真紅に想いを馳せて
店の奥には広い空間が広がっていた。
この世界の建物は見た目と実際の広さが一致しないとかざらなのだが、この違和感には慣れそうにない。
店頭のフィッティングルームはディスプレイの意味合いが強いのか、用途が違うのか、とにかく沢山の部屋が並んでいた。
導かれた先の部屋は、店頭と同じく上品で落ち着いた雰囲気だ。どこもぴかぴか。壁を大きく陣取る姿見が目を引くけど、ドレッサーやソファも凄く高そう。ちょっとした応接室とか、控え室って言われた方がしっくりくるかもしれない。カーテンの仕切りの存在が唯一『試着室』っぽさを感じるけど、本当にそれだけ。
多分、セレブのお客さんとかはここに案内されて、個別に商品をオススメされたりするんだろうな。
「眼鏡はこちらへどうぞ」
と差し出されたメガネケースがまた凄く高そうでビビる。これただのコスプレグッズなのに。
メガネを外すと、少なからず反応があった。
「ほ、本当に顔が違……いえ、失礼しました」
「あー。お気になさらず。そういう意図があって着けてるものなので」
思わず声を上げてしまった人が、隣の人に小突かれて慌てて謝ってきた。本当に気にしないでほしいのでそう言ったけど、店員さんたちは神妙な顔で頷いている。
「ヴィル様からもそのように伺っております。なので眼鏡の無い状態でも、出来るだけ顔の印象が変わるようにしてほしいと」
「先輩からそんな話まで……」
気遣われてるなぁ、と心がじんわり温かくなる。
「女性スタッフだけで揃える事も出来ますが、いかがいたしましょう?」
「へ?…………ああ、いえ、大丈夫です。男なのは間違いないので」
「かしこまりました」
こういう気遣いも細かいなぁ。諸事情あって男のフリをしてる、なんて創作の世界だけの話だと庶民は短絡的に思うけど、このレベルの人たちだともしかして非日常でもないのかもしれない。
先に着替えから。サイズ調整もするって話だったけど、いつ作業していたのかは全然分からなかった。プロって凄い。
襟がフリルになっている緑色のシャツに、臙脂色のリボン。ズボンは膝下丈でぴったりしたデザイン。靴下が膝上まであるので肌の露出はほぼ無い。コルセットっぽいベルトを締めればほぼ完成の様子。ビジューの付いたケープマントはヘアメイク後、という事らしい。全体的に落ち着いた色合いで、華やかなのにギラギラしていない。
着替えてる間も割と人の出入りはあって、デザイナーさんやらヘアメイクさんやらが入れ替わり立ち替わり作業を進めてくれた。
肌も髪もシェーンハイト先輩が何かと気遣ってくれているとはいえ、素人の怠け気味のケアしかしてないので、触ってもらうのもなんだか恥ずかしい気分だった。でも質の悪い美容院みたいな辛口コメントなんて全然出なくて、むしろずっと優しく微笑んでくれていた。肌に触れる時も凄く手つきが柔らかいし、髪のセットも痛みが無いか何度も確認してくれた。
まさに至れり尽くせり。ハイブランドって凄い。
これはあれだ。ネットでたまに見かける『未来のお客様だから』って子どもにもめちゃくちゃ親切に接客してくれるタイプのお店だ。親切にされた子どもはその経験を胸に大人になって、憧れのブランドとして語るんだよな。
善意が巡るのは、きっとこの世界でも同じなのだ。
最後にケープマントを着れば準備完了。
「あ、最後にこれを」
「はい?」
「ユウ様は撮影係を担当されるとの事なので、道具入れをご用意しております」
差し出されたのは革製のポシェットだ。服と同じようにビジューに飾られていて、それでいて品が良い。言われるままかけてみると、一段と衣装が『らしく』なった気がした。
「とてもお似合いです」
「お手数おかけしました」
一礼すると、店員さんたちは笑顔で謙虚に返してくれる。でも雰囲気からして出来には満足してくれていそう。
「皆様はお着替えを終えて先にお待ちです」
「あ、はい」
また店員さんの案内で店頭に戻る。遠目から見てもハイソなイケメン集団がそこにいた。
