真紅に想いを馳せて
敷地が広いと道幅も広い。
そりゃ門の時点でめちゃくちゃ広いだろうとは思ってたけど、ここまでくると小さな町ぐらいの広さがありそう。
「にゃははっ、ラクチンラクチン!すいすい進むんだゾ!」
グリムはご満悦だ。台車に乗ってる時もご機嫌だったし、結構乗り物好きみたいなんだよなぁ。
「ん?遠くにでっかくて丸いボールみたいなのがある……アレ、なんだ?」
「給水塔よ。このスタジオのシンボルの一つ」
スタジオが建った頃は街と接しておらず、広大な原野が広がっていたらしい。水道のインフラ整備も済んでいないため、撮影で使う大量の水を供給するために給水塔が使用されていた。当時はどの映画スタジオにも給水塔が備えられていたという。
ただこの映画スタジオのシンボルである給水塔は、一般に四本足の物が多い中、見栄えを考慮した六本足となっている。見るからに巨大な物なので、丈夫にするためとかそういう機能的な都合も勿論あるのだろうけど、美しさを意識する美粧の街らしい考えで作られた名物として残されているようだ。
そんな雑談をしている間に、カートがビルの前で止まる。スタジオはどれも特徴的な屋根をしているけど、このビルはオフィス棟と同じく普通のビルに近い。
「着いたわよ。このビルがアニメーション棟。さあ、中に入って~」
言われるがままに建物の中に入る。入ってすぐの場所は作品ポスターがずらりと並んでいる。オフィス棟と違うのは、すべてアニメ絵やCGのポスターである事。
「ここがたくさんの名作アニメーションを生み出してきた場所ですか」
「なんか歩いている人、みんな絵がうまそうに見えてきた!」
「全員がアニメーターなわけないだろ」
「そうね。様々な職種のクリエイターが八百人以上働いているわよ」
さらりと言うが本当に規模が桁違いな気がする。
「なんかこのビルの部屋って、さっきのオフィスと違って薄暗いんだゾ。電球が切れてんじゃねーのか?」
「アニメーターの部屋はわざと室内を暗くしているの。その方が、色彩がちゃんと見えるから」
「そうそう。それに、薄暗い方が集中して作業できるんだって」
「なるほど。確かに僕も薄暗い部屋の方が落ち着きます」
そういうのあるんだなぁ。目が悪くなるから明るい所で勉強しなさい、って言われてきたのでなんだか不思議。
パソコンが並んだ部屋とか、何に使うか解らない機械の部屋を通り過ぎて、お姉さんは奥まった所で足を止めた。
そこに置かれているのは、直線で構成された機械。見た感じただの棚みたいなのだが、とにかくサイズが大きい。
「うわ!めちゃくちゃデッカいカメラがある!」
エースの声で、棚にカメラがついている事に気づいた。
「アニメーション映画『Beautiful Queen』の撮影で初めて使われた特殊な撮影機材よ」
「なんでこんなにデッカいんだ?」
「……待って。そもそもアンタたち、セルアニメーションの作り方は知ってるの?」
「セル?」
「……だいたいは……」
「だいたいか。それじゃあ、今日は詳しく説明しようかな」
お姉さんがにっこり笑う。
セルと呼ばれる透明なフィルムにキャラクターや背景を描き、それを重ねてカメラで撮影。画像を繋げる事で動画にするのがセルアニメーション。
あの巨大なカメラは、セル同士の間隔を自由に広げて撮影できる事が特徴だという。これによって細かなピント調節が可能となり、表現の幅が広がったという。
……わかるようなわかんないような。
「なるほど……さっぱりわかんねー」
「言うと思った。ま、とにかくすげーカメラって事でしょ」
「新しい機材を使っての制作ですか。きっと数え切れないほどのトライアンドエラーを繰り返したんでしょう」
「ええ。おかげで、かつてないハイクオリティのアニメーション映画を作る事が出来たそうよ」
「パイオニアならではの逸話ですね」
こうした機材を試行錯誤して使いこなしたからこそ、現在の栄光がある、という事らしい。
「今ではすべてのアニメーションがCGになったから、このカメラは使用されていないの。ただ、貴重な資料って事で残しているのよ」
「ワンオフの特注品で、当時はかなり高額な機材だったみたい」
こんな大きい物を約九十年前に作ったのだとしたら、確かに凄く大変そうだ。
それでもきっと『必要』だと判断されたのだろうけど。
「うわー。すげえ気合い入れて作ってたんすね」
「『Beautiful Queen』は初めての長編アニメーション映画。高い熱量を持って制作してたはずよ」
「例えば……あの映画の声優は、顔を一切見ずに声だけで選んだの」
「ソレって普通じゃねーのか?」
「いいえ。通常のアニメーションでは、顔写真や経歴などのプロフィールも含めて、多角的に選考される」
「その通り。でもこの映画では、美しき女王や登場人物に相応しい『声』の事だけを考えて選ばれた」
異質な選考方法なのは間違いない。結構、昔の作品って『その場にたまたまいた人に頼んだ』みたいなのあるし。現代でも伝手とかコネとかそういうのが好意的に使われてるイメージある。
多分『Beautiful Queen』というアニメーション映画は、本当に『作品』のためだけに全ての関係者が力を尽くした映画なのだろう。その熱量が実を結び、現代まで愛される作品となっているようだ。
「きっとそういうこだわりが『Beautiful Queen』を名作にしたのね」
シェーンハイト先輩がしみじみと呟く。過去のクリエイターへの尊敬を込めて、かつての最新技術を見つめていた。