真紅に想いを馳せて
美粧の街国際映画祭。
会場であるクインズ・パレスの前には多くの人が集まっていた。
このために敷かれたレッドカーペットは鮮やかに会場を彩り、訪れる映画スターたちを華々しく出迎えている。
何日にも渡って行われる映画祭だけに、目玉となる作品は幾つもある。この日の目玉は大作である実写版『Beautiful Queen』だろう。集客に繋がるであろうほとんどの情報が非公開だが、原作が有名であるだけに注目度は高い。
タピ・ルージュの沿道に集まった映画ファンもメディアも、公開前に得られる情報に繋がる、関係者と思える人物の登場を待ちわびていた。
そうして現れたのは、俳優にして映画プロデューサーのエリック・ヴェニューだ。いきなりの業界トップ知名度の人物の登場に会場は沸く。
これ以上の衝撃など訪れはしないと、誰もが思ったに違いない。
次に続いていた車から、若い男性たちが降り立つ。少年と呼んでも差し支えない年頃だ。品の良い服装で見目も良いが、名のある俳優ではない。疑問を示すように歓声の勢いが弱まった頃、少年たちはまだ車内にいるゲストを導くように並び、従者のように頭を下げて彼の登場を待つ。
ヴィル・シェーンハイトが車から降り立つと、爆発でも起こったかのような歓声が上がった。フラッシュもシャッター音も鳴り止まない中、彼は愛想良く微笑んで沿道に集まった人々に手を振る。そしてタピ・ルージュに向かって歩き始めた。従者のように少年たちがついていく。
掴みはうまくいったように思う。ここからは音に気を取られず周囲に気を配りながら、写真撮影もしないといけない。
護衛に関してはバイパー先輩がいればまず間違いはない。そこはひとつ信頼を置いて、シェーンハイト先輩を撮影する事に集中したい。
とはいえ、沿道に集まった人たちが見たいのはシェーンハイト先輩だ。あまり邪魔になりたくない。かといって遠慮していると、あっという間に歩いている時間が終わってしまいそう。
この子どもっぽい服装なら、護衛っぽく振る舞う三人とは違う動きをしても許される、と思う。
鞄からスマホを取り出し、ファンサービスのために足を止めたタイミングで前に回り込む。……なんか盗撮っぽくてやだなぁ、と思いつつ撮影。マジカメにはマントを着てからの姿が使われるだろうけど、この姿だとリュクスクチュールがよく見えるので、こっちの写真も選択肢にはあった方が良いかなと思ったのだ。
歩いている横顔も、ファン対応している姿も、どれも文句のつけようがないくらい綺麗。
しかしなんかマンネリだな。ゴーストカメラを持ってる時ほどしっくりこないのは、やっぱりあのカメラに何かそういう力があるんだろうか。
ふと思い立つ。
「グリムも撮影する?」
「やりたいやりたい!」
手伝ってくれるって言ってたしね。
グリムを肩車して、撮影用のスマホを渡す。
「おお、めちゃくちゃ人が見える!こっちに手を振ってるんだゾ!」
「こっちじゃなくて、ヴィル様に、ね」
一応釘を刺したが聞いちゃいねえ。
頭上からパシャパシャとシャッター音が聞こえる。一応、写真撮影などのスマホの基本的な操作はグリムにも教えてあるから、レンズが全部手に隠れてる、とかは流石に無いと思うけど。
「ヴィルー!」
グリムが声を張り上げると、シェーンハイト先輩がこちらを向いた。先輩たちはぎょっとしていたけど、エースは緊張なんか忘れてピースしてるし、シェーンハイト先輩も楽しそうに笑ってくれた。先輩は笑顔のまま両側にいたバイパー先輩とアーシェングロット先輩を抱き寄せて止まる。すかさずシャッター音が響いた。
「にゃはは、良いのが撮れたんだゾ!」
果たしてどこまで信用していいのか。スマホを受け取りつつグリムを下ろし、先輩に頭を下げる。歩き出した気配を感じてから顔を上げ、タピ・ルージュまでの距離を確認した。あとひとり対応したら『演出』が入るだろう。
