真紅に想いを馳せて
「オレ様、腹減ったんだゾ!」
「おっと、いけない。つい話に夢中になってしまった。ディナーを楽しまないとね」
なんだかんだ立ち話を続けてしまった。ヴェニューさんに合わせて席に座る。グリムは高さが足りないから、なんか凄く綺麗な台を追加されていた。多分子どもも座れるように用意されてるんだろうけど、こんな高級レストランにも子どもを連れてくる人がいるのかなぁ。まぁでも無いと対応できないもんな……。あらゆる対応が新鮮に思える。
「今日はコース?アラカルト?」
「プリフィクススタイルにしたよ。彼らに好き嫌いやアレルギーがあると困るだろう?」
「お気遣い、どうも」
何を言ってるのか解らないけど、とりあえず好き嫌いやアレルギーがあっても回避できるタイプのものだと理解はした。
こういう場は周りに合わせるものだと教わってるので、知らない事を知らないと言うのもはばかられる。
「プリフィ……オイ!この街に来てから知らねえ言葉ばっか、なんなんだゾ!」
ありがとうグリム。そしてごめん。
「プリフィクススタイル。コースの前菜やメインなどを数種類の料理からセレクト出来る方式の事ですよ」
アーシェングロット先輩が説明してくれて、なんとか理解はした様子だ。
「いらっしゃいませ。こちらが本日のメニューでございます」
そしてメニュー表を前に悩む。
前菜もメインもデザートも多彩。食材名と何となくの味のイメージしか解らないけど。どれにしようか迷う。
「何食べよっかな~。……げ!牡蠣がある!?」
「嫌いなのか?エリックさんがプリフィクススタイルにしてくれて良かったな」
「ほんと感謝っす。これは避けてっと……おっ、肉料理もウマそうなのがいっぱい!」
「むむむ……悩むんだゾ。どれもウマそーだ」
グリムも悩んでいる。好き嫌いやアレルギーが無いと、こういう時無限に悩み続けちゃうよなぁ。
「そうだ!ユウにオレ様と別のヤツを選ばせて分け合えば、二種類の料理が食える!」
「マナー違反。無作法な事はやめなさい」
怒られてグリムが固まる。
「まぁ自分の分は独り占めできるんだからいいじゃない」
「マナー、マナーってユウもいつもうるせえよな。メシなんて楽しければいいんだゾ!」
「グリムが楽しくても、一緒に食べてる人が嫌な気持ちをしたら良くないの。そうしたら、もう二度とおいしいものを食べさせてもらえなくなっちゃうかもしれないよ」
「む、ぐぐぐ……」
「これからもいっぱいおいしいものを食べたかったら、これぐらいの我慢はしてね」
グリムはとりあえず大人しくなった。とりあえず自分の分を選ばなきゃ。
一通りの注文を終えて、それぞれ何となく雑談に興じる。
「……おい、ナプキンを二つ折りにして膝の上に置け」
バイパー先輩がエースに小声で言った。エースが慌てた顔になってる。
そういえばグリムもやってない。
「グリム、自分で出来る?」
「何でんな事しなきゃいけねーんだ?」
「テーブルマナーなんだよ」
エースが悔しそうに言いつつナプキンを手に取る。グリムも真似して手に取り、ちらっと僕を見た。僕の膝の上を指で示すと、同じように畳んで膝の上に置く。上手。指で丸を作ると自慢げな顔になった。
程なくウェイターさんが次々やってきてカトラリーの準備を始めた。実にスムーズに迷いなく、大きさや形が細かく違う食器が沢山並んでいく。
これから使うのが勿体ないぐらいの綺麗なセッティング。一方、それを前にしたエースとグリムは完全に固まっている。
「ナイフとフォークがいっぱい並べられたんだゾ!?」
「一応寮で習ったけど、実践経験が少ないからちゃんと使えるか自信ねえな……」
さすがハーツラビュル。そういうの教えてくれるんだ。
「外側から順に使っていけばいいんですよ」
「皿は持ち上げるなよ」
「食べている途中はカトラリーを直線に揃えないように」
「あ、ありがとうございます」
先輩たちのアドバイスにエースは素直に礼を述べたが、先輩たちの視線はなんだか生暖かい。
「……絶対『しょうがないやつだな』って思われてる……もしもマナーの事がさっぱりわからなかったなんて寮長にバレたら首をはねられちまうかも」
デュースがいれば目立つ事ないのに、となんだか悔しげだ。人選ミスですなぁ。
のほほんとしていた僕を見て、エースが面白くなさそうな顔になる。
「っていうか、ユウはなんでそんな余裕なワケ」
「僕はこういう時の切り抜け方を父さんに教わってるから」
「え、なになに?なんかコツあるの?」
「エースなら出来るんじゃないかな。一緒に食べてる人の中で『この人なら絶対に間違える事はない』って人と同じ動きをするの」