ジャケットの色は統一されてるけど、デザインは三者三様。
ゆったりしたシルエットだけどだらしない感じはなく、雰囲気は躍動感があって少し刺激的な感じもするバイパー先輩。
同じくゆったりしたシルエットながらバイパー先輩とは形が全く違い、それでいて髪型や細かな動きから鋭さが見え隠れするアーシェングロット先輩。
そして肩のフリルと髪型で遊び心はありつつ、シンプルなシルエットで正統派にかっこいいエース。
「みんなかっこいい……!!」
思わず声を上げたのだが、三人とグリムはこちらを見てきょとんとしている。
「だ、誰!?」
「わざわざ声揃えないでくださいよ」
思わずツッコミを入れたが、向こうはふざけたつもりも無かったらしい。
「え、ユウ!?嘘でしょ!!??」
「これは……何というか、化けましたね」
「てっきりもっと中性的な感じでくると思っていたな……」
「なんか、いつもよりすげーガキに見えるんだゾ」
金持ちの飼い猫みたいなリボンしているグリムが素直すぎる感想を述べる。うるさいやい。
「ユウ様のお仕立てについては、普段の雰囲気から大きく変えてほしいとヴィル様からご要望がありました」
みんなの近くにいた女性が柔らかな口調で説明してくれる。どうやらこの服をデザインしたデザイナーさん、らしい。
……さっき着替えてる時に来た担当のデザイナーさん、男の人だった気がするんだけどなぁ。まぁいっか。
「映画祭では撮影係を担当されるとの事。またグリム様を背負ったりなさるとの事で、動きやすいデザインと同時に全体に強度を上げる加工を施しております」
「ああ、ユウの制服、グリムが背中登るから前はしょっちゅう毛羽立ってたもんな」
「そうそう」
見かねたクルーウェル先生が怒りつつ魔法で加工してくれて、現在も元気にグリムは僕の背中を登ってくるわけですが。
「そうお聞きしましたので、背面のビジューは最小限にとどめております」
「後ろ髪はエクステですか?」
「はい。こちらもグリム様が肩に登られる事を踏まえて、リボンも含めて大きく膨らませずさりげないアクセントとして加えております」
「ユウ、ちょっと回って見せてくれ」
言われるがまま後ろを向くと、三人が微妙に呻いた気がした。
「…………これ、エクステの色、ヴィル先輩が決めたでしょ」
「そうなんですか?」
「はい。髪色のアレンジについて、ヴィル様からご要望を頂いております」
「……露骨、あまりに露骨」
「そう言うな。……まだ後輩を可愛がってるだけと言える範囲だろ」
先輩たちの呻きに苦笑いしつつ、ちょっと照れくさい。
エクステは地毛とのつなぎ目は僕と同じ色で、毛先は普段の先輩と同じ薄紫に染められている。僕の髪色の方が色味が強いからよく見ると、ってぐらいなんだけど。
「こうして見ると、全員の色合いに統一感がありますね」
少なくともジャケットなど上着の色は統一されている。グリムのリボンでさえ使っている色はほぼ同じだ。
「スタッフとして統一感を出す意図があるのだろう」
「ひとりだけ見習いの子ども混ざってるけどね」
「じゃあ僕は見習いとして撮影係に集中しようかな!僕の分まで頑張ってね、エース」
「冗談だって。頼りにしてっから」
調子のいいヤツ。
「それにしても、この衣装……自分でオーダーするとしたら、いくら位でしょうか」
「値段を気にするのは程々にした方がいいぞ」
「ジャミルさんだって気にはなるでしょう?」
「……まあ、少しはな」
アーシェングロット先輩もバイパー先輩も真面目だからなぁ。結局、シェーンハイト先輩に見合う仕事を返せるか気にしているのかもしれない。
「値段教えてもらったら、『オレ、こんなに高い服を着たんだぜ!』って自慢できますもんね~」
「そういう優越感も持てますね。やはり正しい価値を知るのは、大切な事です」
「……下世話な話になったな。この話題はこれくらいで終わりにしておこう」
多分、ド庶民の僕からすれば信じられないような金額だろうと漠然とした予想は立つ。
