真紅に想いを馳せて
その後も見学は続き、知らない事を教えてもらう。まるで社会科見学みたいだし難しい内容もあったけど、退屈な時間なんて少しも無い。
アニメーション棟最後の見学場所は『地下通路』だった。元々薄暗い建物ではあったけど、地下通路は更に暗く飾り気も一切無い。何が見所なのかと思えば、これは『原画やセル画を雨風に晒さず移動させるため』だけの通路なのだという。
言わば『品質を守る』こだわりの極致だ。
そうした姿勢から産まれた作品たちが世界に評価されて、今日のスタジオの評価がある。この会社にとってこだわりの象徴とも言える存在なのかもしれない。
このスタジオのアニメーション映画へのこだわりはまだまだある。
生身の役者を呼んで実際に演技をさせ仕草や動作を分析したり、本物の動物をスタジオ内に連れてきて観察したりと、キャラクターの生き生きとした動きを描くために様々な手法を取っている。
共通した手法こそ多いものの、実写とアニメでは出来る事が違う。現実ではどんなに頑張っても誇張できない部分を、アニメは誇張できる。想像で描き嘘を作れる。だけどその下地にはどうしても現実の部分が必要になるらしい。
「アニメーション映画の『Beautiful Queen』って、初めてとか、最先端とかばっか!」
「ああ。改めて、凄い映画だったんだと感じるな」
現代では当たり前に行われている事も多いだろう。だけどこの会社が先駆けて始めて同業者に広まった、なんて手法も多そうだなぁ。
「初めてといえば、アニメーション映画で物語のある歌詞のある曲を使うのも、初めてだったの」
そんな事にも『初めて』が記録されてるんだ。細かい。
「ミュージカルのような演出は大評判で、その後、このスタジオのアニメの定番になったわ」
ミュージカル映画の主題歌とか、『話は知らないけど曲は知ってる』とかあったりするもんな。話に聞いた『Beautiful Queen』の知名度からするとそんな例は少なそうだけど、演出の定番になるならきっと凄く良い曲だったんだろうな。
これだけ話を聞くと見たくなってきたなぁ。でも都度買うタイプに手を出すと際限が無くなるんだよなぁ。ヴェニューさんが『顔だけ』って言われてた頃の出演作も漁りたいし、それこそシェーンハイト先輩の出演映画も観たい。お小遣いじゃ絶対に足りない。
「そういえば、聞いた話によると」
ぼーっとしている間に話が進んでいた。いけないいけない。
「映画に出てくるかわいらしい少女が、どう色を塗っても表情が暗くなってしまい、全員頭を抱えたそうよ」
今とは作業環境が違うだろうから、道具の質とか色々、不便も多かっただろう。全員頭を抱えるって相当だけど。
「でも、ある彩色スタッフが自分の持っていたチークを少女の頬に塗ったら、見違えるほど生き生きとした表情になったっていうの」
なんとも美粧の街らしいエピソードだ。
美しき女王を敬愛する街で、彼女の美しさを目指し開発された化粧品が、フィルムに描かれた少女まで美しくしてしまうなんて。
「こうして『Beautiful Queen』は、世界で初めてチークを使ったアニメーション映画になったとか」
「その通り!」
「へえー。マジで『世界で初めて』ばっかっすね」
それだけ古くから活動しているという事であり、偉業を成し遂げてきたという事でもある。
その根底には『素晴らしい映画を作る』という目的意識があったと思う。たいていの偉業は、偉業である事を理由として行われたものではない。
雑に言ってしまえば『自分の満足いく作品突き詰めて作ってたらなんか褒められた』みたいな。名誉は二の次、後からついてきたものだ。
それがなかなか出来ないから、誰もが褒めたたえるわけだけど。
「では次は実写映画の撮影スタジオを見学しましょうか」
「そちらのスタジオも楽しみです」
来た道を戻ってカートに乗り込み、次の建物に移動する。
今度はたくさん並んでいる特徴的な屋根の建物の一つの前で止まった。見るからに巨大だ。中に小さい民家ぐらい入ってても驚かない。
そう思いながら扉に入り、プロデューサーのお姉さんの後ろをついて歩いた。視界が開けた時、あまりの広さに驚き、目の前に建つものの巨大さに目を見開く。
「……城だ!!」
目の前にあるのはどう見ても城だった。スタジオの外観にそぐわない、というか、スタジオよりも遙かに大きく見える。幾ら建物の見た目と広さが一致しないのが当たり前の世界とはいえ、ここまで大きく異なるのは初めて見た。
