真紅に想いを馳せて
扉が閉まると、外の喧噪が一気に遠ざかった。とはいえ、まだ扉の向こうでは拍手が響いているのが分かる。
「……クインズ・パレスの中は静かね。外でのフラッシュが嘘みたい」
シェーンハイト先輩が呟くと、どっと気が抜けた。
「疲れたー!」
人目もはばからずぐったりする僕らを見て、うっすら笑われてる気がするけど気にしないでおこう。もう本番終わったし。
「思っていた以上に大変な仕事だったな」
「相手に失礼のないようにハガシをするというのは、気を遣いましたね」
「でも、めちゃくちゃ楽しかったっすよね~。オレ、テンション爆上がりでアドレナリン出まくり!」
「あれだけたくさんのカメラに囲まれるなんて、滅多にない事ですから」
「にゃっははは!おもしろかったんだゾ!」
みんな疲れたのは同じだけど、楽しかったのと満足したのも同じみたい。
なんだか必死すぎて楽しかったのかすら分かんなかったけど、でも今は後悔とかもないし、たぶん楽しかったんだと思う。少なくとも、出来る事はやったという自覚は持てていた。
「実はオレ!なんと観客にサインを頼まれちゃったんですよ!」
「あらそうなの」
「そうか」
「よかったですね」
ご機嫌のエースに対し、先輩たちの反応は冷たい。エースが肩すかしを食らった顔になる。
「……あれ?反応薄くありません?」
「リュクスクチュールを着てレッドカーペットを歩けば、芸能人に間違われても不思議はないだろう」
「って事は……もしかしてジャミル先輩やアズール先輩もサイン頼まれたりしたんですか?」
「ああ」
「写真も撮られましたね」
「ええっ!!??ちぇっ、オレだけだと思ってたのにな~」
まあ、エースも先輩たちもイケメンだし。そのぐらいあるだろうなぁ。言わないけど。調子乗りそうだから。
「もしかしてユウも?」
「どうだろう?先輩撮るのに必死で全然気づかなかった」
「たぶん、グリムとセットで撮影されてたんじゃないか?」
「肩車で写真を撮ってるところなんか、大変かわいらしかったですから」
「おう、みんな『かわいー』って言ってたんだゾ!」
「観客は親分の魅力にメロメロだったかー」
「オレ様の映画デビューも目前だな!」
まぁ変な事せずにちゃんとついてきてくれたし、希望は折らないでおこう。
「小ジャガでもサインを求められるぐらい、リュクスの力は凄いって事ね。さすがだわ」
シェーンハイト先輩はしみじみと呟き、僕たちひとりひとりの顔を順番に見る。
「でもまあ、アンタたちよくやった。今日のアタシを輝かせる、最高のオマケになれていたわよ」
「ありがとうございます。ヴィル先輩のオマケになるのがいかに凄い事か、今ならよくわかります」
「僕は最初から理解していましたよ!ご一緒できて光栄でした」
謙虚なバイパー先輩のコメントに対し、アーシェングロット先輩は通常運転だ。
「貴重な機会を、ありがとうございました。シェーンハイト先輩」
「あら。『ヴィル様』はもう終わり?」
「今は舞台袖ですし」
「残念ね」
先輩呼びじゃないのが新鮮だったのか、様付けが気持ちよかったのか、どっちなんだろう。……気にしない方がいいかもしれない。
「……あ!ヴィル先輩の写真、もうマジカメにあがってる!」
エースの声で場の空気が変わった。エースが見ているスマホをみんなして覗きこむ。
「一般のファンたちが撮影した写真ですね」
「凄い数だ……タピ・ルージュの周りにいた人全員が、ヴィル先輩の写真をあげているんじゃないか?」
「先輩もすぐに上げます?」
「一回事務所がチェックするから、データをマネージャーに送っておかないと」
と言われて、先輩に撮影用のスマホを渡した。軽くチェックしつつ操作している様子を見守っていると、奥の方から高らかな足音が近づいてくる。
「よかったよ、ヴィル!プロモーションは大成功だ!」
豊かな声量に思わず身を竦めてしまった。ヴェニューさんはご機嫌の笑顔だった。演技じゃなければ、満足して貰えたらしい。
「すぐに沢山のニュース記事になるだろう。素晴らしいプロモーションになったよ。実写版『Beautiful Queen』はきっと大成功間違いなしだ」
褒め言葉の嵐にも、シェーンハイト先輩は顔色一つ変えない。多分、嬉しいとは思ってるんだろうけど。
「ありがとう、ヴィル」
「どういたしまして。素敵な仕事をオファーしてくれて、こちらも感謝しているわ」
とても親子の会話ではないけど、関係が良好である事は疑いようもない。先輩の笑顔も何となく優しいし。
「これは父親ではなく映画人としての頼みだが」
ヴェニューさんは真剣な顔でシェーンハイト先輩を見る。
「ナイトレイブンカレッジ卒業後の映画復帰作は、僕にプロデュースさせてくれないか?」
とてつもない提案が目の前で行われている。多分、一人の俳優として、光栄極まりない言葉だと思うんだけど、シェーンハイト先輩は少し考えるような間を取った。
「そうね。これは子どもじゃなく映画人としての意見だけど」
そしてニヤリと笑う。後輩に意地悪している時と同じ、楽しそうな悪どい笑顔。
「条件次第よ」
しかし父親からすればこんなもの、子どものかわいい笑顔に変わりない。ある意味役者らしいオーバーリアクションで迎え撃った。
「これは手強いタレントだ!さすがは一流って事かな?」
そしてヴェニューさんは僕たちにも目を向けてくれた。
「みんなも手伝ってくれてありがとう。ここからは、存分に映画を楽しんでいってくれ」
僕たちもお礼を言って、一足先に試写会場に向かうヴェニューさんの背中を見送る。
「さ、アタシたちも行くわよ」
返事をして、一緒に会場へ向かって歩き出す。
「きっと素晴らしい映画になっているはず。楽しみだわ」
さっきまでと違う無邪気な笑顔。エースも先輩たちも、グリムだって楽しそう。
僕もこの世界の大作映画を見られるのは嬉しい。こんな立派な会場での試写会なんて生まれて初めてだ。
浮かれた気持ちで試写会の会場に入った。