金額を知ってしまったら、当たり前に届かないにしても自分の働きの値段を考えてしまって落ち着かないだろう。
知らない方が良い事も世の中にはあるのだ。
「しかしこうなってくるとヴィル先輩がどんな姿になるのか気になるな」
「お待たせ」
見計らったようにフィッティングルームの方から声がした。振り返り誰もが息を飲む。
いつもと思い切りシルエットの違う髪型、普段よりダークな雰囲気を強調したメイク、深い色を使った衣装。
一瞬で目を奪われ、釘付けにされる完璧な『美』。
跪かせるのに声一つ必要ない圧倒的な『力』。
一切の無駄を感じさせない洗練された姿に目を奪われ続けた。恐らく服の裾の動きや首回りの露出度のわずかな加減まで、緻密に計算されている。無駄なものなど一切ない、全てが完璧な姿だった。
「カ……カッッッッッコいいッ!!!!」
「エレガントなセットアップですね……思わず見惚れてしまいそうです」
「やはりダントツで似合っています。ヴィル先輩の洗練された印象が、さらにスマートになっている」
何も言えず黙っていると、シェーンハイト先輩と目が合った。感想は?と言いたげな視線にいつもの先輩を見出して少し気持ちが落ち着く。
「きっと、見た人みんなが釘付けになっちゃいます」
「当然よ。この美しさに見惚れない人間なんていないわ」
シェーンハイト先輩は満足そうだ。
「本番でも、会場にいる全員の視線を奪ってみせる。楽しみにしてなさい」
自信満々の笑顔が頼もしい。
確かに、これは誰もが目を奪われるだろう。映画のプロモーションである事まで忘れてしまいそう。
「一流たる名品にはドラマがある」
世界中の多くの作品がそうであるように、服という作品にも造り手がいる。その作品が生まれるまでに、職人たちの試行錯誤という物語があるのだ。
物語は積み重なり歴史となって、次に生まれてくる作品にも刻まれていく。
最新の進化さえ次の進化の可能性を持ち、歴史は連綿と続いていく。
着る者を華やかな、それでいて深い物語の中に引きずり込んでしまうような魅力のある衣装。
そんな感じの言葉で、シェーンハイト先輩は自分の纏う服を絶賛した。
「本当にお美しいです、ヴィル様~!」
店員さんたちが声を揃えて感激している。感極まった一部が床にへたりこんだり、あるいは盛大にぶっ倒れ、無事な他の店員さんに奥へ運ばれていった。
「す、スタッフさんたちが倒れた!!??」
「お騒がせして申し訳ありません。どうぞお気になさらず」
ヴィル様がいらっしゃった時にはよくある事なので、とマネージャーさんは涼しい顔で言った。道理で手慣れてらっしゃる。
「よくある……。そうなんですね」
「つーか、倒れたスタッフさんたち幸せそうな顔してんだけど。こんなのもう美しさの暴力じゃん」
言われてみれば、運ばれてる店員さんたちも腰が抜けながらシェーンハイト先輩を見つめる店員さんたちも、誰も彼も幸せそうな笑顔を浮かべている。エースの言い方は言い得て妙だ。受けた者が幸福になる暴力、というのも不思議だが。
「これが世界と渡り合うヴィル先輩の実力……。凄さを改めて実感したな」
バイパー先輩の言葉に頷く。
これだけ人を失神させといて、世界一の美貌じゃないとか言う奴いるんかって感じ。
「アンタたち、それぞれに用意したクチュールがよく似合ってるじゃない」
シェーンハイト先輩は僕たちを見て満足そうに笑っている。素直に喜ぶ僕の傍で、皆からうっすら冷ややかな空気が流れた。
「それはもう。ヴィル先輩がとても詳しいプロフィールを送ってくださったようなので」
「そうでしょう?正直なアタシに感謝なさい」
プロフィール?と首を傾げたけど、誰も答えてくれなかった。
でもシェーンハイト先輩から色々と要望を渡していたようだし、それの事かな。
うわ、僕の事なんて書かれてたんだろ。普段のケアがサボり気味なのも書かれてたのかなぁ。だからわざわざ指摘しなかったとか。
