真紅に想いを馳せて


 華やかな街並みをシェーンハイト先輩について歩く。
 先輩の言うとおり、どの店のディスプレイも華やかで見応えがある。全てがブランドの都合で作られた売り物のはずなのに、どの店もひとつの景色を作るために商品を並べているように思えた。
 シェーンハイト先輩が迷わず入っていったのは角地の建物だ。他の店と同じパサージュの店頭の形式だけど、吸い込まれそうな黒が随所に使われていて目を引く。ディスプレイも黒や紫を使った服が多く、一際品の良い雰囲気があった。
「え」
「こ、ここは……もしや……」
 エースの顔が驚きで固まり、アーシェングロット先輩とバイパー先輩が困惑を顔に映す。この世界の事情に疎い僕たちはその様子に首を傾げながら、先輩たちの後ろについてお店に入った。
 店内は見た目に負けない豪華さだ。それでいて品がある。品揃えは豊富ながら商品の並びには余裕があり、客がゆったりと商品を見て楽しめる造りだ。ディスプレイと見紛うような豪奢なフィッティングルームには、不思議と目を引く黒のカーテンがかかっている。
「ここは……『リュクス』!?」
 満を持してエースと先輩たちが驚きの声を上げる。
「超超超ーーーーー有名ブランドじゃん!」
「そうなのか?」
 グリムはきょとんとしている。食べ物の事以外は興味ないもんな。
 僕たちが固まっている間に、先頭に立っていたシェーンハイト先輩にお店の人が近づいてきて頭を下げた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、ヴィル様」
「ええ。今日はよろしく」
「お約束の件ですね。今すぐマネージャーを呼んで参ります」
 言うやお店の奥へ引っ込んでいく。他の店員さんは仕事を続けていて、こちらをちらちら気にしたりはしない。有名人が来店してもこの落ち着き。一流ブランドなのだと理解させられる。
 一方、エースはグリムの反応に驚きを示した。
「マジかよ?映画やドラマにも名前が出てくるじゃん。ハイブランドの代名詞みたいなとこだぜ」
「ええ。ウィンドウショッピングが目的の観光客でさえ、九割がこの店だけは必ず見に来るそうですよ」
 存在が常識みたいなブランド、らしい。
 そういえばこの店の雰囲気、なんか見た事ある気がする。……確か、映画祭の上演作品の中にハイブランドを題材にした映画があったんだよな。それでだったっけ。
「自立した大人の為の、ラグジュアリーファッションブランド。伝統を紡ぎながらモダニティを両立し、業界のトップに君臨し続けるオーセンティックメゾン。さらにハイジュエリーブランドとしても世界に知られているわ」
「……何言ってんのか、さっぱりわかんねー」
 怒濤の片仮名の羅列にグリムが疲れた顔をする。シェーンハイト先輩もちょっと渋い顔だ。
「俺もこのブランドのショップに入ったのは初めてだが、縫製も染色も、素晴らしいプロダクトばかりだ」
「よくわかるわね、ジャミル」
「熱砂の国は繊維産業が盛んなので、生地や織物ならたくさん見てきました。それに、高級な品を見る機会も多かったもので」
 近くの商品を見ていたバイパー先輩に、シェーンハイト先輩が微笑みかける。
「それじゃ……あのカーテンの価値もわかるかしら?」
 そう言って指を指したのは、あのフィッティングルームにかけられた黒いカーテンだ。
 鏡などの設備によってフィッティングルームだと解るけど、ぱっと見たらオブジェの類かと思うぐらい豪華で綺麗。むしろフィッティングルームとしては使ってません、って言われた方がしっくりくるくらいだ。
 バイパー先輩は言われるがままにフィッティングルームに近づき、カーテンをまじまじと見つめる。少し触れて、すぐに目を見張った。
「あっ、これは……!!」
「どうしたんすか、ジャミル先輩?」
「ここの服はどれもすごいと思っていましたが……このカーテンは特に素晴らしい!」
 珍しくバイパー先輩が声を張り上げた。思わず先輩でもそんな声が出るぐらいの代物らしい。
「かなりの年代物だ。伝統的な技法による手織りで、時間と労力をかけて作られている」
