真紅に想いを馳せて


 雑談をしながら、シェーンハイト先輩を先頭にした一行は街を進む。
「ふなっ!なんかキラキラした通りだな!」
 グリムが驚いた声を上げたとおり、路地は華やかな店が並ぶ大きな通りに入った。見上げれば透明な屋根がついている。
「高級アーケード街、『クリスタル・ギャラリア』よ。『世界で一番美しいパサージュ』と呼ばれている観光名所」
「パサージュってなんだ?」
「屋根のついた高級商店街の事だ」
「特に輝石の国では、あのようなガラス製の屋根のついたパサージュが多いんですよ」
 はえー、と一年生一同が間の抜けた声を漏らす。
 この辺りは天気が変わりやすい為、それに対応するために屋根付きの商店街が発展したのだという。雷雨で土砂崩れが起きるような事もあったらしい。美しいながら頑丈な石造りを基調とした街並みは、そうした過去の教訓から作られた側面もあるのだろう。
 豪華なガラスの天井は、ガラス工芸品が有名な『輝石の国』ならではの景色でもあるらしい。先輩たち曰く。
 ドワーフ鉱山は輝石の国に存在しており、美粧の街の近くにも入り口があったのだという。昔は様々な種類の宝石が発掘され、それがこの街の宝飾品の流通にも大きく影響していた。宝石の加工技術を転用する形でガラス工芸が発展し、その技術の粋を示すように『クリスタル・ギャラリア』のアーケードは豪華なガラス細工となっているようだ。
「かつては棺もガラスで作っていたっていう話よ。もちろん全部じゃなくて、特別な棺だけだったそうだけど」
 ガラスの天井を見上げながら想像してみる。
 あの綺麗な細工を施されたガラスの棺に、大切な人を寝かせる。とても綺麗で、きっと火葬どころか埋葬すら出来はしないだろう。ずっと傍に置いておきたくなるに違いない。
 現実にはそんな事をしたら日を追うごとにグロテスクホラーの絵面になるのだが。
「輝石の国に残る古い伝承に『ガラスの棺に寝かせれば、大切な人が生き返る』って話があるの。その言い伝えを信じた人たちがガラスの棺を求めたそうよ」
 大昔の話ね、とシェーンハイト先輩は冷たく言葉を切る。
「ガラスの棺ですか。機能性はともかく、さぞ美しかった事でしょう」
 アーシェングロット先輩が感じ入る様子で呟く。僕も頷いておいた。
「……ん?エースがいないんだゾ」
 グリムの声ではっと顔を上げる。言われてみれば、一緒に歩いていたはずのエースがいない。
「なんですって?」
「そういえば……ジャミルさんの姿もありませんね。つい先程までいたのですが……」
 アーシェングロット先輩に言われて、バイパー先輩もいない事に気づいた。エースはともかく、バイパー先輩が何も言わずにいなくなるのはちょっと不可解だ。
「アイツら、迷子になったのか?しょうがねーなー」
「グリムと一緒にするな」
 声に振り返れば、バイパー先輩が憮然とした顔で戻ってきていた。エースも一緒にいる。
「オマエら、どこ行ってたんだ?」
「あそこに気になる服があったから、ちょっとショップを見てたんだよ」
「俺は付き添っただけだ」
「アンタたち、勝手な行動を許した覚えはないわよ」
 ぴしゃりとシェーンハイト先輩が厳しい声で叱る。二人はビビった顔で背筋を伸ばした。
「アタシの意思にそぐわない行動をするなんて論外。今度やったら学園に叩き返す!」
「すんません!」
「な、なぜ俺まで……」
 不満げなバイパー先輩も、シェーンハイト先輩に睨まれて口を噤む。
「バイパー先輩はエースがはぐれないように付き添ってくれてたんですね」
「だとしても、離れる前に声ぐらいかけなさい。それで済む話でしょう」
 シェーンハイト先輩が呆れた顔になる。まぁそうなんだけど。
「そういうわけだから、エース。面白そうなものがあっても勝手に寄ってかないようにね。はぐれたら大変だから」
「お前、オレを小学生かなんかだと思ってる?」
