真紅に想いを馳せて


 所持品の不備が無いか何度も確認して、迎えの車に乗り込んだ。
「このでっかい車、めちゃ座り心地いいっすね!有名人になったみたいで気分いい~!」
 エースはこんな事を言っていたが、確かにその通りなのだが、ぶっちゃけそれどころじゃない。
 ティアラのアクシデントのせいで、手順の確認が満足に行えていないのだ。いつどこが変更されるか分からないから、固唾を飲んで見守ってたし仕方ないのだけど。
「ヴィル先輩。せっかく作ったマントは着けないんですか」
「ええ。あの衣装に見合う演出を思いついたの」
 いつの間にか外されているのは、その演出のため、という事らしい。
「アズール、ジャミル。アンタたちにも手伝ってもらうわ」
「え?」
「説明するわ。一回で覚えなさい」
 まず、車がクインズ・パレス前に到着する。ヴェニューさんが先んじてタピ・ルージュを進み、間を置いてシェーンハイト先輩が姿を現す。僕たちはそれに続き、沿道に集まっているファンに対応するシェーンハイト先輩を補佐する。
 位置関係を正確に言うと、車の到着する場所からタピ・ルージュまでは若干の距離がある。その間の道も確保されており、そこにも多くのファンがいるだろうとの事。ここでもある程度のファン対応は行う。
 そしてタピ・ルージュに差し掛かったところで『演出』が入る。
 狩人が女王への捧げ物を入れるのに使ったとされる箱を模したものを先輩たちが取り出し、シェーンハイト先輩に差し出す。そこから魔法の煙が溢れ、一瞬シェーンハイト先輩の姿を隠す。煙が晴れると同時に、マントを纏ったシェーンハイト先輩が登場。
 そこからタピ・ルージュを歩き、また沿道のファンに対応する。クインズ・パレスに着く直前に、一度メイク直しをする。何故なら、クインズ・パレスの入り口でタピ・ルージュを振り返った瞬間が、メディアの撮影が最も行われるタイミングだから。勿論その間でも、メイクに崩れがあれば適宜直していく方針。
 基本的に対応するファンやメディアはシェーンハイト先輩が選び、僕たちはそれに追従し補佐していく。最後のクインズ・パレスの階段を上る前には、道の両脇に控えて階段を上っていくシェーンハイト先輩を見送る姿勢を取る。
 メイク直しの手順、道具に不足が無いかを再度確認。
 そしてシェーンハイト先輩は車に乗り込む時に持たせていたリュクスの袋からあのマントと、豪華な箱を取り出した。
「えー、すっげえ綺麗な箱!」
「こんなもんいつ用意したんだ?」
「リュクスの店頭用のジュエリーボックスよ」
「………………お店の備品ですか?」
「ええ、そう。これを見て思いついたんだもの」
 頼んだら喜んで貸してくれたわ、と笑顔で言う。……そりゃリュクスからすれば断る理由もないか。ジュエリーボックスぐらい。……いやでも店頭用だけに多少年季が入ってる感じはあるけど、素人目にめちゃくちゃ高そうなんだけど。
「これに目眩まし用の煙と、マントとバッグを仕込んでおくの。開いたら煙が溢れて、三秒でアタシが完全に隠れて四秒で一切晴れて、そこにマントを着たアタシが出てくるように」
「秒単位!!??」
「当然でしょ。……出来るわね?」
 先輩たちは不敵に笑う。
「勿論」
「色の希望はありますか?」
「そうね。……緑が良いかしら。明るい、出来るだけ黄緑に近い色。補色になるから、煙が晴れた後にリュクスクチュールの紫が映えるわ」
 先輩たちは早速マジカルペンを取りだして空の箱に触れる。
「箱を持つ役はどちらでも良いわ。任せる。ただ、あくまでもサプライズ。手に持って歩いては台無し」
「メイク道具と同様に収納魔法で懐に入れて、直前に取り出すのが望ましいという事ですね」
「そういう事」
 着替えは魔法で日常的に行っているし、ただ着るだけではつまらない。
 煙の色にまでこだわるのは先輩らしい。
「基本姿勢として、胸を張り腕は後ろで組む事。動かす時は指先まで気を使いなさい。ダサい振る舞いは絶対にしないで」
「はーい」
「グリムはユウについて歩きなさい。くれぐれも勝手な真似はしないように。……もし勝手をして誰かの怒りを買っても、次は庇わないわよ」
「わ、わかったんだゾ」
 不遜な顔だったグリムが一転、怯えた顔になった。さっきの事はちゃんと覚えていてくれているようだ。
「ユウ」
 名前を呼ばれて顔を見る。
「アンタは撮影係をメインに、ハガシは補助的にやってちょうだい」
「はい」
「……そうね、ひとつ付け加えるなら」
 先輩が目を細める。確かに感じる信頼に、心に温もりが点ったような心地だった。
「その衣装、その姿に見合う者を、アナタの思うままに演じてみせて」
「……仰せのままに。『ヴィル様』」
 親愛を込めて答える。シェーンハイト先輩が笑みを深めた。
 車がクインズ・パレスに近づいている。まだ少し距離があるのに、そして車の中なのに、喧噪が聞こえてきそうなぐらいの人の気配が感じられた。
 実写版『Beautiful Queen』が有名作品のリメイクであり、あらゆる情報を非公開にしているとなれば、その試写会に来る芸能人は注目される。もしかしたらプロモーションを行う事だけは宣伝しているのかもしれない。
 いずれにせよ、誰も見ていないプロモーションには絶対にならないわけだ。
「このアタシと一緒にタピ・ルージュを歩くんだから、失敗は許さないわよ」
 わざわざそう付け加えるのだから人が悪い。
 車が止まる。すでに人の気配は近い。
 ヴェニューさんが車から降りたらしく、歓声が周辺を包み込んだ。圧倒されてしまうくらいの音の響き。
 だけど今日ばかりは、圧倒されてばかりもいられない。
 僕たちはこのプロモーションで、添え物であっても、ヴィル・シェーンハイトと共演する立場なのだから。
「さあ。車から降りる覚悟はできた?」
 シェーンハイト先輩は後輩たちを見回す。
「やるしかないな」
「にゃっはー!オレ様、きゃーきゃー言われちゃうんだゾ!」
「グリムを見てると力が抜けてくる」
「グリムさんは大丈夫そうだ。ユウさんも、準備はいいですか?」
「がんばります!」
 ぎゅっと両手の拳を握って言う。アーシェングロット先輩もバイパー先輩も、笑顔で頷く。
「ああ。ヴィル先輩の仕事を台無しにするわけにはいかないからな」
「ひいてはヴィルさんのお父さんの映画の成功も、僕たちにかかっているというわけですね」
「せっかくリラックスしてきたところなんだから、プレッシャーかけないでください!」
「慎重に、大胆に、焦らず、緩まず。観客に無様は晒さず、それでいて自分が一番楽しむ事」
 人生が舞台であるなら、人は皆役者である、とかそんな言葉もあるし、結局のところ、日常と舞台はさほど遠くはないのだ。多分。
 突然意味不明な事を言い出した僕を、怪訝な顔で見る皆に笑いかける。
「適度に肩の力を抜いて、気楽に参りましょう」
 その言葉をどう受け止めたかは分からないけど、みんな微笑みを返してくれた。いい感じに車内の緊張が抜けている。
「さあ、行きましょう」
 シェーンハイト先輩が言う。全員が声を揃えて応えた。

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