 慎重に触れながらも、先輩の目はしっかりと生地を見ている。見て触れるだけで解るなんて凄い。
「この手触りがとても心地よい。まるで、時を超えて語りかけてくるかのような、温かくて魅力的な存在感があるな」
「……ああ、なるほど。これなら僕も知っています」
 バイパー先輩に並んでカーテンを覗きこんでいたアーシェングロット先輩が言う。
「見ているだけで吸い込まれそうなこの色は『闇夜の黒』……リュクスのアイコニックカラーですね」
「そうよ。美しき女王が闇夜に似合う黒を好んだという伝説から誕生した、艶やかで深い色合いの美しいブラック」
 シェーンハイト先輩が笑みを深めれば、バイパー先輩は感嘆の息を吐き、アーシェングロット先輩も興味深そうにカーテンを見つめる。
「さすがだ……この闇夜の黒の格調高さには目を奪われますね」
「あの。先輩たち……すごいのはわかったんで、もうちょっと易しい言葉で褒めてもらえません?」
「へーん。オレ様の毛並みの方がキレイなんだゾ」
「比べるのもおこがましいぞ」
 グリムの発言をバイパー先輩がばっさり切って捨てる。ショックを受けた様子のグリムを撫でると、手を払われた。悲しい。ブラッシングしてるの僕なのに。
「『闇夜の黒』の染め方は、当然トップシークレット」
 何せブランドアイコンとなるカラーだ。独自性は絶対に守られなくてはならない。
「特殊な薬品を使って、林檎の木を燃やした炭で染めているらしいけど……世界中のファッションブランドが秘密のベールを暴こうと日夜研究しても、未だ実現した者はない。リュクス以外には作れないと言われているわ」
「とても有名ですよね。このブラックを使った服は、値段の桁が一つ上がると言われています」
 Tシャツが十万マドルのハイブランドの世界の中で、桁が一つ上がる。
 怖くて絶対に触れそうにない。
「何か気になるものはあって?」
 無言の僕を気遣ってか、シェーンハイト先輩が声をかけてくれた。せっかくなので訊いてみようかな。
「あの、今回の映画祭で、ハイブランドを題材にした作品があったと思うんですけど」
「ああ、『フレーシュ』の事かしら」
「多分それです。もしかして『リュクス』と関わりがあったりしますか?」
「『フレーシュ』の創業者はリュクスの創設期のメンバーの一人なんですよ」
 知らない声が聞こえてそちらを向けば、店の奥からやってきた男性がにこにこと笑っている。
「ようこそ、ヴィル様。今回も当店にお越しいただき光栄です」
 男性が恭しく一礼する。この人がお店のマネージャーさんだろうか。シェーンハイト先輩は頷き、僕も会釈した。男性は僕に視線を戻す。
「映画では『フレーシュ』の創業者の人生と現在まで続くブランドのこだわりを取り上げており、縁深い間柄である当店も撮影に協力しました」
「そうだったんですね。……あの、恥ずかしながらブランドの事は詳しくないのですが、映画祭の事を調べた時にお店の内装の写真を見た気がして、気になったもので」
「ええ。何シーンか撮影が当店で行われております」
 だから場面写真としてSNSに投稿されていたって事か。凄い。
「何せ彼の人生を語るには『闇夜の黒』が欠かせないですから」
「と、言いますと?」
「『フレーシュ』の創業者は『闇夜の黒』の作り方を知っていたんですよ」
「それは……大問題なのでは?」
 男性は首を横に振る。
「いいえ。『フレーシュ』の創業者は生涯、その秘密を漏らす事はありませんでした。もちろん自身のブランドの商品に使う事も絶対にしなかった」
 師匠のブランドである『リュクス』の誇りを守り抜いたのだと、男性は語る。
 それでいて映画の題材になるぐらいの一流ブランドとして現代まで続いているのだから、相当な努力を重ねた事だろう。
 女王に仕えた狩人のごとき忠誠心は現代でもブランドの誇りとして語られており、今度作られた映画はブランドの歴史を祝うという意図もあるそうだ。
「今日の映画祭で上演予定でしたね。見に行かれるのですか?」
「いいえ。今回は他の作品を見ている余裕は無いの」