「こちらは実写版『Beautiful Queen』の撮影で使用された城のセットですよ」
「うわ~、いくらなんでも想像以上!スケールがデカすぎる!」
さすがに実際の建物と同じ材質ではないだろうけど、ぱっと見ではどうか解らない。どう見ても石造り。
中に入れば内装も精巧。どの角度で撮影しても世界観が途切れる事は無い。地下室へ向かう狭い階段も雰囲気抜群。
「これは女王が魔法薬を作る時に使った大鍋ですね。凄い再現度です」
「お、こっちには牢屋のセットがある。ユウ~。ちょっと入ってみたら?」
エースがニヤニヤしながら手招きしてくる。
石の壁の中に錆びた金網がはめ込まれていて、どう見ても牢屋。横の鉄扉から入れるようになっている。お姉さんがニコニコ笑ったまま止めない辺り、ちょっと触る程度は問題ないらしい。
中に入ると、さすがに変な匂いとかはしない。鉄扉が閉まったら、明かりは金網の向こうから注ぐ僅かな光だけ。
床に座り込み、手を組んで悲しい表情を作る。
「心から反省しております。どうか、どうか命だけは助けてください……」
声を震わせ弱々しく、しかししっかりと要求は伝える。
「あら、素直だこと。でも口では幾らでも言えるわ」
シェーンハイト先輩が乗ってきた。金網の前まで歩いてきて、隙間から手を伸ばし顎を掴んでくる。
「そんなに怯えた声なのに涙のひとつも流さないのね」
「そ、そんな……僕はただ……」
「安心なさい。あなたが逃がしたお友達も、すぐに同じ目に遭わせてあげるわ」
シェーンハイト先輩はちらりと後ろに視線を送った。バイパー先輩とアーシェングロット先輩がニヤリと笑い、エースとグリムをがしっと捕まえる。
「あれえ!!??」
「ふ、ふなーっ!!離せ、牢屋送りなんて嫌だー!!」
グリムがじたばた騒ぎ始めた所で、お姉さんが笑い出した。
「素敵な即興劇ね!」
「お粗末様でした」
何事も無かった顔で牢屋を出る。ちょっと眩しく感じた。
「ユウくん、映画研究会の子なんだっけ?」
「いえ、僕は違うんです。ちょっと趣味でやってるだけで」
「そうなの?」
「そうなの。勧誘してるのに入ってくれない、つれない子なのよ」
頭を撫でられた。毎回言われるとさすがに居たたまれなくなってくる。
「ヴィルくんが乗っちゃうぐらいの良い演技なのに。勿体ないわね」
「いやいやいや、先輩が優しいだけです。上手く拾ってくれたし」
「アンタの事だから、メイク直しを面倒くさがって涙は流さなかったんでしょ」
「……はい」
「本当にズボラなんだから」
呆れた溜息を吐かれる。居たたまれない。
「エリックさんにも見せたかったな。録画回しておけばよかった」
「いやいやいやそれはちょっと流石に恐れ多すぎます」
「そうね。サンプルならもう少しちゃんとしたのを用意したいわ」
「勘弁してください」
ちょっと気合い入れたおふざけのつもりだったのに。
気を取り直して、セットの見学に戻る。絢爛な城の内部を歩き回り、女王の部屋に辿りつく。映画でも重要なシーンをいくつも撮影した場所で、小物も調度品も見た程度で解る手抜きなんて一切ない。
ここで今、女王が過ごしていたとしても、何の違和感も無いだろう。
「今回の映画では城だけでなく、森や鉱山を再現したセットも作ったのよ」
「他の映画だと市街地や学校、歴史上の建造物や宇宙船の中……とにかくどんな場所のセットでも、ここの美術スタッフは制作するわね」
「そういうのって、撮影が終わったらどうなっちゃうんすか?」
「保管されるものはごく一部で、ほとんどは取り壊される」
「この女王の城のセットは、映画のプロモーションで色々な場所に移動して展示されるの」
でもプロモーションが終わったらこれもバラしちゃいますね、とお姉さんは軽く話した。
こんな大がかりなものを壊してしまうなんて勿体ない気がするけど、彼女にとってはそれが日常なのだろう。
「なんかもったいないんだゾ」
「俺もそう思うが、仕方ないんだろう。他の作品のセットを次々作るためには、場所を空ける必要があるからな」
あれだけの敷地があり、魔法の力で巨大な建物も屋内に造れるけど、それは無限にはならない。魔法の力は万能でなく、そこには必ず限界が存在する。
悲しいけどどうしようもないのだ。作った成果は映像に残っていると言えばそうだし。
「解体や搬入・搬出、現場での操作も含めて美術スタッフの仕事よ」
「リアルなセットを造形するだけじゃないのですね」
「ええ。セットの他に、精巧なミニチュアも造形するわ」