ツイステッドワンダーランドも基本的な礼儀作法は大体元の世界と同じだと思う。多分、基本中の基本みたいな部分は、両親に教わったものからそう外れてない。
だから父さん直伝のこの対処法も通用するはずだ。
「同じ料理を頼んだ人とか、立場が近い人だとなお良し」
「……なるほどね。参考にさせてもらうわ」
「何というか、実にユウらしい行き当たりばっ……応用力の高い方法だな」
「父も仕事で会食する機会の多い人でしたので。突然の事で行き当たりばったりでどうにかするしかない場面も多い中、それで切り抜けてきたそうです」
「……若い時のダッドと同じ事してるわ」
シェーンハイト先輩が楽しそうに笑う。驚いて顔を見ると、ヴェニューさんも笑って肩を竦めていた。
「昔はお偉いさんとの食事に突然招かれる事もあってね。物を知らない若い頃はそうして乗り切ってたのさ」
「そうしたら、その偉い人がフィンガーボールの水を飲み始めたんでしょ?」
「さすがにそれが間違ってるのは解ったんだけどね。もしかして試されているのかと思って」
会食の空気がやや凍り付く中、思い切ってヴェニューさんもフィンガーボールの水を飲んだという。
「け、結局どうなったんですか?」
「やっぱり試されてたみたいでね。お偉いさんとご縁は無かったが、その場にいた他のプロデューサーが、別の機会に僕を思い出してくれた。見事コメディ映画出演の切符を勝ち取ったワケさ」
正しい事ばかりが良い結果を生むとも限らない。
ヴェニューさんは僕を見て笑みを深めた。
「君のお父様とは話が合いそうだね。お仕事は何を?」
「インテリアなどを扱う貿易関係の会社に勤めています。現場仕事が好きだと言って、いつもいろんな国を飛び回ってます」
「素敵なお父様だ」
ありがとうございます、と素直に礼を言う。
……さすがの父さんも有名俳優相手に冷静に対処は出来ないかもしれないけど、でもあのコミュ強の父さんなら仲良くするのは不可能ではないかもな。ちょっと見てみたい気もする。
そうこうしている間に食前の飲み物が届いた。爽やかな緑色をした炭酸飲料。
「ドリンクの『ディアボロ・マント』です」
紹介を受けたアーシェングロット先輩が、興味深そうにグラスを見ている。
「珍しい飲み物ですね」
「シロップと微炭酸のドリンクを混ぜた、輝石の国では定番飲料だよ」
「これはいい。『モストロ・ラウンジ』のメニューに入れましょう」
いつもは慎重なのに、一目見て気に入るなんて事もあるんだなぁ。もしかして、憧れの店で浮かれてたりとか?
アーシェングロット先輩も可愛い所があるんだから。
「あら。飲みにいこうかしら」
「本当ですか!ぜひ、お越しください!」
シェーンハイト先輩が気軽に乗れば、アーシェングロット先輩の表情が一層輝く。
「メニューの写真などマジカメにアップして頂ければ、全て無料で提供いたしますよ」
いつもの先輩だった。
「もちろんお断りするわ」
シェーンハイト先輩がきっぱりと言い切り、みんなが苦笑する。
「それでは乾杯しよう。みんなとの出会いに」
「かんぱーい!」
それぞれわずかにグラスを掲げる。
一口飲むと、爽やかなミントが駆け抜けた。癖がなくてさっぱりしている。
「なんか、歯磨き粉みたいな味。めちゃスースーする!」
「スペアミントが入っているからね。独特のさっぱりとした味なんだよ」
「ウマいんだゾ!」
グリムもご機嫌だ。口に合うようで良かった。
「料理の味も保証するよ。このレストランは僕も映画制作をする時によくケータリングで頼むんだ」
「撮影の時のお食事は、ケータリングが多いんですか?」
「だいたいビュッフェスタイルの料理を専属のスタッフが用意しているね」
「映画撮影をする時には、六時間に一度、食事の時間を取る事が義務づけられているの」
ハードなスケジュールになる事も珍しくない撮影の現場で、役者やスタッフの健康を保つための取り決めでもあるのだろう。
こんないかにもな一流のレストランもケータリングをしてくれるのは、美粧の街の映画制作スタジオならでは、という事になるだろうか。羨ましいような気もする。
「役者やスタッフのモチベーションを上げるためにも、撮影現場で食事のアテンドはとても大事な仕事よ」
「『クラフト・サービス』という、おやつや飲み物専門のサービスもある。コーヒー、ミルク、紅茶、ジュースやスナック、チョコレート、フルーツ……それにパンケーキ、ワッフルなんかの軽食が自由に食べられるんだ」
「本当か!天国じゃねーか!」
グリムは目を輝かせた。そのままシェーンハイト先輩の方を向く。
「ヴィル!オレ様、映研に入るんだゾ!」
