真紅に想いを馳せて


「そろそろリュクスにティアラを取りに行く時間ね」
 見学も丁度終わるし、良いタイミングだった。
 という事は、ついに来るのだ。あのレッドカーペットを歩く瞬間が。
「すでに美しかったヴィルさんの衣装が、どのように進化するのか。拝見するのが楽しみです」
 確かに凄く楽しみ。その一方で、めちゃくちゃ緊張する。
 ゴーストカメラじゃなくて撮影用のスマホを預かるワケだし、別に撮影技術が高いワケでもないし、心配な気持ちは消えない。
「ヴィル先輩の支度が終わったら、すぐに映画祭会場へ移動ですか?」
「ええ。ダッドとスタッフが、リュクスまで車で迎えに来る。それに乗って、クインズ・パレスに移動する予定よ」
「車って、やっぱ高級ででっかいヤツ?ドラマや映画に出てくるみたいな!」
「勿論」
「本物のスターみたいじゃん!乗り心地もいいだろうし、楽しみだなー」
 エースは暢気でいいなぁ。実際に本番に強いタイプだし。
 電動カートがスタジオの入り口に到着する。この特別な空気ともお別れだ。
「それじゃあ、私はここで。ヴィルくん、また仕事で会った時はよろしくね。みなさんも映画祭を楽しんで」
「ええ。今日はありがとう。またね」
 久しぶりの対面だっただろうに、別れはあっさりしたものだ。
 僕たちもお礼を言って、目指すはクリスタル・ギャラリア。
 スタジオ見学の感想を話しながらなら、距離もあまり感じなかった。
 今朝もヘアメイクを整えてもらいに行ったから、見慣れた店になりつつあるんだけど、でもちょっと違和感を覚えた。
 なんか違う。
「……店頭のライトが点いてないわね」
 シェーンハイト先輩の呟きで違和感の正体に気づく。確かに軒先を照らす照明が暗くなっていた。でも朝に来た時はそんな事なかった、はず。
「どうやら臨時閉店のようです」
 扉にはメッセージボードがかかっていた。別に理由とかは書かれていない。
「何かあったのか?」
「……嫌な予感がする。とにかく入りましょう」
 シェーンハイト先輩がドアを開けば、鍵はかかっていなかったみたいであっさり開いた。
 店内は異様な空気だった。僕たちの方を見た人たちは一様に青ざめた顔をしている。
「ヴィル様!」
 店員さんたちが駆け寄ってきた。何事かと尋ねる前に、ショップマネージャーさんが深々と頭を下げる。
「も、申し訳ございません!ご依頼の映画祭用のティアラが、届かなくなってしまったんです!」
「なんですって!?」
 運搬中のトラックが交通渋滞に巻き込まれ、現在も身動きが取れない状況にあるという。
 途中の道路で大きな交通事故が発生し、渋滞の解消も見込みが立たない。高速道路のど真ん中で立ち往生しているような状態なので、例えば誰かが車以外の手段で運搬車両に接触して運んでくる事も出来ない。飛行術で近づこうにも付近で事故が発生している状況だと警察の許可がいるとかで、この混乱状態ではその許可だってすぐには取れない。召喚魔法で持ってこようにも、座標位置も見た目も不明瞭、そもそも魔法による干渉を防ぐセキュリティボックスに入れて運搬しており、箱は店が保管している特殊な鍵でしか開けられない。
 見事なまでの八方塞がりだ。陰謀論界隈がスタンディングオベーションする勢いの完成度。
「これって……激マズじゃないっすか?」
「ああ。ハイブランドにあるまじき失態だ」
 不幸な事故、と言って片づく問題ではない。だって映画祭のプロモーションは今日しか出来ない事なのだ。今日届かなくては、映画祭のプロモーションに間に合わなければ意味がない。
 聞いていた出発予定時刻まであと二時間も無い。その間に、渋滞が解消しティアラが届く可能性はほぼゼロのようだ。
「こういった大きなビジネスの場合、不履行時の違約金の額も契約書に明記されているものです」
