真紅に想いを馳せて
あっという間の土曜日。
わくわくしすぎて眠れないかと思ったけど、前日にグリムの魔法史のレポートを遅くまで手伝っていた反動で寝坊する勢いでぐっすりだった。集合時間にはさすがに間に合ったけど。
映画祭で上演予定の作品をマジカメでチェックするのも楽しかった。ネットで話題の超大作から玄人好みの短編まで幅広い映画が上演されるみたい。
シェーンハイト先輩がどの映画を宣伝するのかは聞いてないけど、実は勝手に予想はしている。
多様な映画祭の上演内容の中で唯一、キャストやスタッフが一切公開されていない映画があった。
実写版『Beautiful Queen』。
調べてみると元はツイステッドワンダーランドでも有名なアニメ映画で、美しき女王を題材にした作品の実写リメイク作品だという。
シェーンハイト先輩は世界的インフルエンサーであると同時に、ナイトレイブンカレッジでは『美しき女王の奮励の精神に基づくポムフィオーレ寮』の寮長である。
他にもハイブランドの隆盛を題材にした映画や、先輩が子役時代に共演していた俳優が主役を務めるサスペンス映画なども候補としては考えられたけど、でもやっぱりこれが一番しっくりくる。
予想したから何というわけではないけど。僕が楽しいだけで。
シェーンハイト先輩は学業に集中するために時間のかかる仕事は受けていないという話なので、映画に出演はしていないと思う。しててもカメオ出演みたいな感じじゃないかなぁ。
だとしても、やはりプロモーションの内容は気になる。
もし予想通りなら、何の情報も出されていない映画の宣伝をする事になるのだ。鮮烈に印象を残し強く興味を引くような演出をするんだと思う。
そんな姿を間近で見られるかもしれない。
尊敬する大好きな先輩が、世界の大舞台で輝く姿を、間近で!
うきうきと心を弾ませながら集合場所の鏡の間に入ると、すでにアーシェングロット先輩とバイパー先輩が来ていた。微妙な間隔を空けて立っていた二人は、僕の顔を見て表情を明るくする。
「おはようございます、ユウさん、グリムさん」
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようなんだゾ」
和やかに挨拶をする。さりげなくバイパー先輩が僕をアーシェングロット先輩の視線からの盾にするように移動し、アーシェングロット先輩は僕に近づく事でそれを無効化した。
二人は動機はどうあれ真面目な性格であり、こういった待ち合わせにはかなり早く来るタイプ。僕が来るまで何分あったか知らないが、相当気まずい時間を過ごしたような雰囲気があった。それを嫌がってるのはバイパー先輩だけで、アーシェングロット先輩は間違いなく面白がっているんだけど。
「あとはエースさんとヴィルさんですね」
「エースは今朝連絡来たんで寝坊って事はないと思いますけど」
などと話していると、鏡の間の扉が開いた。エースが笑顔で入ってくる。
「おはようございまーす」
いつもの調子の挨拶に同じ調子で返した。これで同行者は待ち合わせの五分前に全員揃った事になる。
「エースが五分前には来てるっていうのも珍しい感じするなぁ」
「しょうがないじゃん。ヴィル先輩だぜ?うっかり遅れたりしたら容赦なく置いてかれそうだし」
それはそうだな。というか置いていくだろうな、間違いなく。
「まぁ、何かトラブルがあった場合に備えて出発時間の十分前に集合としているのですけど」
「同行者の遅刻はトラブルに含まないだろうな、ヴィル先輩なら」
「でしょ」
そんな話をしていると、また鏡の間の扉が開いた。朝でも変わらぬ輝きを纏ったシェーンハイト先輩がそこにいる。
「おはよう。みんな揃ってるわね」
同行者全員が笑顔で挨拶した。先輩も不満は無さそう。
美粧の街へは例のごとく鏡を使っての移動になる。だから時間的制約はあってないようなものだけど、朝に集合時間を設定してる辺り、現地でやる事が沢山あるのだろう。スタジオツアーだって見る所いっぱいあるだろうし。
「いや~、無事にメンバーになれてよかった~!急にヴィル先輩が『闘って勝ち取れ』なんて言うから、どうなる事かと思いましたよ」
あのメンツ相手に拳で勝負なんて勝てるわけないっての、とエースが呟く。バイパー先輩やアーシェングロット先輩も同意を示していた。
「アーシェングロット先輩がくじ引きを提案してくれなかったらどうなってたんでしょうね」
「ま、オレ様と子分なら楽勝だっただろうけどな!にゃはは」
「それは無いって……」
ただでさえ魔法に関しては上級生が有利なのに、魔法無しの格闘戦でも強い人がかなりの数いた。僕たちが二人で協力して闘っていたとしても、あれだけ目立って集中砲火を食らっていたらまず最初に脱落していただろう。
幸運だった。本当に。
「校内でトラブルを起こすのはよくありませんから」
アーシェングロット先輩は涼やかにそう言ったけど、本心からそう思ってないんだろうな、という気はする。騒ぎの場にいた事による減点を恐れた、とかそんな感じだろうか。
