真紅に想いを馳せて
「いやー、気分いい!この街どこの店行ってもスタッフさんの接客が丁寧ですげーわ」
エースが上機嫌に言う。
フェリシテ・コスメティックスを出てからも服や鞄、小物など色々見て回った。シェーンハイト先輩のお気に入りの店ばかりだから、どこもVIP待遇。僕みたいな物知らずの学生もシェーンハイト先輩と同じように扱ってくれる所ばかりだった。
……まぁ変な話だけど、顧客にならないからといって子どもをバカにした接客するような店を、シェーンハイト先輩が気に入るはずないとも思うんだよね。だから先輩の連れだからこそのVIP待遇という前提はありつつも、例え子どもだけで来ても邪険にはしなさそう、という印象も受けた。
「何も買ってないエースを満足させるとは、確かに凄い街かもな」
ジャミル先輩の指摘にエースが呻いているが、そんな同行者たちの様子をグリムは気にも留めない。
「オレ様、腹が減って我慢できねー……服や口紅じゃ腹は膨れないんだゾ!」
「だったらグリムだけフードスタンドとかで、何か買ってくればいいんじゃねーの?」
「この街、屋台とか全然ねーんだゾ」
エースの提案にグリムがむすっとした顔で返す。言われてみれば、全く見かけていない。この計算され尽くした街並みに食べ物の気配があっても不思議かもしれないが。化粧品のお店も多いから、路面の屋台とかあったらお互いに匂いが気になりそうだし。
「そういやあ……確かに見当たらねーな」
「美粧の街の人は、道で立って食べたりする事は行儀が悪いと感じるので、フードスタンドはあまり見かけないようですよ。その分、カフェ文化が栄えているんだとか」
「アズール先輩、マジで色々調べてきてますね」
エースは感心しているが、グリムはそろそろ限界っぽい。
「カフェでもなんでもいいから、なんか食える所に連れてけー!」
「そう言われてもな。今日のオレたちは荷物持ちだし」
「僕たちに決定権は無いからね」
とは言ってもあまり騒いで迷惑もかけられない。一時離脱も検討すべきかなぁ。
「ヴィル先輩、この後はどんな店に行きますか?」
「パティスリーよ」
エースが笑顔でグリムを小突いた。
「やったじゃん、グリム。食べ物の店だぜ」
「やったー!食いモンなんだゾ!」
低次元な一年生の喜びとは対照的に、先輩たちは文化的な背景にも言及する。
美粧の街は映画・ファッションと共に、それらを作り、あるいは求めるセレブたちをもてなす食文化も発展している。
マナーに対する美意識から発展したカフェ文化に支えられ、労働者の娯楽にもなるスイーツが進化を続けた。かつての鉱山労働者のカロリー確保に端を発し、現代ではハイブランドの質を支える肉体・精神共にハードな労働環境を癒す存在としても人気を博している。
美を追い求めてきた街の歴史に沿うように、スイーツも味は勿論、外見にも凝った工夫がされているものが多い。芸術的な評価を受けているものも多いようだ。
「出来れば本場のパティスリーを市場調査……見学させていただきたいと思っていました。今、美粧の街でどのようなスイーツが人気なのか、興味があります」
「『モストロ・ラウンジ』のメニューに取り入れるつもりか」
「責任者の僕自身が現地でリサーチしてきたと触れ込めば話題になると思いませんか?」
「よく次から次へとアイデアが出てくるな」
アーシェングロット先輩の商売人根性に、バイパー先輩は呆れた顔をしている。しかしそんな事ぐらいでへこたれるアーシェングロット先輩ではない。
「現地で実際に食べたジャミルさんに、厨房に立ってもらえれば、もっと話題性が増すのですが。いかがですか?好条件を提示しますよ」
「光栄なオファーだが、丁重に断らせていただくよ」
「全員はしゃいでないで、ついてらっしゃい。アタシのおすすめパティスリーに案内してあげる」
シェーンハイト先輩が歩き出せば、グリムが嬉しそうにその後を追う。僕たちも続いた。
なんだかんだ言っても全員男子高校生。食べる事は嫌いじゃない、はず。僕もちょっとわくわくしている。
案内されたのは、華やかな雰囲気のカフェだった。パサージュの一部なので店構えはやはり統一されているけれど、店頭に飾られたカラフルなマカロンの飾りは宝石みたいに綺麗。ケーキを入れる箱や焼き菓子のセットの外装なんかもディスプレイの一部に飾られているけど、どれもデザインが凝っている。この街で持ち歩いても違和感が無い。