「うっわ~、めっちゃ高額なんだろうなぁ」
「ええ。しかし、違約金を支払えば済むものではありません」
 美粧の街の国際映画祭は、世界的に注目されるイベント。そこでヴィル・シェーンハイトが使用するティアラが間に合わなかった事が知れ渡れば、ブランドの信用に大きな傷が付く事になる。
「世界的なブランドは商品価値以上に名前や信頼が大事だ。高い信用が求められるからな」
「これはリュクスが、ハイブランドとして存続出来るかどうかの危機と言えるでしょう」
 想像を絶するプロの世界の苦悩を、僕たちは前にしているワケだ。
 息苦しいぐらいの緊張感が伝わってくる。
「本当なら昼には届いていたはずだったんですが、予想外のトラブルで……」
「……交通事故?渋滞?予想外?あらそれはお気の毒」
 シェーンハイト先輩が軽やかに言い放つ。その目は厳しく青い顔の店員さんたちを睨んでいた。
「でも、それが何?」
 とてつもなく冷たい一言に、店員さんたちが俯く。
「聞いていれば言い訳ばかり。それに大切な約束ならアクシデントを想定して動くのが仕事でしょう」
 それが理想である事は否定しない。一方で、製作期間がどれぐらいあったのか僕たちには想像も推察も出来ない。作り手側からすれば、ギリギリまで細部にこだわり満足のいく状態に整えたかったのかもしれない。
 でもそれはどうしても、こういうアクシデントのリスクを帯びる。
「はっきり言って、プロ失格よ。失望したわ!」
「お、おっしゃる通りです。申し訳ありません……」
 店員さんたちがどんどん落ち込んでいく。ショップマネージャーさんが難しい顔で一歩前に出た。
「ヴィル様、誠に申し訳ございません。今回の事は私たちのミスです。お詫びのしようもありません。急いで代わりのジュエリーをご用意します!」
 誠実な言葉と態度だが、シェーンハイト先輩の態度は冷ややかなままだ。
「あの映画祭がどれほど大きな舞台かは、この街に出店しているアンタたちが一番理解しているはず。ハンパなジュエリーならかえって逆効果」
 リュクスクチュールは現在の状態でも完成度が高い。正直未完成だと感じる人はいないかもしれない。
 だけど先輩はそれで納得しない。先輩にとって、この姿は完成形ではない。そしてその理想はすでに設定されている。
 その高い理想に、言い方は悪いが、有り合わせで届かせようというのは、話だけ聞いた素人でも難しい気がするのだ。だって既製品で納得できるなら、わざわざ特注で作るわけがない。
「それでもリカバリーが出来るっていうの?」
「はい!全力を尽くします!」
「本当に申し訳ございませんでした。私どもに、今一度チャンスをください!」
「ジュエリー以外も含めたトータルコーディネートで、リュクスクチュールを引き立ててみせます!」
 店員さんたちはみんな真剣だ。こんな気迫で迫られたら素人は恐縮してしまう。
 先輩も怒りを一度収めて小さく息を吐いた。
「……わかったわ。これ以上、アタシの期待を裏切らないで」
「畏まりました」
 ショップマネージャーさんは再び深々と頭を下げた。緊張した顔をしている店員さんたちを振り返り、声を張り上げる。
「みんな、急げ!これはリュクスの威信をかけた戦いだ!」
「は、はい!!」
「……とんでもない事態になったな……」
 バイパー先輩の感想に頷く事しか出来ない。
 僕たちが隅っこから見守る中、店員さんたちは店内の商品をあれやこれや取り出して、シェーンハイト先輩に合わせていく。あらゆるファッションアイテムが組み合わせられ、却下されていった。店の奥からも沢山の商品が出てきて、段々と店内が混沌としてきた。一度使った商品も他の組み合わせがないか、店員さんたちは何度も見比べている。
 だけどシェーンハイト先輩の目も、店員さんたち自身の目も厳しい。入れ替わり立ち替わり、あらゆる可能性が精査されている。
