真紅に想いを馳せて


 撮影スタジオを出ても見学は続く。
 関係者が出来上がった映像を確認するための試写室は、一般的な映画館と遜色ない設備。座席もしっかりしていて、とても関係者向けの施設とは思えない。
 ここにはちょっとした逸話が残されている。
 クインズ・フィルム・スタジオはアニメーション映画『Beautiful Queen』を制作していた当時まだ規模が小さく、制作期間の長期化によって資金難に直面していた。
 困窮していた当時の経営陣は融資を取り付けるために、銀行の役員をスタジオの試写室に集め、制作途中の映像を見せたのだという。役員たちはその映像の素晴らしさに映画の成功を確信し、追加の融資を決定。これによって危機を脱したクインズ・フィルム・スタジオは無事に映画『Beautiful Queen』を完成させた。
 公開された映画は歴史に残る大ヒットとなり、この逸話は国外でも知られたエピソードとなっている。
 立派な試写室は、そんな過去の困難を忘れないためのものなのかもしれない。映像を見た人々が素晴らしさを理解してくれなかったら、融資は実現しなかった。作品のクォリティを追究する作り手の誇りと、作品を公平な目で見て愛する観客を繋ぐ場所。うまく言葉に出来ないけど奥深いものを感じた。
 次に見たのはレジェンド・プラザ。
 公園みたいな広場で、スタジオに多大な貢献をした人の手形を刻印したプレートが展示されている。『レジェンド・アワード』というその賞は、役者やミュージシャンなど幅広いジャンルの人に授与されていた。
 その中には勿論、エリック・ヴェニューさんの手形もあった。このスタジオの作品にも何度も出演しているという話だし、『Beautiful Queen』の制作だって任せているわけだから、その縁はきっと深いのだろう。
 本当に凄い人だった。キャリアだってあるのに、偉ぶった雰囲気は無くて。もちろん、シェーンハイト先輩の父親としてあの場所にいたから、っていうのもあっただろうけど。でも何て言うか、世間の評価に納得するだけの迫力も感じた。
 先輩の言う『ショービズの鬼』という評価が事実なら、シェーンハイト先輩はその凄まじく厳しい人に、息子という欲目を排除した上で一人の表現者として信頼されているという事になる。
 本当に、人としてのレベルが違いすぎる。仮に元の世界で芸能界にしがみついていたとしても、こんな高みにいる人たちと言葉を交わす機会なんて一生無かったかもしれない。
 人生なんて本当、どうなるかわかったものじゃないんだな。
「将来アタシもここに手形を刻んでみせるわ。父を超えるぐらいの、ビッグスターになってね」
 偉大な父親の記録を見つめる凛々しい横顔からは、父への愛と俳優の先輩への尊敬が感じられた。
 今だって世界的なインフルエンサーと言われ高い評価を受けているのに、まだ自分よりも上の存在を見据えている。
 本当に高潔な人。
 あらゆる意味で一生手の届かない、特別な人。
「最後にご案内するのはスタジオストアでーす」
 お姉さんの明るい声で我に返る。
 関係者以外入れないのにお土産屋さん?と疑問に思っていると、従業員専用のショップだと説明された。ここでしか販売していない商品もあるらしい。ファンにとってはたまらない場所だろう。これも福利厚生、ってヤツなのかな。
 電動カートが着いたのは比較的小さい建物だ。それでも一般的なコンビニくらいの広さはあるかな。『Beautiful Queen』をはじめ、アニメ映画も実写映画も様々なグッズが所狭しと並んでいる。
「ここでしか買えないものは価値が高そうです。どれを買うか、よく吟味しなければ」
 非常にアーシェングロット先輩らしい台詞だ。特に限定品がまとめてある訳でもないので、非売品を素人が見分けるのは大変そう。値段も特別高いとか無さそうだし。
 ……まぁ特別高くないってだけで、ちゃんとそれなりに版権分上乗せされてる感じではあるけど。
 こういうグッズ憧れるけど、元の世界に帰る事を考えるとあまり増やせないんだよなぁ。持って帰れる保証はないし。