特にファンタジーやSFは、ミニチュアの完成度が作品のクォリティを決めるぐらい、らしい。
世界観の共有って事かな。文字や絵だと限界があるのだろう。人がその世界の中で動き回るとなると、立体に起こして初めて解る事もあるのかもしれない。
「今は、ほとんどCGで対応しているけれど」
「CGか。オルトとか得意そうっすね」
「そうね。オルトが来てから、映画研究会の映画のCGレベルが飛躍的に向上した。作るCGモデルも高クォリティになったし、大きな動画データの加工もすぐに終わる」
イグニハイド所属の生徒も映画研究会にはいただろうけど、オルト、もといシュラウド先輩の技術力って大人顔負けどころか大人ですら敵わないレベルだもんな。
「いい後輩が入ってくれて、満足よ」
先輩は嬉しそうな笑顔を浮かべている。その顔を見てふと思い立つ。
「あ、あの、すいません」
「あら、何かしら?」
「実は、学園長から生徒の記録を取るように頼まれているんですけど、この部屋でシェーンハイト先輩の撮影って出来ないですか?」
お姉さんは少し難しい顔になった。
「ここかぁ……うーん。SNSに上げないなら……」
「あ、えーと、ゴーストカメラなんでそういうのは出来なくて」
「ゴーストカメラ?」
鞄に入れていたゴーストカメラを取り出して渡した。お姉さんはカメラをまじまじと見て、笑顔に戻った。
「データの二次利用とか出来なさそうだし、これなら大丈夫よ。学校からのご依頼なら仕方ないものね」
「無理を言ってすみません。学園長にも画像として使う時は確認が必要な事、伝えておきますので」
「よろしくね」
「……で、どこで撮るの?」
シェーンハイト先輩がいつの間にか真後ろにいた。ちょっと考えて後ろを振り返る。
「……どこで撮りましょうか」
「考えてなかったの?」
「具体的には……。で、でもシェーンハイト先輩が女王をイメージしたリュクスクチュールを着てるんだから、せっかくなら女王の部屋で撮影したいじゃないですか」
「抜け目ないようで抜けてるんだから」
呆れた感じの溜め息を吐かれる。そして少し悪戯っぽく微笑んだ。
「だったら、アタシから構図の提案をして良いかしら?」
「勿論、大歓迎です!」
とても助かる。
シェーンハイト先輩はお姉さんを振り返った。
「撮影用のゴンドラって今日動かせるかしら」
「……………ゴンドラ?」
「あー、なるほど?ちょっと待っててね」
お姉さんがどこかに電話をかけ始めた。戸惑う僕にシェーンハイト先輩が笑いかける。
「アタシ、女王がこの窓から外を見るシーン、大好きなの」
先輩は窓の両側のカーテンに触れながら窓の外を向く。ここはスタジオの中だから、窓の向こうにはスタジオの壁しかない。
「自分の国を、広い世界を、決意を抱いて見つめる姿がとても凛々しくて美しいのよ」
そう語っている先輩の横顔もとても綺麗。その瞳に映っているのは、きっとスタジオの壁なんかじゃない。もっと広くて、美しい世界。
語っている姿が美しい、って事は多分顔が見える角度。
窓から外を見ている人物の顔が見える角度って事は、撮影は外からするしかない。
「すぐに来てくれるって!ちょっと待っててくれる?」
「ええ、勿論。今の内にメイクを確認しておくわ」
シェーンハイト先輩は室内を見ていた三人を呼ぶ。
「今日のメイク直しの練習をしましょう」
「ん?何するんだ?」
「シェーンハイト先輩の写真を撮るんだよ」
「ああ、いつものヤツか」
グリムにとってはゴーストカメラも見慣れた存在だ。
程なく男性のスタッフがやってきて、プロデューサーのお姉さんと話し始めた。手招きされたので駆け寄る。
「ユウ、どこ行くんだ?」
「お城の外に」
「映画の撮影で使った、高所用のゴンドラに乗るんだよ」
「ゴンドラ?乗り物か?」
「まぁ乗り物と言えば乗り物だけど」
「オレ様も乗る!!」
言うと思った。
「危ないよ。グリムが暴れたら落ちちゃうからね」
「この猫ちゃん一匹ぐらいなら大丈夫だよ。僕が抱えておくから」
「オレ様は猫じゃねー!」
「乗せて欲しいなら失礼な態度を取らない!」
グリムはむすっとして黙った。男性には謝りつつグリムを睨む。
「お願いします、は?」
「……お願いします、なんだゾ」
「はい。じゃあ、一緒においで」
男性スタッフの後ろを追いかける。一旦外に出てから、近くに置かれた作業車に向かった。
移動手段の自転車やなんかもそうだけど、魔法が使える世界で魔法も使って当然の技術なのに、ここでは魔法が使えない人間でも作業が出来るように整えられている。少なくともこのスタジオでは、クリエイターに魔法の使える使えないはきっと関係ないんだ。