 方向性すら決まらない。時間ばかりが過ぎていく。
「もう何十パターンも見ているが、ヴィル先輩のお眼鏡にかなうコーディネートは無いみたいだな」
「オレからしたら、どれもめちゃくちゃいいと思うんすけど」
「ええ。ハイブランドのコーディネートを、トップデザイナーたちが提案しているのだから当然ですよ」
「それだけ今回の仕事のハードルが高いんだろう。プロモーションするのは実写版『Beautiful Queen』。あの有名な美しき女王の物語だからな」
 シェーンハイト先輩自身のこだわりは強いと思う。プロデューサーから依頼された最重要プロモーションである事、『美しき女王』の精神に基づくポムフィオーレ寮の寮長としての自覚、自身の表現者としての誇り。
 店員さんたちも必死だろうが、シェーンハイト先輩だって押しつぶされないように必死なはずだ。妥協すればそれが彼の心の傷になる。例え世界中の誰もが彼を素晴らしい表現者だと讃えたとしても、彼は満足いく仕事が出来なかった事をずっと悔いるだろう。
 見守る事しか出来ないのがもどかしい。でも、出来る事なんて何もない。
 彼らの誇りが最高の結論を出す事を、信じて待つしかない。
 けれど現実は残酷だ。決して都合良く幸せな展開を見せてはくれない。
「ヴィル様、こちらで店内のジュエリーは全てお見せしましたが……」
 シェーンハイト先輩は深々と溜息を吐く。
「も、もう一度コンビネーションを考え直してみます!」
「もういいわ」
 冷たい言葉に、店員さんたちが肩を落とした。シェーンハイト先輩の雰囲気は、少しは柔らかくなっている。
「提案されたジュエリーはどれも素晴らしかった」
 例え求めたところに届かなくても、仲間の仕事ぶりを讃える。事実、プロの目から見ても素晴らしい仕事だったのだと思う。
「でも今回は、ただ素晴らしい服や宝飾品を身に着ける事だけが目的じゃないの。実写版『Beautiful Queen』のコンセプトにマッチしなくてはいけない」
 シェーンハイト先輩は女王の物語を表現するために、美粧の街の歴史に欠かす事が出来ない宝石というアイテムを選んだ。ただ煌びやかなのではなく、そこにはしっかりと意味が存在する。
「何かジュエリー以外で、リュクスクチュールを引き立てるアイデアを考えないと……」
 もうそこにこだわってはいられない。
 だけど、店員さんたちの心はシェーンハイト先輩ほど強くもなれない。俯き落ち込み、未来に絶望しているように見えた。
「もう……我々に打つ手は……」
「あきらめるの?」
 再び先輩の声が鋭さを帯びる。
「世界中の美が集う、美粧の街。この街を代表する一流ブランド」
 世界で知らないものの方が少ない、ハイブランドの代名詞とも言える存在。
 世界中に美を知らしめる、最高峰のブランド。
「それがリュクスでしょう!弱音を吐く暇があったら、プロの意地を見せなさい!!」
 肌に電流が走るような強い声。俯いていた人たちがはっと顔を上げた。
「……みんな、ヴィル様の言うとおりだ」
 絶望に染まっていた瞳に、光が宿る。
「もう一度、やり方を考え直そう!」
「リュクスクチュールを縫製し直して、デザインを変更するのはどう?」
「メイクのアレンジで方向性をガラッと変えてみるのは?」
 次々に提案が出てくる。今度はメイクや裁縫の道具を取り出して顔を突き合わせ始めた。
「……ヴィルさんの叱咤激励でスタッフに活気が戻りましたね」
「良かった~。オレ、ピリピリした雰囲気苦手なんだよね~」
「とはいえ……困ったな」
 バイパー先輩の呟きに、エースが首を傾げる。
「ヴィル先輩が映画祭に参加できなかったら、俺たちも無事じゃすまない」
「えっ!?なんでオレらまで!?」
 エースの反応に対し、アーシェングロット先輩が肩を竦めた。
