特別なごはんの日




 久々の白米と味噌汁を堪能した数日後。
『お届け物でーす』
 玄関から声が聞こえたので、急いで向かった。グリムやゴーストたちも暇だったのか、なんだなんだという感じでやってくる。
「はい、お待たせしました」
『こちらにサインお願いします。クール便なので、箱を開けたらすぐに冷凍庫か冷蔵庫に入れてくださいね』
「はーい」
 とりあえずサインをして、荷物を受け取る。クール便なら食べ物かな、と伝票を改めて見て固まった。
 送り主の署名は、レオナ・キングスカラー。
「なっ……んでキングスカラー先輩から!?」
『品名は……うん、食品だね。贈答用牛塊肉五キロ』
「五キロ!?」
 慌てて確認すると、本当にそう書いてある。ちょっと頭がくらくらしてきた。
『販売店直送ってヤツだね~。夕焼けの草原の定番ギフト~』
『箱に魔法がかかっておるから、開けるまでは丸一日程度、劣化を恐れる事はないぞ』
「それ以前の問題だよ……」
 一キロのお肉でも何日かに分けて使うのに、いきなり五キロ。しかもそれも毎日自炊していた頃の話で、今は本当にのっぴきならない時以外する気はないというのに。冷凍庫で保管しても消費に何日かかるやら。
 そもそも塊肉だから、使うには切りわける必要がある。うちのスタンダード包丁で歯が立つだろうか。
 こちらの苦悩など知らず、グリムは嬉しそうに笑う。
「つまり肉がいっぱい食えるって事だな!」
「お、送り間違いって可能性は」
『伝票は間違いなくユウ宛になってるよ』
『この間のハンバーグのお礼なんじゃな~い?』
「だって、ド庶民の家庭料理の普通のハンバーグ定食だよ!?」
「でも美味かったゾ!」
『料理は愛情だからね~』
「どうしよう、これ、いくらぐらいするやつ……?」
『調べん方が良いぞ。いきなり押し掛けた詫びも含んでおると思って、気にせず厚意として受け取っておくべきじゃろう』
 年長ゴーストの一言で、つまりかなり高価な商品なのだと理解する。冷たいものを抱えている事は関係なく指先が震える。
「ど、どどどどど、どうしよう」
「どうしよう、って。肉がいっぱい食えるんだろ!いいじゃねえか!」
「毎日肉料理になるレベルだよ、さすがに飽きると思うんだけど」
「そうかぁ?牛肉ならハンバーグ……はこの間食ったか。ステーキにビーフシチュー、ローストビーフもいいな!」
「…………肉じゃがとすき焼き。しゃぶしゃぶもアリかな……」
「ニクジャガ?スキヤキ?シャブシャブ?」
『お肉を消費したいなら、バーベキューもいいんじゃない?お友達を呼んでさ』
「友達かぁ……」
 ゴーストに提案されてちょっと考える。はたしてどこまで友達と呼んでいいのだろう。
 エーデュースは良い。ジャックとエペルも多分来てくれる。セベクもなんか頑張って頼めば来てくれそう。ツノ太郎は……どうだろう。来てはくれそうだけど、一年生が多い事を考えると呼ぶのが若干恐れ多い。シュラウド先輩は苦手そうだしそもそも外に出てこないから論外。オルトはご飯食べれないから呼ぶのが忍びない。
 現実的に消費できる気がしなくなってきた。肉だけ食べる趣味はないので、必然的に米などの炭水化物も買う事になり出費がかさむ。別に料理が趣味でもないのに、これでは良くない。
 一方で食べたいメニューが無いではない。肉をケチらず食べられる楽しさは計り知れない。それ自体はとても、とても魅力的なんだ。
「…………ひとまず、切り分けて保管しないとなんだけど……いまの包丁でどうにかなるかな……」
『さすがに無理じゃない?』
『大食堂の連中に切り分けてもらおうよ~。最近、凄く良いスライサーを仕入れたって自慢してたから~』
「それはいいかも!行ってみよう!」
「オレ様も行く!」
「……つまみ食いとか、シェフゴーストの迷惑になる事しちゃだめだからね」
「ぎくぅっ!……す、するわけねーんだゾ!にゃはは……」



