」
「そういうわけだからついてきて頂戴。グリムはみんなと帰ってていいわ」
「ユウが行くならオレ様も行く!ひとりでオンボロ寮に帰ってもつまんねー!!」
「……このケモノは……」
「またチョコ食べさせてもらえると思ってるんじゃないよね?」
「ぎっくぅ!!……そ、そそそそ、そんな事ないんだゾ」
 怪しい。
 シェーンハイト先輩は少し悩んだ様子だったが、溜息を吐いたと思ったらすぐに顔を上げた。
「わかった。グリムはついてらっしゃい。保護者が要るものね」
「へへ、やったー!」
「スタッフさんを困らせるような事したら後で怒るからね」
「わかってるわかってる!」
 ぜってーわかってねえな。ちゃんと見ておかないと。
「そういうワケだから、アズール。寮長として、他の二人を責任もって送り届けて頂戴」
「……いいえ、断固として拒否します!」
 アーシェングロット先輩がいつになく真剣に抗議してきた。バイパー先輩もエースも厳しい表情になっている。
「門限を守れというのであれば、ポムフィオーレの寮長であるヴィルさんも守るべきです」
「俺もアズールと同意見です。今日急いで取りに行かずとも、後日改めてで良いのでは?」
「っていうか、一緒に連れてってくれりゃいいじゃないですか。やましい事が無いなら、ですけど」
 空気が剣呑としている。映画祭の途中で帰らされている事もあってか、いつにも増して厳しい空気が流れている。居たたまれない。
 一方、牙を剥いてきた後輩に対しシェーンハイト先輩の目は冷ややかだ。長く細い溜息を吐いたかと思うと、小さく呟く。
「……仕方ないわね。こんな事したくなかったんだけど」
 三人が身構えていると、シェーンハイト先輩はとびっきり意地の悪い笑みを浮かべた。
「アンタたち、自分の立場というものを理解していないようね」
「何の事ですか?」
「リュクスクチュールの対価なら、映画祭のスタッフとしての働きで支払ったはずです!」
「そこじゃないわよ」
 疑問符が浮かぶ。勝ち誇った笑顔のシェーンハイト先輩が自信たっぷりに言う。
「あの事、バラすわよ」
「あの事って?」
「アンタたちがここに来るために不正を働いた事」
 分かりやすく三人の顔が青ざめた。
「先輩は別に良いって言ったじゃん!!」
「アタシはね?でもあの場にいた他の連中はそうじゃないんじゃないかしら」
 どんどん三人の空気が重くなっていく。
「別にアタシは良いと思うわよ。どんな手を使っても勝ちたいっていうの。だから何の気なしに、雑談として話してしまうかも知れないわね?」
「うっ……」
「アタシは気にしない。でも、それを聞いた人間がどう思うか、どんな行動に出るかまでは制御できないわ」
「ぐ……」
「……さぁ、どうする?自分達が賢いという自覚があるなら、どう動くべきかは解っているんじゃない?」
 三人が顔を見合わせる。重苦しい沈黙を挟み、最初に動いたのはバイパー先輩だった。
「……ここは引くしかないな」
「そんなぁ!」
「我ながら迂闊でした。こんな弱みを握られるとは……!」
「ええ、本当にご愁傷様。次からは悪巧みの成果報告は相手を選ぶ事ね」
 凄みのある笑顔を向けられ、三人は絶句している。そして哀愁漂う背中を向けて鏡に歩いていった。
「お、お疲れさまです。お気をつけて~……」
 反応が無かったので聞こえたかも分からない。気まずい沈黙が流れている。
 三人が鏡をくぐったのを見届けて、シェーンハイト先輩は小さく息を吐いた。
「さ、行きましょうか」

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