「でも、素敵なお話を聞けて良かったです。ありがとうございます」
 改めて頭を下げると、滅相もない、と男性は笑って返してくれた。
 話が終わると、シェーンハイト先輩は一層真剣な表情になる。
「頼んでおいた衣装を引き取りに来たわ」
「はい、いつもありがとうございます」
「それと、この子たちの服は出来てる?」
「もちろんでございます。ただいまお持ち致しますね」
 マネージャーの男性は一礼し、店の奥に下がっていく。
 一方で、僕も含めた同行者はシェーンハイト先輩の言葉に目を丸くしていた。
「ヴィ、ヴィル先輩!オレたちの服って……?」
「聞いた通りの意味。アンタたちが着る服を用意しておいたの」
 とんでもない内容を、事も無げに言う。
 これが量販店ならさておき、世界で知らない人の方が少ない有名ハイブランドの店内での発言だ。つまり用意されたという服も、このブランドの製品という事になる。
「この街でアタシの傍を歩くのに、アンタたちのイモ臭い恰好は相応しくないもの」
「ナイトレイブンカレッジの制服なんすけど!?」
「TPOを弁えなさい。ここはワールドプレミアイベントの開催地なのよ」
 確かに、制服では何というか、修学旅行の学生っぽいけど。
「今からアタシも美粧の街映画祭に相応しい衣装に着替える。なのに、一緒にいるアンタたちが制服で良いワケないでしょ」
「な、なるほど……?」
「俺たちもリュクスの服を着られる?そんなの想像もしてなかった……。これは……正直かなり、嬉しいな」
「いやほんとっすよ!信じらんねえ!見てるだけで終わると思ってた高級な服が着れるなんて超ラッキー!ヴィル先輩の後輩で良かった!」
 珍しく素直に嬉しそうな様子のバイパー先輩に、エースが喜色満面の大はしゃぎで同調する。
 かと思えば、アーシェングロット先輩は難しい顔で考え込んでいた。
「オレ様のも?オレ様のもあるのか!?」
「ええ。もちろんグリムの分も依頼してある」
「やったー!」
 グリムもリボンにはこだわりがあるみたいだから、きっと嬉しいだろう。こんな高級店でグリムの身につける物を作られる事があるなんて思いもしなかったが。
「ありがとうございます」
 思わずお礼を言うと、シェーンハイト先輩は笑みを深めた。
「聞いて驚きなさい。それもプレタポルテじゃなくてクチュールよ」
「プレタ……食いもんか、ソレ?」
「プレタポルテは、高級ブランドで販売されている既製品の事だ。既製品と言っても大量生産な粗悪品じゃないがな。品質の保証された一流品ではある」
「クチュールはもっともっと特別な服。オーダーメイドで仕立てられた一点ものの衣装の事」
 バイパー先輩の解説にシェーンハイト先輩が補足する。
 デザイナーが顧客のためにゼロからデザイン、制作した完全オリジナルの服。
「つまりアンタたちが今から着るのは、『リュクスクチュール』よ」
「マ……マジで?オレのための一点もの?」
 エースが見るからに浮かれ倒している。
「うっわ、ますます信じらんねー!まさかリュクスのオーダーメイドを貰えるなんて!くじでズルした甲斐あったわ!学園に帰ったらたっぷりみんなに自慢してやろーっと」
「皆様にお喜びいただけて、私どもも嬉しく思います」
 学生の無邪気すぎる反応も、店員の皆さんは軽く流してくれた。一流ってすげー。
「学園に依頼して制服の採寸データをもらったの。今から細かなサイズ調整をするはずよ」
 ……僕の制服は作ったヤツじゃないんだよな、と思ったけど、そういえば前に『服を買いに行く時に参考にするから採寸させろ』ってシェーンハイト先輩がオンボロ寮に乗り込んできた事あったな。今回の同行が決まる前の話だったけど。
 真剣な顔であらゆる場所のサイズを測られて、ときめくよりめちゃくちゃ怖かったんだよなぁ。多分、僕の分はあのデータで作られてるんだろう。…………ふ、太ってはないはず。大丈夫。
「……いえ。こんな高価なものを無償で頂くわけにはいきません」
 とか考えてたら、アーシェングロット先輩から信じられない言葉が飛び出した。エースたちが目を丸くする。