この場所での最大の見せ場。
サインを書いて手渡したタイミングで、僕は後ろを振り返る。通り過ぎた沿道の人たちは、次に誰か来るんじゃないかと車道の方に意識が向かっていた。もちろん、シェーンハイト先輩をまだ見ようとしている人もいる。
道の中央に立って、両手を広げる。出来るだけ大きな動きでお辞儀をして、拍手が聞こえるのを確かめた。顔を上げて、唇の前に人差し指を立てる。顔を動かして視線をタピ・ルージュの手前に立つシェーンハイト先輩の方に送り、跪いて手で注目するように指し示した。
ちょうど『演出』が始まるところだった。バイパー先輩が煌びやかな箱を手にシェーンハイト先輩に近づく。箱を受け取ったシェーンハイト先輩はそれを躊躇い無く開けた。
溢れ出した緑色の煙が先輩の姿を隠していく。どよめきが広がった次の瞬間、煙は一気に晴れて、夜空の色が宙を舞った。
そこには『闇夜の黒』を纏ったシェーンハイト先輩が立っている。再び、凄まじい歓声が辺りに轟いた。ごく自然な動きで後ろを振り返り、数秒ポーズを取る。シャッター音が多すぎてもはや何の音か分からない。
シェーンハイト先輩が、こっちに来なさい、とジェスチャーしたので立ち上がって駆け寄る。僕の合流を待ってから、シェーンハイト先輩は再び歩き出した。
ファンに対応するシェーンハイト先輩を見守りつつ、写真も確保する。先輩たちのハガシも実に自然で空気を壊さない。確実に前に進んでいる。この時間が終わってしまう。
道の途中でも足を止めてポージングして、ファンやメディアの撮影のチャンスを作っていた。手を動かす度にグローブが光を纏って煌めき、フラッシュを跳ね返す。それはラメを飾ったマントも同じで、『闇夜の黒』も含めて落ち着いた色合いの衣装なのに、どこにいてもキラキラと輝いていた。
シェーンハイト先輩にしか着られない、シェーンハイト先輩のためだけの衣装である事を改めて実感する。
そうこうしているうちに、もうクインズ・パレスは目前だ。三人がシェーンハイト先輩を囲い、細やかにメイクを直す。どこに直すところがあるのか僕には分からなかったので、ここは担当を外されて素直に幸運だと思った。
ここでシェーンハイト先輩が歩き出すまでの時間が、僕が一番綺麗なシェーンハイト先輩を撮影する最後のチャンス。クインズ・パレスに向かって歩き出す時には、僕たちは道の両脇に控えて、彼が建物の中に入るまで動けない。
確認したつもりはない。僕がそう思っているだけ。
きっとチャンスは一瞬しかない。
すると、僕がスマホのカメラを構えているのが見えたのだろうか。メイクを終えた先輩はすぐには動き出さず、僅かに微笑んだ。背面のマントを掴み、その場で優雅にターンしてみせる。布が舞って、クインズ・パレスから注ぐ眩しい光を反射した。
歓声とシャッター音が響き、フラッシュが幾重にも重なって眩しい。
画面越しに、確かに目が合った。満足そうに笑う美しい女王を前に、たった一度シャッターを切るのが精一杯。
それでも、胸には説明し難い気持ちが満ちていた。世界一美しい笑顔が脳に焼き付いている。……写真に残せたかはちょっと自信ないけど。
急いでスマホをしまって、皆と一緒に整列する。手の動きのタイミングは向かいのエースの方が合わせてくれた。マジでありがとう。
そうして、クインズ・パレスの正面に向かっていく先輩を見送る。階段に『闇夜の黒』のマントが広がり、鮮烈な真紅の上を通り過ぎていった。
足音が止まり、先輩がタピ・ルージュを振り返った瞬間、何度目か知れない歓声の爆発が起こった。シャッター音もフラッシュもさっきまでの比じゃない量。一つの舞台を終えたような、やりきったぞ、みたいな感覚。
十分な時間を取ってから、クインズ・パレスの扉が開く。マントを翻し、女王は城へと戻っていく。従者たちはそれを追いかけて中に入ると、当然の顔で扉を閉めた。