「エリックさんはショービズの鬼だという、ヴィルさんの言葉を忘れたんですか?」
 バイパー先輩が頷いている。どうも二人は同じ事を考えていたらしい。
「僕たちの旅費や衣装代まで出してくれたんです。力の入れようは尋常ではない」
 最初はシェーンハイト先輩のポケットマネー的なものなのかと思ったけど、確かにその可能性はある。
 だって、子どもの集合写真を映画祭のレポートに使い、グッズの宣伝まで絡めるぐらいに抜け目がない人だ。シェーンハイト先輩のための必要経費に僕たちの旅費まで含んでいてもおかしくない。
「それなのに、いわば契約の対価であるプロモーションが失敗したとなれば……」
「どうなるか、考えたくもないな」
「そんな無茶苦茶なー!」
 エースの反応が普通だと思う。普通だと思うけど、それで許される世界ではないのだ。怖い事に。
「何か解決策があればいいのですが」
「あ!オレもコーディネート考えましょうか?」
「やめておけ。プロ中のプロたちが必死で考えているんだ。邪魔になるだけだぞ」
 今の僕たちに出来る事、か。
「……メイクが変更になる可能性はあるけど、手順や所持品をしっかり確認しておくぐらいでしょうか」
 みんなを振り返る。
「もしかしたら、ギリギリまで検討してて改めて情報共有している時間が無いかもしれません。出来る事は無くても、皆さんのお話だけは僕たちも聞いておいた方が良いと思います」
「それもそうだな」
「もし先輩が満足いかない状態で時間切れになったとしても、プロモーションが行われるなら、そこでの僕たちの失態が許されるわけではありませんし」
「怖い事言うなよな……」
「これぐらいの気持ちでいた方がいいよ。覚悟がないのは態度に出るから」
 ぐっとエースが詰まる。
 アーシェングロット先輩とバイパー先輩はもとより承知の上って感じだから大丈夫だろう。
 そして、今更気づいた。
「グリム?」
 さっきまでエースの足元でつまんなそうな顔してたと思ったのに。店内に荷物が増えたから、ぱっと見つけられない。
「いないのか!?」
「また、どこかで何か食べているのではないですか?」
「いやいや~。いくらアイツでも、この非常時にそんな暢気な事してるわけないじゃないっすか!」
「いいえ、食い意地の張った者をナメてはいけない」
 アーシェングロット先輩の眼鏡が光った。気がする。
 先輩は鋭く店内を見渡し、いつの間にかカーテンが閉じられていたフィッティングルームを睨んだ。
「例えば、このフィッティングルームの中とか」
 勢いよくカーテンを開く。ふわりと甘い香りが漂った。
 奥の床に、グリムが座り込んでいる。その周りには箱がいくつも散乱していた。……多分、ショコラトリー・ルブランのチョコ。昨日食べてたチョコの箱と外装が似ている。
「めっちゃチョコ食ってる!!!!」
「だと思いましたよ!」
「おい、グリム!そのチョコはどこから持ってきたんだ!?」
「あそこの棚の上に落ちてた」
「それは落ちてたんじゃなくて置いてあったんだ。戻してこい!」
「嫌だ!このチョコは誰にも渡さねー!」
「グリム」
 自分でも驚くぐらい低い声が出た。グリムの表情がさっと青ざめる。
「いつも、人のものを勝手に食べたらダメだよ、って、言ってるよね?」
「ふ、ふな……」
「言ってるだけじゃわかんなかったか。そうだね。グリムはまだまだ人のルールに不慣れだもんね。こんな時に捕まえておかなかった僕も悪かった」
 フィッティングルームに向かって歩き出す。先輩たちがひきつった顔で道を空けてくれた。
 グリムは怯えて固まっていたが、僕がフィッティングルームに足をかけた瞬間に飛び上がった。
「に、にににに逃げるんだゾ!」
 グリムは僕の脇をすり抜けて逃げた。流石にすばしっこい。しかしギリギリを抜けようとしたために、後ろ足がカーテンに引っかかった。