「アンタみたいに演技も裏方も向いていない小ジャガはお断り」
ばっさり切り捨てられてグリムが絶句する。
「それに、学生の部活動に『クラフト・サービス』はないわよ」
「ちぇっ、なーんだ」
むくれるグリムを見てヴェニューさんは楽しそうに笑っていた。
「それなら僕が差し入れしようか?」
「いらないわよ」
今度はヴェニューさんが拗ねた顔をする。しかしシェーンハイト先輩には効かない。
この世界の芸能界で間違いなく最高レベルの地位に立つ親子だろうに、そのやり取りは世間一般の普通の親子と変わらないような気がする。
「そういえば、ユウって映画研究会入らねえの?」
「今その話振る!?」
思わず大きめの声が出てしまって、エースに驚いた顔をされた。僕も我に返る。
「ま、まぁ僕は美食研究会所属なので。兼部出来るほど器用じゃないですし」
「あら、ユウなら兼部でも大歓迎よ?」
そしてさらりと言われて固まる。
「え……、い、いや、あの」
「ユウくんはそんなに見所があるのかい?」
「ええ。声は通るし演技も悪くない。アクションも出来るし、アドリブの技術も度胸もある。何より可愛いでしょう?」
「ああ、とっても可愛らしいね」
そんな褒められると落ち着かない。いやお世辞というか、話を合わせてくれただけだと思うけど。
だってこんな凄い人なら、もっと可愛い人も凄い才能も沢山見てきているわけだし。場の空気を悪くしないための話術に過ぎない。
浮かれず、はしゃがず、それでいて失礼のない喜びの表現をせねばならない。
「僕はどちらかというと自分の容姿がコンプレックスだったので、シェーンハイト先輩にはたくさん目を掛けていただいて、とても光栄に思っています」
にこやかに応える。
「僕は成績もあまり良くないんですけど、勉強も助けてくださいますし、いつも頼りになる先輩です」
「……そうなんだね」
ヴェニューさんは目を細める。優しい雰囲気は変わらない。
素直な気持ちで言ったけど、喜んでもらえているだろうか。
エースが深々と溜め息を吐く。
「エリック・ヴェニュー……間近で見ると、マジでイケメン。ダンディだなぁ……」
何気ない呟きだったと思うんだけど、ヴェニューさんはすかさず拾って笑顔を向けた。
「そう?君みたいな若い子にもそう言ってもらえるなんて嬉しいな。ありがとう」
「うわっ、やべ~!すげーキュンとする~!」
そんな反応にも爽やかな笑顔を崩さない。
これがプロのファンサービスかぁ。
「穏やかさと凄味が共存している、不思議なオーラを感じます」
「それにファッションもオシャレ!」
「ええ。セレモニースーツもスカーフも、実にお似合いです。憧れてしまいます」
「ありがとう。オシャレは好きなんだ」
嫌味にならない答えぶり。シェーンハイト先輩からツッコミが飛んでこない様子を見るに事実っぽいな。
元の世界だと、無頓着すぎて私服のセンスがヤバいから全部スタイリストさんがコーディネートしたものを着てるってタイプの人もいたけど、ヴェニューさんは違うっぽい。
そうなると、シェーンハイト先輩の美意識はヴェニューさんの影響って事になるのかな。
「エリックさんは、危険なシーンでもスタントマンを使わずに、自分でアクションするんですよね」
「ああ。楽器の演奏やハードなダンスでも、ボディダブルは使わない」
「ボディダブルってなんだ?」
「専門のスキルを持った代役の事」
大体、主役をもらえる役者なんてみんな忙しいし、演出に問題が無ければ使うのは割と普通の事だ。人間、得手不得手ってあるしね。
だから『使わない』というこだわりは、映像を作る側には人員の確保や画面の制限が無くなって助かる反面、役者側の負担は凄まじく大きくなる。
それでも演じる側のプライドとして、絶対に使いたくないという人は結構いる。そうして作られた迫力ある映像が人々を魅了するのだ。
どこまでも高みが遠い世界だ。
「毎回、役を貰ってからクランクインまでの間は、レッスンや肉体改造で大変だよ」
「肉体改造まで……役作りに相当力を入れているんですね」
「こんな超イケオジなのに、コメディ映画だと表情一つで爆笑をとるんですよね」
「ああ。俺もエリックさんが出演しているコメディ映画を見た事があるが、アクション映画に出ていた時はあまりに顔つきが違って驚いた」
それこそ、クレジットを見るまで同一人物とは気づかないぐらいの豹変ぶりだ。特殊メイクを使う事がざらの世界だけど、メイクなしでそれだけの印象の変化を与えるのも役者としての凄さを物語っている。
「色んな人物になりきれるなんて、まさにプロフェッショナルな仕事ぶりだ」