「思っていた以上に上等な野菜に見えるようになった。アタシのオーダーをよく具現化してくれたわね」
「具体的な意見を聞かせてくれたおかげで、逆にイメージが膨らんだのさ。私の自信作だよ」
知らない声がシェーンハイト先輩の言葉に応えた。ショップマネージャーさんよりさらに年上の、上品な装いの男性が立っている。店員さんたちとは明らかに雰囲気の違う服装だった。
失神した店員さんの出入りの間に出てきたのだろう。シェーンハイト先輩を見過ぎて全然気付かなかった。
「誰だ、このおっさん」
「リュクスのチーフデザイナーでございます」
グリムの無礼な質問に、ショップマネージャーさんは丁寧に答えてくれた。突然の偉い人登場に先輩たちは驚きの声を上げる。
「ブランド創設期からチーフを担当しているトップクチュリエです」
「靴入れ?」
「クチュリエ。高級服飾店のデザイナーの事ですよ!」
「あの有名な世界的デザイナー!?と、とんでもない重鎮が出てきたな……」
先輩たちの反応を見るに、やはり有名な人のようだ。その反応にも納得の貫禄というか、雰囲気のある人だと思う。
……もしかして、一瞬だけ来たデザイナーの男の人、あの人だった?緊張してそれどころじゃなかったから記憶が曖昧だけど。
そんな人を相手に、シェーンハイト先輩は一切気後れせず喋っていた。まるで親戚のおじさんと喋ってるみたいな気安さだ。
「その凄い人相手にヴィル先輩、タメ口なんすけど」
「二人の様子を見るに、お互いトップの表現者としてリスペクトし合ってるんだろうな……」
ドン引きしているエースとバイパー先輩とは対照的に、アーシェングロット先輩は一歩前に出た。
「初めまして。私はアズール・アーシェングロットと申します。この度はとても素敵な服を作ってくださりありがとうございます。大変気に入りました」
「そう言って頂けて嬉しいです。お客様の笑顔は私たちの何よりの喜びですから」
チーフデザイナーさんは学生相手でも丁寧に対応してくれた。僕らなんて孫ぐらいの年齢だろうに。
「うわ、アズール先輩なんか急に笑顔二割り増しになってる。態度変わりすぎて不気味なんですけど」
「有名デザイナーが現れた途端、ビジネスモードに入ったぞ……」
今度はアーシェングロット先輩の態度にどん引きしている。僕は苦笑いするしかなかった。
話の様子からして、あの人が大まかなデザインを作った、という感じだろうか。解説をしてくれた女性のデザイナーさんとか、細かい部分を複数のスタッフさんで詰めていく、みたいな感じなのかも。この規模の有名ブランドだと、一から百まで一人でデザインするってわけでもないのかもしれない。あくまで想像だけど。
「グローブはどうだい?オーダー通り、宝石と刺繍でラグジュアリーに彩ったけれど」
チーフデザイナーさんがシェーンハイト先輩に問いかける。
見れば確かに、先輩の手の甲が宝石に彩られていた。全体的に暗めの色使いでシックな印象だから、宝石なんか使ったら悪目立ちしそうなのに、確かに輝いているのに違和感が全くない。
「品質とデザインを両立させた素晴らしい出来映えだわ」
シェーンハイト先輩も出来には満足しているようで、にっこり笑ってそう答えた。
「それにこのグローブ。アタシが指先をこうやってほんの少し動かすだけで……」
先輩が手を動かす。光が煌めいてひらりと踊り、その光が宿る指先を目で追ってしまう。
「ほら。今みたいにみんなが視線を外せなくなるほどの美しさがある」
僕だけでなく、みんなも指先を見つめていたらしい。シェーンハイト先輩の言葉で我に返った様子だった。
「お、思わずヴィル先輩の指の動きを追ってしまった」
「僕もです。魔法を使われたわけでもないというのに……」
シェーンハイト先輩は満足そうな笑顔でチーフデザイナーの人と言葉を交わす。
「はーい、ヘアメイクさん。ヴィル先輩の髪のポイントも知りたいっす」
「お任せを」
エースが調子よく声をかければ、ヘアメイクさんがすぐに返してくれた。こういう時、陽キャは得だな。