「グリム。ゴンドラの上ではじっとして、手すり以外はどこも触らない事。絶対に守ってね」
「わかったんだゾ」
ゴンドラはお世辞にも広いと言えないけど、撮影に使われていたであろう機材があるからこればっかりは仕方ない。
上昇を始めると最初は元気だったグリムの声がだんだん小さくなっていった。城にそれなりの高さがあるのだから、女王の部屋を外から撮影するのなら、こうなるのは必然だったんだけど。
「た、たたた高えんだゾ……」
「そうだね」
下手に煽ってパニックになられても嫌なので淡泊に返す。体の大きさ的にグリムだけ命綱が着けられないから危ないんだよな。
ゴンドラはゆっくりと動き、女王の部屋の窓に近づいていく。
窓ガラスの向こうに先輩の姿が見えた。こちらを見て微笑んでいる。
ゴンドラに取り付けられたライトが先輩を照らした。眩しそうな顔ひとつせず、その視線は揺らぐ事が無い。僕たちを見下ろしている。
「……あの、これもう少し上にいけますか?」
「まだ上がるのか!?」
「どれくらい?」
「窓を少し見下ろすぐらいの所に」
男性スタッフは了解を返してくれた。ゴンドラはゆっくりと上がっていく。とっくの昔に真下は見られないが、先輩を見ていれば自分のいる場所の事は考えなくて済む。
先輩は少し意外そうな顔をしたけど、すぐに笑みを深めたように見えた。カーテンに両手を添えたと思うと目を閉じて、開いた時には挑戦的な色を湛えている。
今すぐに跪きたくなる、完璧な美貌。
神さえ跪かせてしまうだろう圧倒的な『力』。
背筋を走る悪寒は恐怖一色ではなく、恍惚を確かに含んでいた。己の身も心も投げ出して平伏す快楽を肯定している。
幸福な暴力。
これを前に正気で仕事が出来る人たちは凄いな、と思いながらゴーストカメラを構えた。ファインダー越しに紫の宝石のような目を見つめる。その視線の中にある確かな信頼を受け止めて、溢れ出す愛しさがシャッターを切らせた。
気づいたらカメラから紙が出てくる音がしている。カメラを下ろして、窓の向こうの先輩に会釈をした。先輩がポーズを解くのと同時に、ゴンドラが下に向かって動き出す。
……よくよく考えたら、このたった一枚のためにここまでしてもらったのめちゃくちゃ申し訳ないな。
ゴンドラを下りてから、何度も丁寧にお礼を言った。凄く親切な良い人だったなぁ。
男性スタッフが奥へ戻っていくと、ちょうど城から先輩たちが出てきた。
「うまく撮れた?」
「はい!」
ゴーストカメラから出てきた写真を見せると、シェーンハイト先輩は満足そうに頷いていた。覗きこんでいたお姉さんも感心した様子だ。
「あのたった一回でこんなに綺麗に撮れるなんて凄いね」
「カメラがいいんですよ。多分。学園長の宝物をお預かりしているので」
実際はどうか知らないけど。
「へえ、良い写真じゃん」
「被写体が良いんだから当然でしょ」
「あ、はい。そうっすね」
「毎回思いますが、ユウさんがゴーストカメラで撮影する写真は何というか……内面を上手く写してる感じがしますよね」
「今回はヴィル先輩の気高さが強調されてる感じだな」
「そういやゴンドラの位置、途中で上げたみたいだったけど、アレって誰のアイデア?」
「子分が頼んでたんだゾ」
「そうなの?」
「確か原作のアニメ映画だと、あの窓のシーンは女王が世界を見下ろしている感じの構図なんだよな」
だからスタッフさんもあの位置で一度止めたんだろう。なるほどなぁ。
「女王を上から撮影するなんて恐れ多いですしね」
「で、なんで上に動かしたの?」
「シェーンハイト先輩は自分が頂点にいても下なんか見ないでしょ」
なんかみんなにきょとんとされた。
「撮影するなら、高みを向いてる先輩が良いなと思って」
「……ああ、なるほど。そういう意図なんですね」
「位置が変わった時は正直言って驚きはしたけど、納得もあったわ」
先輩は不敵に笑う。
「憧れの場面とはいえ、同じ構図をなぞるだけじゃつまらないと思っていたの」
「先に言ってくださればよかったのに」
「アンタの判断を信じようと思って。……実際、最高の出来になったじゃない」
「被写体が最高なんですから当然です」
「お上手ね」
事実ですし。
でも上手く撮影できてよかった。上からの構図にした事で背景の部屋がカーテンの影で暗くなって、より先輩の美しさが際だってる感じになったし。窓の格子柄も上手く避けられてたし。
見れば見るほど綺麗。撮影申し出てよかった。