「おー!お菓子がたくさんある!めちゃくちゃウマそー!」
入るなり、グリムはショーケースに釘付けだ。よだれを垂らしそうな勢い。べったり貼り付きそうになっていたので、やんわりと肩を掴んで後ろに下がらせたけど、それにも気づかないくらいケースの中の彩り豊かなお菓子に夢中になっている。
「どれも華やかでおいしそうです。テイクアウトもイートインもできるんですね」
「この店のスペシャリテって、なんすか?」
「マカロンですよ」
店員さんがケースの中を示して言う。言われてみれば、結構大きなスペースをマカロンが占めていた。僕でも知ってるパステルカラーのシンプルものから、フルーツなどが挟まっていたり飾りが凝っているものまで様々ある。どれも美味しそう。
「マカロンも輝石の国を代表するスイーツの一つね」
「特に人気なのは、マカロンコックでクリームとフランボワーズ、ライチを挟んだものです」
「あ、雑誌で見たことあるやつ!」
「……そうだ。アタシ、エペルへのおみやげにマカロンを買おうかしら」
シェーンハイト先輩が微笑む。
「エペルはマカロンが好物だから」
微笑んでいるのに、なぜか言葉に圧を感じた。エースたちはきょとんとしている。
「エペルがマカロン?オレがアイツから聞いてた話と違うけど」
「そうなのか?」
「アイツとメシ食いに行った時、もっとガッツリした食いもんが好きって言ってたような……確か、焼き……」
「エペルはマカロンが好物よ」
再びの圧力に、今度はみんなして口を噤む。
シェーンハイト先輩は微笑んでいた。とても美しい笑顔だが、なぜだろう。とても怖い。自分には関係ないのにとても怖い。
「エペルったらあまり口外していないのね。良くないわ。学園に戻ったら一度ゆっくり話してみないと」
……僕が万が一ポムフィオーレ寮生だったら、こういうのもやられてたんだろうか。そこもちょっと怖い。
そしてこの場にいないエペルにちょっと同情も抱いた。頑張れ。でもこのマカロンは絶対美味しいからそこだけちょっと羨ましい。
「フローズンマカロンをちょうだい。これとこれとこれを貰えるかしら」
「かしこまりました」
「冷凍されているのですか。これなら生菓子のマカロンもおみやげに出来ますね」
ツイステッドワンダーランドの冷凍技術は、魔法と魔法石のおかげで凄まじく発達している。箱さえ開けなければ丸一日程度は温度と品質が維持される、なんて技術が一般的に誰でも使えるのだ。かなり広々とした世界ながら、魔法のおかげで食材の流通にも割と融通が利くらしい。
店側が専門的な技術を取り入れていれば、普通は冷凍にも適していないであろうデコレーション満載の生菓子でさえ、常温保存の焼き菓子と同じテンションで買う事が出来る、という事のようだ。凄く便利。
「おー!箱にマカロンがたくさん並ぶと、カラフルでオシャレ~!」
「そうね。このショップのマカロン専用ボックスはコレクターもいるぐらいなのよ」
ケーキの箱とは別に、マカロン専用の箱もあるらしい。そっちもおしゃれなデザイン。統一感のあるカラフルなマカロンが箱にきっちり並んでいて綺麗。凄い。
「オレもおみやげに買うかな。寮のみんな、オシャレなシュクルリー喜びそうじゃん」
「確かに。リドルさんたちが喜んでお茶会を開く姿が目に浮かびますね」
「よし、決まり!すみませーん。フローズンマカロンくださーい!」
「ありがとうございます」
ほああ、と釘付けになっていたグリムが声を上げる。
「ユウ、一緒になんか食おうぜ!」
「そうだね、せっかくだし。グリムはどれがいい?」
「う、むむむ……ひ、ひとつしかダメなのか?」
「ダメです」
グリムが唸る。お小遣いが割と逼迫してるんだもの。
だからと言ってこういう所でグリムをペット扱いして人数を誤魔化すのはやや気が引ける。みっともないというか、みみっちい感じになるかなって。
だから一人ひとつで、と思うけど、そうは言うものの僕も決めがたい。
宝石のようにきらきらしたフルーツケーキ、薄焼きのパイ生地と生クリームのミルフィーユ、チョコレートでコーティングされたフルーツ、シンプルながら焼き目がそそるチーズケーキ。焼き菓子だってバターの香りが漂ってきそうな風合いだし、マカロンなんか種類が多すぎて決められない。