 パニックになってばたばたともがいた時間は、そう長くない。でもその勢いが強すぎた。
「あ」
 カーテンの留め具が外れ、『闇夜の黒』が宙を舞い床に広がる。ひとつのディスプレイのように美しかったフィッティングルームはカーテンが半端な状態になって、明らかにみっともない。
 ただでさえみんな大変な状況なのに、サービスのための品を食べた上に設備まで壊してしまった。
 ああ、これこっちの弁償になるのか。そうか。
「怒りゲージ一個上がったなこれ」
「これはダメですね」
「ユウ。リュクスクチュールを返り血で汚すなよ」
「ふ、ふなー!お前ら言ってないで助けろー!」
 グリムを振り返る。ひぃ、と息を飲んで固まっていた。
 異様な空気の中、高らかな足音がこちらに近づいてくる。シェーンハイト先輩は床に広がったフィッティングルームのカーテンを見つめた後、グリムを睨んだ。
「グリム、完全に終わったな」
「骨は拾ってあげるべきでしょうか」
「残れば良いがな。あの二人相手に」
 さすがのグリムも事態の深刻さを認識した様子だった。今更遅いけど。
 よし、先輩のお説教が終わったら、僕もグリムと外で『お話』するとしよう。肉体言語で。
「マ、マズいんだゾ……」
「グリム……」
 緊張感が店内に満ちる中、先輩の声音がぱっと明るくなった。
「やるじゃない!これよ!!」
「……え?」
「……ふな?」
 事態が飲み込めず思考が停止した。シェーンハイト先輩は僕を振り返る。笑顔だ。
「アタシたちのために怒ってくれたのね。ありがとう」
 先輩の顔が僕の額に近づき、柔らかいものが触れると同時にちゅっ、と音がした。頭が真っ白になる。
 思わず額を押さえたけど、先輩は上機嫌な笑顔のままだ。固まっている僕をそのままに、先輩は床に広がっていたカーテンを拾い上げる。
「みんな、集まって!タピ・ルージュにふさわしい衣装があったわ!」
 リュクスの店員さんたちがシェーンハイト先輩の傍に集まった。プロフェッショナルたちが『闇夜の黒』のカーテンを手に取りながら話し合っている。僕が呆然と額を押さえている間に、店員さんたちは裁縫道具を持ってきたり、フィッティングルームの残りのカーテンを外し始めた。
「……一発でゲージがリセットされましたね。さすがヴィルさん」
「命拾いしたな、グリム。ヴィル先輩に感謝しておけよ」
「すげえ、みんな作業してるのにまだ固まってる。回収してこよ」
 エースに手を引かれてお店の隅っこに移動した。そうこうしている間にも、店員さんたちの手によってカーテンが形を変えていく。
 ドレープがたっぷりとつけられていたので、広げれば生地の大きさは申し分ない。飾りを外したり付けたり縫い合わせたり、凄い早さで作業が進んでいく。シェーンハイト先輩も積極的に身体に布を合わせて、細かく注文をつけていた。
 そうして出来上がったのは、アームカバーの付属したマントだ。腕に装着するので天女の羽衣みたいな感じの身に着け方になるんだけど、それがシルエットに無駄のないリュクスクチュールだからこそお洒落に見える。裏地の紫色もリュクスクチュールとは色が違うけど違和感を覚えるほど色が違うワケでもない。むしろリュクスクチュールのシルエットが分かりやすくてそこもまた良い感じがする。
 アームカバーは腕周りに布を纏わせつつ背面で繋がっていて、たっぷりとした生地が背中に広がるようになっていた。『闇夜の黒』が背中を覆っているけれど、その深い黒には裾に向かうほど銀色のラメが散りばめられていて、動く度に光の残像を残していく。生地が厚手で布の動きが軽くなりすぎないのも、衣装の雰囲気に合っていた。
 手袋が視線を奪い、そこに腕の動きに合わせて『闇夜の黒』がついてくる。
