真紅に想いを馳せて
話に花が咲けば料理を待つ時間もあっという間。
「おまたせしました。オードブルでございます」
それぞれが頼んだ料理がテーブルに並ぶ。どれもお高そうで美味しそう。
僕はド庶民の食い意地でフォアグラにした。どれも一生食べれそうにないのは間違いないけど、とりあえずこれまでの人生で一番縁がないものを一つは選んでおきたかった。
「オレ様はエスカルゴにしたんだゾ!」
なぜか得意満面のグリムに、エースが意地の悪い笑みを向ける。
「グリム、エスカルゴってなんの料理か知ってんのか?」
「知らねー」
「カタツムリだ」
「ふな!?」
「厳密には、その辺にいるカタツムリとは全く種類が違いますがね」
「殻に入っていると、本当に野原にいるカタツムリそのままの見た目だな」
「食べ慣れてないと抵抗感ありますよねえ」
確かに。
そういうデザインなのだと分かっていても、妙に原型を意識させられるとつらくなる。
「ウマそーなんだゾ。いただきまーす!」
が、グリムには関係なかった。
そもそもグリム、カタツムリを食べるって事に違和感が無さそう。味覚があまりに人に寄ってるからたまに忘れそうになるけど、モンスターなんだよな。
「バター味でウマい!にゃはは!」
「グリムに抵抗感なんてあるわけねーか」
先輩たちも苦笑している。
「息子は学友のみなさんと仲良くやっているようだね」
「ええ、それはもう!仲良くして頂いています」
素早く反応したアーシェングロット先輩に、みんなが『言うと思った』という顔をしていた。僕らの様子には気づかず、ヴェニューさんは嬉しそうに微笑んでいる。
「ヴィルは幼い頃から子役をしていたので、仕事上、学校を休まなくてはいけない事も多かった。だからクラスメイトたちに馴染めなかった事もあって、心配していたんだ」
「そうなんすか?めっちゃ意外~」
「目立つ生徒だったの。もちろんいい意味で」
涼しい顔でしれっと返す。
「まあ、あんだけテレビや映画にバンバン出てれば注目もされるか」
「だが目立つ事は良い事ばかりじゃないだろう。特に学校のような閉鎖的な空間では」
「いじめられたりはしなかったわよ。常に快適だったもの」
「絶対いじめようとしたヤツを返り討ちにしてたんだゾ」
グリムがボソッと言った。睨まれても知らないぞ。
「おまたせしました。ヴィアンドとポワソンでございます」
それぞれが前菜を食べ終えたら、程よい間を置いてメインディッシュが届く。
僕は牛肉の赤ワイン煮込みを選んだ。名物料理らしくて、何より名前だけで美味しそうに思えたので。
美しき女王が鍋で薬品の調合を行っていた伝承から、輝石の国では煮込み料理が普及したと言われているらしい。美粧の街の女王の伝承にあやかった名物の一つとも言える。実際、バイパー先輩が行きかけたビストロの看板にも多彩な煮込み料理の記載があった。
また、豚肉料理も女王の伝承からこの街に根付いたとの事。狩人が女王の命令で豚の心臓を求め、遠き地まで赴き狩猟を行ったとの言い伝えが残っているという。
その伝承から豚の心臓の肉は重宝されており、この店でも当然、豚の心臓を扱った料理が提供されている。
更に薬学の研究が盛んだった美粧の街では多種多様な植物の研究も行われ、美容関係の薬品の材料になると同時に、香草として幅広く料理にも使われるようになった。煮込み料理の発展にはこの辺の影響もあるのだろう。熱砂の国のスパイスのブレンドと同じ感じで、煮込みに使う臭み消しや香り付けの香草の品種やそのバランスも店によって違うみたい。もちろん煮込み以外で香草をソースなどに使うメニューも当たり前にある。
「オレ様、豚の骨付き肉なんだゾ!」
「おい、グリム。手づかみで食ってるとヴィル先輩に『マナー違反』って怒られるぞ」
骨付き肉を手づかみで食べるグリムに、エースがニヤニヤしながら言う。
「骨付き肉は手で持って食べてもいいのよ」
その笑顔が固まった。グリムは元より気にせず、おいしそうに平らげている。
「でも骨しゃぶったりはしないでね」
「あと持った手はナプキンで拭きなさいね。間違っても舐めたりしないように」