「一つ目はフロントアップした前髪です。右サイドに流して、ミステリアスさを演出いたしました。二つ目は後ろ髪。こちらは、ゴールドリーフのバレッタでアップヘアにまとめております」
普段とは大胆にシルエットが違う。寮服のまとめ髪にティアラの装いも素敵だけど、まとめた髪に飾りがついてるのも綺麗だなぁ。
前髪にボリュームがあるから、頭の上の髪飾りはいらない、って事なのかな。全体的に上品だし、これ以上足すとちょっと多すぎるって感じなんだろうか。よくわかんないけど。
「ヴィル先輩の美しさに服も髪も負けてないっつーか、その逆も然りっつーか……とにかくカッコよ過ぎ!」
「衣装にヘアスタイルにメイク……どれも細部に至るまで、こだわりを感じました。これがリュクスが丹精を込めて造り上げた美しさなんですね」
圧倒されます、とアーシェングロット先輩が言い添える。僕も頷いておいた。
「俺たちの服の色遣いがシックな分、ヴィル先輩の華やかさがより引き立つな」
「確かに。比べてみると、僕たちがヴィルさんの従者のようですね」
「よく気付いたわね」
チーフデザイナーさんとの会話が一段落ついたらしい先輩が歩いてくる。僕たちに向かって微笑みかけた。
「そう、それがアタシとアンタたちの衣装のコンセプトよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。アタシの着ている衣装は、美しき女王をイメージして制作されたもの。そしてアンタたちの衣装は、美しき女王に仕えていた狩人をモチーフにデザインされている」
僕がこの世界に来てから聞いた女王にまつわるエピソードの中で、薬学に関するものと並ぶくらい耳にするのが『狩人』の話だ。彼女に忠誠を誓ったとされる男性。さっきの映画の話でもそんな例えがされていたし。
「『Beautiful Queen』にも登場する狩人の衣装は、輝石の国ではとても人気の高いスタイルなの。ルークがあの映画を初めて見た時も凄く気に入ったみたいで、ずっと服について話していたわ」
女王を真似するのは恐れ多いけど狩人なら、みたいな心理もあるのかな。それを抜きにしてもおしゃれなのかもしれないけど。
「あー、ルーク先輩、くじ引きでハズレたんですよね」
エースが白々しく言う。僕の向ける疑惑の目には気付いた様子はない。
「当たりだったらこの衣装を貰えたのか。後で知ったら残念がるだろうな」
「どうかしら。アイツの事だから、自分が着れなくてもアタシたちの写真を撮って送れば満足するかも」
確かに、ハント先輩なら誰のためだろうとリュクスクチュールの凄まじい完成度を称えまくりそうだ。……っていうか、ハント先輩のご実家も金持ちの気配がするから、案外やろうと思えば自力でやれるのでは?やろうと思うかはわかんないけど。
今回の衣装は、最新且つ最高のセンスを持つシェーンハイト先輩による依頼っていう前提があるから、そこに価値を見出すなら自分で依頼しても意味ないのかもしれない。
…………そ、そう考えると、この衣装本当にスゴい価値になるのでは?軽率に自慢とか出来ないでしょ、ここまでいくと。
「いかがですか、ヴィル様?」
「生地、刺繍、ボタン、ビジュー、そしてヘアメイク。全てが最高のクォリティ。満足よ」
先輩の笑顔に疑いの余地はない。店内に一層安堵の空気が流れる。
「なーんかヴィル先輩、すげー楽しそう」
「そうだな。学園ではあまり見ない表情だ」
「少々意外ですね。ヴィルさんは、こういう衣装を着る事に慣れていると思っていましたが」
「もちろん手の込んだ衣装を着ることは、アタシにとって日常。ビジネスでもプライベートでもね」
でもそれは退屈や無関心、倦怠と同義じゃない、と言葉が続く。
日常だから、慣れたから楽しくない、なんて事はない。
「ファッションやメイクはアタシにとって最大の楽しみ。メイク、ヘアスタイル、衣装、ジュエリー……それらをセレクトする時の基準は一つ。『アタシはこの世で一番美しいか?』」