 みんなはグレート・セブンを題材にした映画の事で盛り上がっていた。結構昔にアニメになっていたりするらしくて、子どもの頃に見ていたみたい。
 グッズの方も細やかで、劇中に登場した小道具をモチーフにしたファンが喜ぶタイプのグッズと共に、ポスターや名シーンのポストカード、キャラクターがプリントされた文房具といった定番も揃えている。
 ……とはいえ、昆布のヘアピンっていくらなんでもグッズとして無理が無いか?それとも映画を見てれば納得のグッズなのかな。うう、やっぱり気になる。
「あ、メガホンだ。これ持ってると『映画監督』ってカンジするよなあ」
「ふな?この黒板の付いたハサミはなんだ?」
「映像と音声を同期させるために使うクラッパーボード。カチンコともいうわね」
 こっちの世界でも『カチンコ』で通じるんだ……。
「これもいかにも撮影道具という印象のアイテムですよね」
「わかります。ちょっと憧れありますね」
 と、言っても映画を撮りたいとかではなく、なんかプロっぽいものになりたいみたいな、子どもっぽい浅い憧れなんだけど。
「そうだ!子分がカチンコ、オレ様がメガホンを買うんだゾ」
「え、買うの?」
「コレでオレ様も監督になるんだゾ!」
 グリムは得意げな顔だ。
 カチンコは実際に現場で使われているのと同じもので、『クインズ・フィルム・スタジオ』のロゴが入ってる。メガホンもそうみたい。
 ……まぁ……いいお値段するぅ……。何ヶ月か分のお小遣い前借りしないと無理ぃ……。
「なんだよ、グリム。それ持って映画撮影ごっこでもするつもりなわけ?」
「おう、学園に戻ったらオマエらの映画を撮るんだゾ!」
「……え?」
「もちろん脚本・監督・主演はグリム様だ!」
「却下!」
 みんなに声を揃えて拒否されて、グリムがむすっとした顔になる。
「まぁ、メガホンだけでもグリムのツナ缶代が向こう三ヶ月は無くなるぐらいの値段なので無理ですね」
「ふなっ!?」
「立て替えましょうか?」
「絶対にやめてください」
「冗談ですよ」
 本当に冗談だったらしくすぐに引いてくれたけど、グリムが軽い気持ちで乗ったら面倒だから本当にやめてほしい。
「あ、ユウ。デュースへの土産ここで買ってく?」
「そうだね。街でコスメとか買うより喜ばれそうだし」
 せっかくだからこのお店の限定品が良いよなぁ。それでいて、三人の割り勘で買える範囲のグッズ。……文房具とか良さそうだけど、無難すぎるか。
「あ、これどう?」
 エースの声で顔を上げると、見せられたのはスタジオのロゴがデザインされたキャップだ。当然のごとく限定品。良いお値段なのでは、と思ったら、どうやら古いデザインらしくて在庫処分価格になっていた。新しいデザインとは配色やロゴの大きさが絶妙に違うけど、古い方のデザインがダサいとかそういう感じではない。好みはあるかもしれないけど。
 しかも在庫処分価格になって結構日が経ってるのか、複数個買うと更に値引きがかかるとポップに書き足されていた。どことなく切実さを感じる。
「四つ買えば一個当たりの価格が最も安くなります」
「君たち四人で揃いにすれば、思い出としても丁度良いんじゃないか?」
 先輩たちも購入を後押ししてくる。
 まぁ、これならグリムの分と自分の分とデュースの割り勘分を出してもどうにかなるから、むしろこれ以外を選ぶ方が厳しいかも。
「そうっすね。ユウもグリムもこれでいい?」
「おう」
「うん、これにしようよ」
「よっし決まり!」
 エースにお金を預けてレジに行ってもらう。
 なんか友達とお揃いとか久々だなぁ。修学旅行で四人一緒に木刀買おうって言い出したバカを思いだしてしまった。
 結局、僕にとってもここでの記念品になりそうだ。
 会計から戻ってきたエースが紙袋を手に、ちょっと複雑そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「……よくよく考えたら四人お揃いって恥ずくね……?」
「今更?」
「思ってたんなら言えよ」