 女王もシンプルなデザインながら、すらりとした身体のラインが分かる衣装を来ていた。そしてマントも纏っている。
 この衣装はシェーンハイト先輩とリュクスが作り上げた、現代の『美しき女王』の装いだ。
「おおおおおーーーーーーーーっ!!!!」
 衝撃と感動に歓声が上がれば、スタッフたちも出来映えに心を満たし安堵と恍惚の息を吐く。
「凄い!即興でアレンジしたとは思えないほどマッチしている」
「ショップのアイコンになっている『闇夜の黒』はもともと、美しき女王の逸話から作られたもの」
 女王の愛する、美しい黒。
 全ての色を飲み込んだ、何者にも染まらぬ色。
「つまり今回のこの衣装と作られた経緯が同じ。最高のセットよ」
 シェーンハイト先輩の認めたものが、僕らから見るとしっくりこない、なんて事はない。むしろ今となってはマントが無かった事がおかしい事のように思えてくる。あれだけこれ以上手の加えようが無いと思っていたリュクスクチュールは、間違いなく未完成だったのだと思い知らされた。
「この発想は、私たちにもありませんでした……!」
「このクチュールなら、美粧の街国際映画祭のレッドカーペットにも相応しい」
 店員さんたちも輝いた目でシェーンハイト先輩を見つめている。ショップマネージャーさんは深々と頭を下げた。
「リュクスの信用も失墜しないで済みます。本当にありがとうございます、ヴィル様!」
「今回は、実写版『Beautiful Queen』のイメージを崩さない事が重要だった。美しき女王に相応しいものは何かって考えていたら、自然にこの生地を纏いたいって思ったの」
 艶やかな生地を指で撫で、先輩は目を細める。尊敬を秘めた瞳に、夜空の輝きが映っていた。
「ポムフィオーレの寮長として、少しは美しき女王の気持ちに寄り添う事ができたかしら……」
 ほっと安堵の息を吐いたのも束の間。
 店の扉が開く。このリュクスの雰囲気にもよく合う、渋くてカッコいい男性がそこにいた。かけていたサングラスを外して、シェーンハイト先輩に微笑みかける。
「迎えにきたよ、ヴィル」
 ヴェニューさんは相変わらずお洒落で品が良い装いだ。映画祭のレッドカーペットを歩くにも適していそう。
 シェーンハイト先輩は笑顔でヴェニューさんの前に歩いていった。
「出迎えご苦労様、プロデューサー。どうかしら、このスタイリングは」
 まるで新品のドレスを自慢する子どもみたいに、くるりと一回転する。闇夜の黒が先輩を追ってひらりと舞う。光の残滓が眩く店内に残っていた。
「オファーしてくれたアナタの期待に応えられた?」
 答えは解っている感じの笑顔だけど、その言葉には自分の努力の結果に対する父の褒め言葉を期待しているような、子どもっぽい感情があるように思えた。
 一方、ヴェニューさんは目を見張る。少し意外そうというか、驚いた顔だったと思うけど、でもそれも一瞬だけ。すぐに満足そうな笑顔に変わって、頷いて見せた。
「これは……驚いたな。昨日の君も素敵だったが、今日の君は一段と美しい」
 芝居がかった褒め言葉も恐ろしいほど様になっている。さすがは世界トップレベルの俳優。
「『闇夜の黒』をこれほど優雅に着こなせるのは、君以外にいないだろう」
 尽くされる言葉の全てが賞賛だ。一点の曇りも含みも感じられない。
「この世で一番美しいよ、ヴィル!」
「当たり前でしょう。アタシはヴィル・シェーンハイトよ」
 アクシデントなんか無かったみたいな顔で、余裕たっぷりに微笑み肯定する。
「クライアントから求められたクォリティラインに届かない仕事をするつもりはない」
「そうだね。そのプロ意識を見込んでオファーをしたんだ」
 ある意味で一番恐れていた人からも太鼓判が貰えた。
 もう後はプロモーションをこなすだけ。
「タピ・ルージュを歩くのが楽しみだわ」

21/26ページ