「子分、どうだ?」
「……フルーツケーキとミルフィーユまで絞った」
「にゃはは、気が合うな。オレ様もミルフィーユにしようと思ってたんだ!クリームがたっぷり挟まっててウマそうなんだゾ!」
「じゃあ、僕がフルーツケーキにするから、半分こして交換しよっか」
「するする!二種類食べれてお得なんだゾ!」
「僕たちもスイーツを食べましょうか」
「そうするか」
珍しく普通に同調してる。でもわざわざ指摘すると面倒なので黙っておこう。
はしゃいでいる僕たちの後ろから先輩たちがショーケースを覗きこむ。エースはさっき紹介してもらった人気のマカロンにするみたい。シェーンハイト先輩もマカロンを選んでいた。
「この輪の形をしたシュークリームは初めて見たな。食べてみるか」
「あら」
「それは……リングシュー!」
バイパー先輩の指さしたシュークリームは、確かに真ん中に穴が空いている。柔らかそうなシュー生地にたっぷりのカスタードクリーム。側面にはフルーツが飾られ、上に粉砂糖がかかっていた。凄く綺麗で美味しそうだけど、一般的なシュークリームの外見ではある。
しかしシェーンハイト先輩とアーシェングロット先輩は揃って青ざめていた。バイパー先輩が首を傾げる。
「有名な品なんですか?」
「ええ。とても美味しいらしいです。ただ……」
「輪の形をしているのは、美粧の街の近くにある鉱山のトロッコの車輪に似せたスイーツだから」
この街のスイーツ文化の発展に貢献した筆頭のメニュー、という事らしい。
「このリングシューは、肉体を酷使する鉱山労働者たちに体力をつけてもらう為に、ハイカロリーなクリームを大量に使っているのよ!!!!」
シェーンハイト先輩は迫真の表情で訴えた。アーシェングロット先輩も真剣な顔で頷いている。
「シンプルな見た目に対して、クリームは非常に濃厚で生地もかなりしっかりしているとか……」
「そう。油断してパクパク食べたら大変な事になるわ……」
分かってる。二人にとってカロリーはとても深刻な問題だ。
解るんだけど、なんていうか、苦笑いするしかない。
「あちこち見学して疲れた今のタイミングで食べるには最適だと思うが……なんだか深刻なムードになってきたので、今回はやめておきましょう」
空気が読めるバイパー先輩らしい答えだ。
二人の軽蔑混じりの視線を受けながら食べる事になったら、全然食べた気しないだろうしな。さすが先輩。
「ジャミルさん、代わりにこちらのキャラメル・アップルはいかがですか?」
アーシェングロット先輩が示したのは林檎の形をしたスイーツだ。林檎をまるごと一個、キャラメルソースでコーティングしているらしい。
どうやら美粧の街では実写版『Beautiful Queen』の公開が近い事もあって、公式・非公式を問わず作品を意識した商品が展開されているみたい。元より女王の逸話にあやかった商品も多いみたいだけど、このスイーツみたいにアニメーションに出てきた小道具を意識した新商品が目立つ。
「面白い。これにするか」
全員がスイーツを決めて、飲み物も頼んで、席に座ってスイーツを楽しむ。
男子高校生の食べるメニューじゃねえな、と思いつつ、普段では絶対に食べられないお高いスイーツに心を躍らせた。
「甘くてウメェ!!あと百個ぐらい食えそうなんだゾ」
「も、もうちょっと味わって食べてよ……」
グリムの勢いに押されないように、まずはフルーツケーキを一口。フルーツの香りが一気に押し寄せていっぱいになる。そこにクリームの優しさがふわりと現れて、スポンジの柔らかな風味がそっと嗅覚を撫でていく。
ミルフィーユはサクサクのパイ生地にクリームがたくさん挟まって層になっている。使われているクリームは商品によって細かく違うとの事で、ミルフィーユはリングシューと違うクリームが使われているらしい。口の中でほろりと崩れてバターの風味を漂わせるパイ生地と、甘さ控えめで軽やかなクリームが相性抜群。ほんのりとハーブのような爽やかな後味が過ぎ去っていった。
ここに幸せがある。全てがどうでも良くなりそう。
「そっちも美味そう。ちょっと一口交換しようぜ」