「恥ずかしくはないかな。仲良いなぁって思われるだけだよ」
「だからそれが恥ずいって!」
 エースの口から長い溜息が漏れる。
「デュースに外出る時には被んなって言っとかねーと」
「それじゃキャップの意味がないじゃない」
 鋭いツッコミに呻く。後生大事に飾っておくような値段でもないもんね。エースがどんな着こなしでお揃いを誤魔化すか楽しみだな。
 全員揃って店を出る。なんかあっという間に終わった気がするけど、いろいろと充実したスタジオ見学だった。
「……さて。みんな買い物が終わったなら、スタジオ見学は終わり。この後は……」
「あ!その前にヴィルくん、お願いがあるんだけど~」
 プロデューサーのお姉さんが声を上げる。スマホを手にシェーンハイト先輩に向かって微笑んだ。
「写真撮らせてくれない?」
「それって、アンタのマジカメのプライベートアカウント用じゃないでしょうね」
「違う違う。エリックさんから頼まれちゃったの。ヴィルくんとご学友の記念ショット。今回の映画祭の裏側のリポートって記事に使うんですって」
「そう。プロモ用ならオーケーよ。今回の契約範囲に含まれているから」
「良かった~!エリックさん、喜ぶと思うな~」
 ちょっと待っててね、と言って、お姉さんはスタジオストアの方に走っていった。
「……エリックさん、個人的に見たいだけなんじゃないのか?」
「ええ。きっと仕事を理由にしてるだけですね」
 小声で先輩たちが言っているのが聞こえた。……子どもの晴れ姿の写真を撮るのに仕事って建前がいるんだ。トップにいる人って大変なんだなぁ。
 お姉さんは大きな袋を持ってすぐに戻ってきた。
「それじゃあ、みんな。この像を持って」
 袋から取り出されたのは、透明なケース。その中に美しき女王の像が飾られていた。金色に輝いていかにも豪華。
「実写版『Beautiful Queen』のグッズで、映画が公開されたら販売される『クイーン・スタチュー』よ」
 ……いやこれ本当に仕事を兼ねてるな。グッズの宣伝って事でしょ。
 さすがショービズの鬼。子どもの記念撮影すら無駄がない。
「今日の記念にぴったりでしょ。撮影が終わったら、みんなに一つずつあげますね」
「え、嬉しいです。ありがとうございます」
「にゃはは、タダで貰えて得したんだゾ!」
 頭を下げる僕の横で、グリムがご機嫌で笑った。言い方が悪い。
「えっと、グリムの分も頂いていいんですか?」
「もちろん!見学人数に合わせて用意してるから大丈夫だよ」
 なるほど。
 とはいえ、こんな立派なものがオンボロ寮に二つもあるのもなんか申し訳ないな。映画研究会に寄贈でも申し出ようかな。
 スタジオの一つを前に横並びになる。像の持ち方には個性出てるけど、特にポーズの統一も指示されてないし、いっか。
「それじゃあ撮りますねー」
 合図と共に、シャッター音がスマホから聞こえた。何度か撮影して、お姉さんのお疲れさま、を合図に空気が緩む。画像の確認をしたら、クイーン・スタチューをそれぞれ持ち帰るための紙袋に入れてもらった。
 これで今日の見学は本当に終わり。
「ヴィルくん、凄く楽しそうだね」
 プロデューサーのお姉さんはスマホの中の写真を見ながら、嬉しそうな顔で呟いていた。
「学生生活を楽しめてるようで良かったよ」
 シェーンハイト先輩が進学で仕事量を減らすとなった時、やっぱり仕事関係の人たちも心配したんだろう。
 映画で主役も張れる子役でありながら、一時的にでも最前線を離脱する。そのブランクが未来を狭める可能性だって無くはない。普通の子ども時代を送っていないのだから、普通の子どもに囲まれて、普通の子どもと同じ扱いを受けてちゃんと過ごせるかとか、そういう不安もあっただろう。
 今の先輩の姿は、その心配を払拭出来るものだったみたい。
 シェーンハイト先輩は愛されてるんだなぁ。
 素敵な関係を思い、心がちょっと暖かくなった。

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