「うん。知らない土地でふらふらするとか迷子の怖さと合流の手間を考えてない子ども並みだと思う」
 軽く掴まれそうになったけどさっと避ける。エースは尚も憮然としていた。
「スマホあるんだから合流ぐらいすぐできるじゃん」
「先輩が合流させてくれると思う?」
「……今は思ってない」
「学習が早くて何よりだな」
 終始劣勢のエースにバイパー先輩が微笑みかける。
「それで、その服は買わなかったのですか、エースさん?」
 アーシェングロット先輩が話を振ると、エースは調子を戻す。
「欲しかったんすけど、値段を見てびっくり!Tシャツ一枚、十万マドル!」
「十万!?」
 グリムがぎょっとした顔になる。僕もびっくりしたけど、この商店街のハイソな空気からすればあり得なくはないとは思えた。思えたけど。
「……それだけの価値があるって事、なのかな」
「まあ、そうなんじゃね?確かにめっちゃカッコ良かったし」
「アンタたち、ここをどこだと思ってるの?」
 シェーンハイト先輩が尚も呆れた顔をする。すみません、ド庶民なもので。
「この辺りのブランドの価格帯を考えたら、まだ良心的な値段だと思うわ」
「まあ、それは重々わかってはいたんすけど~。平凡な学生にはハードル高すぎ」
 改めて、住む世界が違うと感じる。いや異世界がどうとかそういうんじゃなくて。元の世界でも感じる事のある生活水準の違いってヤツ。
 うちだって決して貧しい家庭ではないけど、ファストファッションとか手頃な価格帯の通販使うし家具家電は量販店だし。
 確かに同じ世界に存在しているはずなのに、ガラス一枚隔てた向こうの世界なんだよな。
「名前は知ってるけど、店には入った事も無いようなハイブランドショップばっかだもんなあ」
「このパサージュに出店しているのは、厳しい審査基準をクリアした店ばかりなのよ」
 シェーンハイト先輩はいくつかブランドの名前を羅列する。何かで聞いた事はある気がするけど、どれも馴染みはない。
「ここに店舗を構えている事が、世界に品質を認められたというステータスになるの」
「ブランディングの為の、フラッグシップストアというわけですね」
「そもそもクリスタル・ギャラリア自体が有名な場所だしな。ブランド物に縁がない観光客も、ウィンドウショッピングがてら訪れると本で読んだ事がある」
「そうよ。このパサージュそのものに大きな意味があるの」
 店の外観も、商店街の景色を作る。美しい景色を損なわないために、並ぶ店舗にも厳しい審査基準を設けている、という事らしい。
「どのショップも美しさを追求したディスプレイにこだわっているから、見ているだけでも楽しめるはず」
 この景色の全てが芸術品。ある種の作品。
 クリエイターもこの美しい景色に刺激を受けるべく訪れるというのだから、その完成度は疑いようも無い。きっと時間帯によっても見せる顔が違ったりするんだろうなぁ。
「確かに、オシャレな服って見てるだけでもワクワクするよな。手の届かない服をこれだけたくさん見る機会もないし、今回はウィンドウショッピングを楽しみますか」
 エースは機嫌が直った様子で笑う。楽しげに通りを見回した。こいつ反省してない。
「さーて、次はどの店に行こっかな~」
「勝手にウロチョロしない!」
 シェーンハイト先輩が再び厳しく叱りつける。エースとグリムがびくっと身を竦めて固まった。
「アンタたちが最初に行く店はもう決めてある。黙って遅れずついてきなさい」
「店はもう決めてある!?オレらの自由は!?」
「忘れないで。今日のアンタたちはアタシのオマケよ」
 冷ややかに言い放つ。まぁ事実そうなんだよね。所詮穴埋め要員だし。
 エースは完全に旅行に連れてきてもらった気分だもんな。いっそ羨ましい。

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