ご機嫌のグリムがぎくりと固まった。すっかり肉の残ってない、綺麗な骨をぎこちなく皿に戻す。
「汚れた所が人から見えないように内側で拭くんだよ」
「う、うう。メンドクセー……」
「みんなが尊敬する立派な大魔法士が、僕でも分かるようなテーブルマナーも出来ないなんて恥ずかしいよ」
「うぐ……」
ぎこちないながらも、グリムはどうにか手、というか前足を拭いている。ちょっとくしゃっとなったナプキンも整えて、どうだ、という顔をしたので笑顔で頷いておいた。よくできました。
「ヴィルさんはいくつぐらいの時から芸能活動をしてたんですか?」
「エレメンタリースクールに入学する前にはデビューしていたわね」
「よく僕の撮影についてきていたからね。とある現場でスタッフから誘われたんだ」
やっぱそういう感じなんだな。この顔立ちだったら、小さい頃から目立っただろうし。
「小さい頃のヴィルは、それはそれはもうこの世のものとは思えないぐらい可愛かったんだよ!もちろん今はその頃よりもっと可愛いけどね」
「はいはい」
デレデレの父親に対し、シェーンハイト先輩は冷ややかに返した。ヴェニューさんもシェーンハイト先輩が大好きなんだなぁ。見ているこっちも笑顔になっちゃう。
それにしても、先輩の子ども時代かぁ。本当に天使みたいに可愛かったんだろうな。うわぁ見てみたい。
「まだ演劇の勉強もしていない内にデビューしたから、初期の演技はひどいものだったわ」
「そうかい?一年も経たずに主演クラスになっていたじゃないか」
「そんなに早くから主役をやってたんすか!?ヴィル先輩が主役の映画やドラマは何本も観たけど」
「準主役よ。主役はネージュ。アイツとのコンビで何作もドラマをやったわ」
細やかに訂正が入る。
……コンビというか、ライバルというか、シェーンハイト先輩が悪役みたいな立ち位置が多かったみたいな雰囲気なんだけど。
でも、本人の意識が『準主役』でも、エースは主演だと思ってたって事だと思うから、それだけ存在感があったって事だよね。見てみたい。
……安いサブスクだと限界があるんだよなぁ。シュラウド先輩に相談してみようかな。動画配信サービスとか詳しそうだし。
「薔薇の王国でも二人のドラマを再放送でよくやってましたよ」
「僕は記憶にありませんね。海の中では、さすがに放映していなかったかもしれません」
たまに忘れそうになるけど、みんな国単位で違う地域の出身なんだよな。アーシェングロット先輩に至っては海の中だし。
「ヴィルさんとネージュ・リュバンシェのドラマですか。確かにヒットしそうですね」
「そうね。視聴率一位とか、ドラマの賞とかいくつも貰った」
「すごい事サラッと言った!」
「映画の初出演もエレメンタリースクール時代だったわ」
「そういえば昔は、たまたま観に行った映画で二人の姿を見かける事がよくあったな」
それぐらい色んな映画に出てたって事か。凄い。
「エレメンタリースクールでその大活躍。やっぱヴィル先輩って大物だよな」
「そんな風に思ってなかったわ。目の前の父親はもっと凄かったから」
シェーンハイト先輩が遠くを見る。
「『顔だけの三流役者』と酷評され、週刊誌をスキャンダルで賑わせながら、事務所の力で獲得した端役でしぶとく映画界に生き残り続け……」
「……コメントしづらいですね」
「たしかにそんな風聞も、昔はあったような……」
「徐々に演技力に磨きをかけ、主演作でヒットを連発するようになり、映画制作会社を立ち上げ、作品プロデュースも手掛けるようになった」
苦労をし、努力を重ね、成果を積み上げる。
そうして栄光を勝ち取った。
「今や映画界の第一人者」
ただ事実を述べているに過ぎないという顔だけど、きっと先輩にとってそんな父親の人生は誇りでもある。
映画みたいな人生を送った偉大な父親が現実に、目の前にいて、そんな環境で奢らずに腐らずに己を磨く事はきっと難しい。
やっぱり凄い人だなぁ。これ思うの何回目だろう。
「顔だけって言われてたなんて、今じゃ想像もつかないっすね」