「他の人が言ってたらドン引きするけど……ヴィル先輩が言うとなんか納得しちゃうんだよなぁ」
エースの言葉に何度も頷く。わかるわかる。
「このリュクスクチュールは、袖を通した時に心が躍る衣装だった。いい気分だわ」
満たされている事が見ている僕にも分かる。なんだか嬉しい。
エースの表情もぱっと明るくなった。
「オレもちょーっと気持ちはわかったかも。今、すげー楽しいし!」
「ええ。僕も陸に上がってから、こんなに楽しい事があるのかと思いました」
「身なりを整えるのは相手への礼儀であり、個人の娯楽でもある。奥深いよな」
「オレ様もカッコいい恰好をするのは、大好きなんだゾ!」
僕もうんうん頷いていたのだが、なんかみんなの視線が痛い。
「な、なにか?」
「そういえばユウの感想ちゃんと聞いてない気がすんだけど」
「えっ」
感想と言われても困る。肌触りも良いし動きやすいけど、高いって思ってるから落ち着かないとかそんな内容しかない。それでいいのか。
「僕たちとしては、ユウさんの顔を隠さず全く印象を変えてしまった手腕に驚きましたが」
「ユウとしてはそれはアリなのか?」
「あ、それは僕も驚きました。顔の印象を変えるのって、眼鏡しか手段がないと本当に思ってたので」
髪型とメイクでこんなにみんなの反応が変わるものか、とちょっと驚いた。シェーンハイト先輩は自慢げだ。
「先入観に囚われて視野を狭めるのは勿体ない。……とはいえ予想以上の変わりようで、正直に言うとちょっと驚いたのよ」
「ミドルスクール……下手したらエレメンタリースクールでも通用しかねませんよね」
「さ、さすがにそこまででは……ないと思いたい、んですけど」
この中だと僕はシェーンハイト先輩と同い年だから上の方なのに。そりゃ童顔と言われがちな民族ではありますけど。
「だがその雰囲気だと、グリムを連れてても違和感は無いな」
「金持ちの飼い猫と、世話してる小間使いみたいな」
「オレ様は猫じゃねえ」
「ま、まぁそういう所も含めて、イケメン従者集団のアクセントって事で」
「そうね。ユウだけ少し身長差もあるし、そう考えれば丁度良いわ」
ちょっと悔しい気はしつつ、でも正直新鮮だ。
人に服を選んでもらうと女装だったり中性的な雰囲気に寄せられがちだけど、この姿で女の子と間違われる事は恐らく無い。他人に着せられた服でそう思える事が、ちょっと不思議で、なんだかとても嬉しかった。
まぁシェーンハイト先輩の横にいたら僕の顔なんか霞むんだけど。そうなるとマジで『子どもっぽいのが横にいた』としか残らないだろうな。本望だけど。
「映画祭ではこの装いでヴィルさんがレッドカーペットを歩く……確かに広告効果は高そうです」
「あら、アズールの審美眼もまだまだね。ドレスアップはこれで完成じゃないのに」
目を丸くする僕たちを見て、シェーンハイト先輩は楽しそうに笑みを深める。
ここから更に増えるの?既に完璧に思える完成度なのに?
「明日にはティアラが届く。使われている宝石はダイヤモンド、ピンクサファイア、ルビー、エメラルド、ルベライト……全て合わせると百カラット以上」
「百っ!!??」
宝石の名前にもカラットって単位にも全く馴染みがないけど、なんかすごい事を言われているのは何となくわかった。すごい。
「実写版『Beautiful Queen』には、宝石鉱山を舞台にしたシーンがある。だからこの衣装には、ストーンジュエリーが紡ぐ物語性が欠かせない」
それは手袋だけでは足りない、という事のようだ。確かに手はバストアップだと見えないけど、ティアラなら顔を写せば入る。多分。
手袋の煌めきはその場にいる人はもちろん動画でも映えて、写真ではティアラが必ず写る。衣装のコンセプトはそもそも女王をイメージしているし、狩人をイメージした従者も揃えて、まさに使えるもの全てで『Beautiful Queen』を表現しているのだ。