「ほぼ食べ終わってるマカロンとどうやって一口交換すんだよ」
「バレた?」
「どうしてバレないと思うのか」
「じゃあもう一個頼むから、半分やるって」
「全部よこせ」
「お前はもう交換できないんだから却下」
グリムが暴れると困るので、ちゃんと半分の半分を分けてやった。それでも幸せそうな顔をするのだから現金なものだ。
分けてもらったマカロンは、人気も納得の美味しさ。非の打ち所がないさっくりした生地、軽い味わいだけど決して存在感は薄くないクリーム、新鮮で味の濃いフルーツが一体となって口の中いっぱいに幸せを広げてくれる。
「……ユウもグリムと同じくらい、食の幸福を満喫してるな」
「いつも美味しそうに食べてくれますが、今日は一層輝いてますね」
「す、すみません。あまり良い物に馴染みがないド庶民なので、つい」
思わず謝ったけど、先輩たちはニコニコ笑うばかりだ。なんか恥ずかしくなってきた。
「キャラメル・アップルも少し食べてみるか?」
「良いんですか!?」
うっかり嬉しそうな顔で応えてしまったものだから、先輩たちは俯いて肩を震わせている。やっちまったよ。慣れない環境で明らかに浮ついてる。
「や、やっぱりいいです」
「遠慮するな」
「そうだゾ!貰えるもんは貰っとけ!そしてオレ様にもよこせ!」
「お前はもうちょっと遠慮しろよ」
エースの呆れ顔にもグリムはへこたれない。ある意味羨ましい。
それはそれとしてやっぱりうるさいと面倒なので、バイパー先輩に分けて貰ったものをグリムと半分こする。
酸味の強い林檎に、キャラメルとチョコレートがコーティングされているらしい。コーティングの厚さが絶妙で、林檎の酸っぱさを消さず、それでいてしっかりと甘さを主張してくる。キャラメルとチョコレートのどちらの風味も感じられて、それでいてしっかりと一体になっていた。
「林檎がメインだから、見た目よりさっぱりした後味なんですね」
「ああ。サイズは大きいのに食べやすいよ」
「酸っぱめの林檎に、分厚くコーティングされたキャラメルとチョコレートの甘さが合いますよね」
「こういうのって林檎そろえたりするの大変なんでしょうね……」
「ええ。見合うものが無ければ店頭に並ばなくなってしまう事もあるでしょう。今日はラッキーでしたね」
「そうだな」
ふとシェーンハイト先輩に目を向ければ、優しい目でこちらを見つめている。
首を傾げると、目を細めた。
「……良かった」
「え?」
「楽しめてるみたいで」
シェーンハイト先輩は小さく息を吐く。
「アンタ、服も化粧品も興味がないでしょう?さっきまで退屈だったんじゃない?」
「まぁ、そりゃあ普段は縁が無いと言えばそうですけど」
学校生活がそれどころじゃない、という言い訳で外見には無頓着に過ごしているわけで。今更どうこうしたくない気持ちもある。
「でも、シェーンハイト先輩もみんなも楽しそうにしてるし、興味ないからって置いてけぼりにもほっぽらかしにもされてないですから、楽しいですよ」
僕が笑って返せば、シェーンハイト先輩も一際嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「次はふたりきりで出かけましょうか」
「え?」
「服もメイクも、アンタに試したい事がたくさんあるの。一泊二日……いえ、二泊三日欲しいわね」
「三日間も着せかえ人形にされるんですか、僕……」
「ほぼ手入れできてないアンタを整えるのに三日で済ませてあげるのよ。むしろ喜びなさい」
「恐ろしい事をおっしゃる」
「いつか絶対にやってあげるから。楽しみにしてなさいな」
苦笑いで流した。
………………………………ふたりきりって言われてたな今?うっかり流してしまったけど。
「そろそろ行きましょうか」
確認するべきか悩んでいると、シェーンハイト先輩が立ち上がる。先輩たちもそれに倣って席を立った。慌てて立つ。
そうして再び荷物持ちタイムが始まった。みんな着飾った姿で、輝く街並みを歩いていく。
シェーンハイト先輩は何事も無かったかのような顔で、みんなの前を歩いていた。次に行くお店ももう決まってるみたい。
さっきの話は一旦忘れる事にして、今はこの時間を楽しむ事にした。
あらゆる意味で、きっと二度と同じ体験は出来ないのだから。