「め、めちゃくちゃ意外なんすけど。大儲けだ~ってアズール先輩が一番喜ぶと思ってたのに……」
「高級品を一方的に頂くなんて、借りを作るも同然だ。ヴィルさんや初対面の方々に借りなんて作ったら、後で何を要求されるかわかったものじゃない」
 実にアーシェングロット先輩らしい理屈だ。
 つまりアーシェングロット先輩から何か貰ったら絶対に要求があると言ってるも同然な気がするんだけど。今は置いとこう。
「弱い立場に甘んじるなんてごめんです。僕はお断りします!」
「なんだコイツめんどくせー!」
 グリムの素直すぎる感想の背景で、学生の口からのまさかの発言に店員さんたちが驚愕している。
「当ブランドのクチュールを……まさか断られるとは……」
「お前ってやつは……さっきから妙に静かだなとは思っていたが」
 そしてバイパー先輩が呆れた顔をする。
「空気を読むとか、ヴィル先輩の顔を立てるとか、少しは周りに配慮しろ!!」
「周りに配慮して自らの身を滅ぼしていたら意味がない。この点は譲れません」
 どちらも実に先輩たちらしい意見だ。一年生たちは何も言えず見守るしかない。
 が、そんな状況をシェーンハイト先輩が放っておく訳もない。
「安心しなさい。アンタたちにはきっちり対価を支払ってもらう」
「た、対価!?」
「ホッ」
 ぎくりと強ばる僕らとは対照的に、アーシェングロット先輩は明らかにほっとした顔になった。
「ホッ……じゃないっすよ!リュクスクチュールの代金なんて払えるわけないじゃないっすか!」
「代金というわけではないのでしょう、ヴィルさん?」
「察しがいいわね、アズール」
 二人は視線を合わせ笑っている。シェーンハイト先輩は改めて後輩たちを見回した。
「アンタたち。明日、タピ・ルージュを歩くアタシについていらっしゃい」
 思わず放心する。
 そりゃ、シェーンハイト先輩は歩くと思ってたよ。思ってたけど。
「タピ・ルージュって、さっきのレッドカーペット!?」
「なぜヴィル先輩だけでなく、俺たちまで……」
「アンタたちには、アタシを完璧な状態に保つサポートをしてもらう」
「……さっぱりわかんねーんだゾ」
「具体的には何をさせるつもりですか?」
 バイパー先輩が説明を求めると、シェーンハイト先輩はしっかりと説明してくれた。
 まずは『ハガシ役』。
 映画祭のレッドカーペットを歩く時には、メディアやファンが傍に殺到する。歩いている人たちはその取材に応じたり、サインや撮影に対応しなくてはならない。
 しかし映画祭という行事であるからには、一つの作品のプロモーションに使える時間は限られているので、それら全てに対応する事は当然不可能。
 そういった人たちからタレントを守るのが『ハガシ役』の役目。作品の雰囲気によってはいかにもなボディガードを使ったりもするだろうけど、今回の作品にはそぐわないと判断したようだ。敢えて先輩と同世代の若い少年を着飾って使う、という方向性らしい。リュクスの服を用意したのも演出の一環、という事になるかな。
 これは幸いというか、護衛役に慣れているバイパー先輩がいる。アーシェングロット先輩も押しには強いし、エースも調子には乗るけど要望に押し切られるようなタイプじゃない。周囲を見る目も持ってる三人だから、問題なく出来るだろう。僕も腕力だけならまぁどうにか力になれそうだし。
 ……これ、予定通り映画研究会の人たちが同行してたら彼らがやってたって事だよね?果たして良かったのか悪かったのか。
「二つ目はメイク直し」
 レッドカーペットを歩いている最中、ヘアメイクのスタッフを連れ歩く事は出来ない、らしい。まぁ大名行列みたいにサポートスタッフ引き連れて歩くわけにもいかないもんな。美しさを重視するなら尚更。
 ハガシ役とメイクサポートを僕たちが出来れば一石二鳥、という事だ。
「めちゃくちゃ専門的な仕事じゃん!?」
「そんな重要な役目が俺たちに務まるかどうか……。ヴィル先輩、服はお返ししますので考え直しては?」
「却下」
 即答だ。
 まぁオーダーメイドの衣装なんだから返せばチャラとはならないよなぁ。世知辛い。
「三つ目は……ユウ。主にアンタの仕事よ」