 大食堂の厨房は、夕食の仕込みが行われている所だった。みんなが大量の食材を抱えて動き回り、慌ただしく準備している。
 事情を説明すると、シェフゴーストは快く引き受けてくれた。開封した肉の状態を確かめて、ふむふむと頷いてから僕に向き直る。
『じゃあ、使い勝手の良いバーベキュー用と薄切りを多めに、ローストビーフ用の塊と、ステーキ用にも切っておくね』
「お願いします」
『こちらこそ。こんな良いお肉を扱わせてもらえるなんて光栄だよ!』
 シェフゴーストは手早く機械を操り、肉を切り分けていく。魔法でひとりでに保存袋に入っていく姿は面白い。
「お、監督生じゃないか」
 後ろから声をかけられ振り返る。クローバー先輩が調理器具を手に厨房に入ってくる所だった。
「こんにちは、クローバー先輩」
「トレイは何しに来たんだ?」
「厨房から借りてた調理器具を返しに来たんだ。凝ったものを作ってたら、寮のだけだと足りなくなっちまってな。お前たちこそどうした?」
 僕が事情を説明すると、先輩は少し考え込む顔になった。すぐにいつもの微笑みを取り戻す。
「そういう事なら、リドルや俺もバーベキューに参加させてくれないか?ケイトも誘ったら喜ぶぞ」
「え、そ、そうですか?」
「相当に良い肉みたいじゃないか。ご相伴にあずかれたら光栄だ」
『本当に良いお肉だよ。友達とバーベキューなんてしたら最高だね!』
「もちろん、タダでとは言わない。野菜は俺たちが準備して持っていくよ。そうしたら出費も抑えられるだろう?燃料費も頭数で割れば負担が減るし」
 それはかなり魅力的だ。肉を多く消費できる上に手間も経費も減って全方位助かる。
「騒がしくなりそうですけど、ローズハート先輩も楽しめますかね?」
「人が集まる所を嫌うタイプじゃないからな。楽しんでくれると思うぞ」
「それなら」
「バーベキューですか。楽しそうですね」
 第三者の声に、クローバー先輩と同時に振り返る。キノコが山盛り入った籠を抱えたジェイド先輩が、僕たちを見てにこにこ笑っていた。
「……やあ、ジェイド」
「こんにちは、ジェイド先輩」
「こんにちは、トレイさん、ユウさん」
「今日はどうしたんだ?厨房に何か用事でも?」
「ええ。育てたキノコの買い取りをお願いしに来たんです」
 ちょうど食べ頃なもので、と見せてくれた籠の中には見た目通り、大小さまざまなキノコが入っている。食用として見慣れている品種ばかりだ。
「ユウさん」
「はい?」
「よろしければそのバーベキュー、僕たちも参加させてもらえないでしょうか?」
「僕たち、というと」
「僕、フロイド、アズールの三人ですね」
 勿論タダでとは言いませんよ、とジェイド先輩は続ける。
「こちらは魚介類やキノコ、更に多様なバーベキューソースもご用意します。学園でレンタルしている機材は大型のものですから、人数が多い方が使い勝手良く負担も減りますよ」
「でもあの、もてなしたりとか全く出来ないですし」
「そんな必要はありませんよ。人数が集まれば会話が弾み楽しめる。バーベキューとはそういうものでしょう?」
 個人主義者まみれのこの学校でそれが通用するとでも?
「ギョカイルイ……って事は、ツナ缶もあるのか!?」
「ええ、ご用意しましょう」
「きゃっほー!豪華な最高バーベキューになるんだゾ!」
 グリムは勝手にはしゃいでいるけど。
 この学園の生徒は寮の縄張り意識が非常に強い。ちらりとクローバー先輩を盗み見れば、やはり険しい顔をしていた。
 クローバー先輩は僕の視線に気づくと、少し困ったような笑顔になる。
「……まぁ、お互い予定が合うとは限らないしな?」
「お願いしている立場ですから、こちらがハーツラビュルの皆さんに合わせますよ」
「でもアズールだって忙しいだろう?モストロ・ラウンジの営業だってあるし」
「ご心配は無用です。空けさせますから。絶対に」
 はっきりとした声に、凄まじい圧力を感じた。思わずクローバー先輩と顔を見合わせる。
「ま、まぁまだ確定していないし、リドルやケイトにも打診しないとだからな」
「そうですね。エーデュースにも予定聞かなきゃ」
「では、日程が定まりましたらご連絡ください。お待ちしておりますよ、ユウさん」
 ジェイド先輩は恭しく一礼し、シェフゴーストの方に歩いていった。再びクローバー先輩と顔を見合わせる。
「すまないな、なんか拒絶しきれなくて」
「いえ。……どうします?」
「リドルとケイトに話してみるよ。エースたちだけでオクタヴィネルと一緒に過ごさせるのは不安があるしな」
「じゃあ、お願いします」
 クローバー先輩も調理器具を返して、厨房から出て行った。
 ……フロイド先輩が来るとなったら、ローズハート先輩は嫌がるだろうな。ハーツラビュルの先輩たちなしでオクタヴィネルの面々と一緒、となるとちょっと不安かもしれない。多分、終始あっちのペースになる。それはちょっと避けたい。
『お話は終わったかな?』
「あ、はいすいません。お待たせしました」
『お肉のカットは終わったよ。それぞれ調理しやすい量で小分けにしておいたから、そのまま冷凍庫に入れて保管してね。箱に冷凍の魔法をかけ直しておいたから、慌てずに持って帰りなさい』
「はい。ありがとうございました!」
 ムニエルの下拵え中とおぼしき魚の切り身を見て涎を垂らしそうなグリムの頭を掴んで下げさせた。箱を抱えつつグリムを引きずるようにして厨房を後にする。
「……全くもう」
「つ、つまみ食いはしてねえんだゾ!」
「僕に気づかれたからでしょ」
 ぎくっと、グリムの身体が強ばった。しばらく視線をさまよわせてから、わざとらしく話題を変える。
「と、ところで、今日は何か作らねえのか?」
「作らないよ。さっきので疲れちゃった。大人しく食堂にムニエル食べに行こう」
「う、うんうん、それもいいな!賛成なんだゾ!」
 いつになく調子の良い様子には思うところもあるけれど、未遂をこれ以上咎めても効果はないだろう。
 ため息を吐きつつ帰路に就いた。

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