エースの言葉に頷く。
「ってか、何言われても負けずに這い上がったって事でしょ?超格好いいじゃん!」
「そんな事はないさ。僕なんていまだに欠点だらけの男だよ」
「そうね。家事が全然出来ないのは最悪だわ」
息子の冷ややかな言葉に珍しく顔が強ばった。
「炊事や洗濯でミスをして、いつもお手伝いさんに怒られているもの」
役者としては万能に等しくても私生活は何でも出来る、というわけではないらしい。
「い、意外だな」
「全くです」
そんな部分も人間らしくて愛嬌がある、と言えるけど、こんなダンディな人にはフォローにならないかもしれない。
「参ったな。これは早く話題を変えないと」
ヴェニューさんは困ったように笑った。
「みなさん。ヴィルは学園ではどんな感じなのかな?」
今度は僕らが固まる番だった。
「どうって……」
顔を見合わせ、そしてシェーンハイト先輩を見る。
「なによ。みんなして恐る恐るアタシの顔を見て」
シェーンハイト先輩は楽しそうに笑う。意地の悪い事を考えてる時の冷ややかな笑顔だ。
「アタシの事は気にせず、好きに言ってもらって構わない。言われて困るような事をした覚えはないわ」
「そ、そうですよね~」
ヴェニューさんの手前、素直にそのまま言うわけにもいかない。ニコニコしてるし。
「ええっと、ヴィル先輩は、その……ポムフィオーレの寮長として、寮生からとても尊敬されていますね」
「そうですね。ヴィルさんが寮の掃除を指示すれば、みなさん張り切って従うほど、非常に慕われていますよ」
「オレの同級生なんか、ヴィル先輩の姿を見ただけで、背筋を伸ばして口数が減るんですよ!」
「寮の所属に関係なく、下級生の面倒もよく見てくれます」
「そうですね。廊下とかですれ違った時に服装がだらしなかったりすると、すっごく面倒見てくれます」
とはいえ口のうまいエースと先輩たちなので、無難な感じの言葉に留められている。間違った事は言っていない。はず。
「あ、それと寮長として先生たちからの信頼も厚いと思いますよ。中にはとんでもない寮長もいるから」
「おや、エースさん。まさかその中に僕は含まれていませんよね?」
「も、もちろんですよ~。やだな~」
ヴェニューさんも特に違和感は無かったようで、笑顔を僕達に向けてくれていた。
「そうなのか。うまくやれているようでよかった」
「めちゃくちゃコエーけどな!」
シェーンハイト先輩の視線に殺気が滲んだ。グリムがびくりと身を震わせる。
「アタシが怒るだけの事をアンタがやらかしてるからでしょ」
「ふなっ!?や、やっぱりコエーんだゾ……」
「あはは。相変わらずだね、ヴィル」
「いつもお手数をおかけしてます……」
居たたまれず頭を下げた。先輩の殺気は引っ込んだが、グリムはまだ怯えた顔をしている。
「ヴィルが寮の集団生活になじんでいるようで良かった。家ではお手伝いさんと二人で過ごす時間が多かったから、不安だったんだ」
「エリックさんも一緒にお住まいではなかったのですか?」
「二人とも忙しかったから、家で一緒に過ごす事はあまりなかったの」
「ああ、なるほど。それは仕方ありませんね」
「その分、たまに家で一緒にいられる時は嬉しかったわ」
当時を懐かしむように、柔らかい視線が遠くを見る。
「二人でどこかに遊びに行ったりしたんですか?」
「いや、むしろ家でのんびりしている事の方が多かったな。外に出れば嫌でも人目に触れる。あまり落ち着けないんだ」
有名人の一番の悩みだろう。気晴らしに出かけるのだって気軽には出来ない。
「よく二人で美容液やサプリメントを作っていたわよね」
「……そんな事して楽しーのか?」
「もちろん。美容や健康は二人の共通の関心事だからね」
「ダッドは魔法が使えないけど美容の知識が豊富だったから、一緒に作業するのは楽しかったわ」
親子で共通の話題があるって良いよなぁ。
先輩が魔法薬学が得意なのも納得だ。親子の楽しい思い出が、勉強の時も支えになっているに違いない。
「オレ様には全く理解できねー」
グリムの素直すぎる感想には苦笑いするしかなかった。