 名指しされて思わず背筋を伸ばす。
「レッドカーペットを歩くアタシを撮影しなさい」
「なぜユウに……専門のカメラマンがいるのでは?」
「当然何人もいるわ」
 そりゃメディアも駆けつけているのだし、映画のプロモーションなんだからその関係の撮影もたくさん入るだろう。
 それでも尚、僕が撮影する意味って。
「ユウに頼みたいのは、アタシのマジカメアカウント用。レッドカーペットを歩いている時のライブ感が伝わるような、ね」
 それには実際に一緒に歩いて、すぐ傍で撮影できる人物が適任。
 シェーンハイト先輩はにっこりと笑いかけてくる。信頼と、ちょっとだけ挑戦的な視線を向けてきた。
「学園でも色々と撮影しているアンタなら、慣れてるでしょう?」
「そりゃ、ゴーストカメラは預かってますけど。……で、出来るかなぁ……」
「心配すんな、オレ様も手伝ってやる!」
「おいおい、余計心配になるっつーの」
 エースとグリムが喧嘩しないように、とりあえずグリムを抱え上げた。睨み合う視線を遮るように、アーシェングロット先輩の咳払いが響く。
「それらの仕事が、僕たちの衣装の対価というわけですね」
「そういう事」
「あーあ。レッドカーペットを芸能人みたいに歩けると思ったのに」
「いいじゃないか。リュクスクチュールの対価にしては破格の条件だぞ」
「ま、確かに一回の手伝いで済むなら全然オッケーっすけどね!」
 働いて返せなんて言われたら何十年もかかりそうだし、とエースは肩を竦める。……まぁ、うん。ここに来た時点で拒否権は無しも同然なんだよなぁ。仮定の話をしても仕方ないけど。
「割の良いビジネスである事は間違いありません」
「これで貸し借り無し。どう?」
「はい、契約成立です」
 アーシェングロット先輩も満足そうだ。
 タイミング良く、マネージャーの男性が戻ってきた。後ろに何人もの店員さんが続いている。凄い迫力。
「皆様、衣装の準備が出来ました」
「ですって。さっさと着替えてきなさい」
「はい」
 と返事はしたものの、店員さんに囲まれて生きた心地がしない。凄く緊張する。
「これは手厚いサポート体制ですね。大手ブランドのフィッティングを体験できるなんて、大変光栄です」
 先輩たちは涼しい顔だし、エースははしゃいでるし。グリムも全然平気そうだし。
「グリム様もこちらへどうぞ」
 女性の店員さんに手を差し出された。抱えていたグリムと顔を見合わせる。
「お、重いですけど大丈夫ですか!?」
「お任せください。慣れておりますので」
 店員さんはにっこり笑顔で言い切る。おそるおそるグリムを渡すと、しっかりと受け止めてくれた。優しく抱かれているからか、グリムもなんだか大人しい。
「にゃはは、気分いいんだゾ」
「グリム、店員さんの言うことちゃんと聞いてね!」
「くれぐれも問題は起こすなよ。俺たちの信用にも関わるんだからな」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
 僕たちの釘を刺す声は果たしてきちんと届いたのやら。なんだか殿様気分のグリムが奥のフィッティングルームに消えていった。
「うう、大丈夫かなぁ……」
「みんな、グリム様とお会いするのを楽しみにしていたんですよ」
「え?」
「グリム様を抱えていった彼女は、自宅で大型の猫をたくさん飼ってるんです。彼らはグリム様のようにおしゃべりはしないと思いますが、信頼を頂けるかと」
 扱いを熟知した動物好きもいるから安心してくれ、という事らしい。
 そうは言っても、厳密には猫じゃないしワガママだし火は吹くし心配事しかないんだけど。
「……すみません。本当にもう……」
「さあ、ユウ様もこちらへどうぞ」
 ガチガチに緊張している僕を見て、先輩たちが楽しそうに笑う。
「そう硬くなるな。プロが全部やってくれるから、言われる通りにしていればいいんだ」
「は、はい……頑張ります……」
 そう言われて緊張が解けるわけもなく。

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