「……でもなんか、外れた人にはちょっと申し訳ないな。僕一応、最初は辞退してたし」
「そんなの気にすんな。運なんだから、ラッキーって思っとけばいいんだゾ」
「『ラッキー』ねぇ……」
僕とグリムの会話に、エースが意味深に言葉を挟む。揃ってエースの顔を見た。
「それってオレとジャミル先輩とアズール先輩も含めて言ってる?」
「ふな?」
「用意周到なアズールが運任せの勝負なんてするわけがないだろう」
首を傾げる僕たちに、バイパー先輩が言う。
「ヴィル先輩が条件を提示してきた時、俺とエースがアズールに声をかけられたんだ」
「はい。お二方に共同戦線をご提案させていただいたんです」
そしてアーシェングロット先輩はしれっと不正行為を認めた。共謀の二人も特に悪びれた様子はない。
「まずはアズールがくじ引きを提案し、俺がそれに賛同する。一人より二人の方が説得力があるからな」
「ええ。賛同者が同じ寮のジェイドやフロイドだと共謀を疑われかねない。他寮のジャミルさんの方がみなさんの賛同を得られやすいと判断しました」
二人は同じクラスだが、微妙に仲が悪い。成績優秀で計算高い策略家、とキャラも結構被っている。というかそもそもオクタヴィネルとスカラビアは定期テストでトップを争っている寮だ。
アーシェングロット先輩の提案に疑いもせずバイパー先輩が乗っかる、というのが実はなかなかに不自然な構図だったのだ。あの時は殺伐としてたから、今となって気づいたレベルだけど。
「んで、オレは三人が当選できるようにくじに細工をする、と」
エースは手品を特技にするぐらいに手先が器用で、視線誘導や死角を突くのが非常に巧い。僕からプリントやペンを借りたのも、唐突な依頼であるとアピールするためのものだったのだろう。『何か仕込んでる暇なんかありませんよ』って。
実際は唐突な依頼だろうが、彼にとってはくじに細工するぐらいどうという事は無かったようだけど。
エースは先輩たちににっこりと笑いかける。
「声をかけたって事は、オレの器用さを見込んでくれたんですよね?嬉しいな~」
「そうですね。エースさんの手際の良さならくじへの細工も可能だろうと思いまして」
互いが得意な事で協力しあって利益を得られる取引だったのだとアーシェングロット先輩は自慢げだ。確かに咄嗟の判断にしては最良の人員を選んだと言えそう。
「ふな?オレ様と子分は?」
「お前たちは、フツーにくじで当たったの。マジで運が良かったじゃん」
「にゃっははは!そうだな!さすがオレ様だ!」
エースの言葉にグリムはご機嫌だが、僕は首を傾げる。アーシェングロット先輩もバイパー先輩も、そしてエース自身も、わりとくじ引きの中盤でくじを引いていた。グリムの時だって細工は出来ただろう。一番最後だった僕なんて言わずもがな。
「……本当に?」
「本当だって。あと二人なんて誰でも良かったもん。ねー先輩たち?」
「ええ。勿論、ユウさんとご一緒できるのも嬉しいですが」
「そうだな。グリムだけだと制御が不安だったが、君がいるならそこに心配もいらないだろうし」
「ふーん……」
僕が顔を覗きこむと、エースは居心地悪そうに目を逸らした。怪しい。
「……そんな事だと思った」
それまで黙って聞いていたシェーンハイト先輩が冷淡に呟く。それを聞いたエースは目を丸くした。
「あれっ、ヴィル先輩、気付いてたんすか!?ズルしたのに止められなかったから、てっきり気付いてなかったのかと……」
「馬鹿正直に真正面からぶつかり合う事だけが、正しいわけじゃない。あのくじも自分たちの長所を活かした闘い方の一つ。合格よ」
「ヴィルさんならそうおっしゃるだろうと思っていました」
アーシェングロット先輩が嬉しそうに笑う。バイパー先輩もちょっとほっとした顔だった。みんなの様子を見たグリムが首を傾げる。
「オマエら、そんなに美粧の街に行きたかったのか?」
「もちろん!」
三人が笑顔で応える。
「美粧の街は高級ブランドショップが建ち並び、たくさんのセレブが集まる場所。ビジネスを学ぶ者としては、勉強の為に一度は訪れたいと思っていたのです」
「オレはセレブなファッションが集まる街って聞いてずっと気になってたんだよねー。だから、こんな風に遊びに行けるなんてめちゃラッキーってカンジ!」
「俺は映画スタジオの見学に興味がある。熱砂の国にいた頃は、カリムに付き合ってよく映画を観ていたんだ」
バイパー先輩の言葉にエースが反応する。
「へえ~、カリム先輩の事だから、家の敷地内に映画館とか作っちゃいそう」
「ああ。三つ作っていたな」
「三つも!?」
「まるでテレビを買い足す感覚ですね……」
「あちこちでポップコーンを作ったりホットドッグを作ったりで忙しかったよ……」
そしてフードはバイパー先輩の提供なんだ……。大変だな、従者って。
同情の視線が集まる中、先輩は咳払いして場の空気を戻す。
「そんな中で印象に残った作品は、あの街の映画スタジオで作られたものだった。見学できるなら嬉しい」
三者三様の動機を聞いてグリムはうんうん頷いている。
「なるほどなー」
「グリムは?」
「オレ様、ウマいもんをたらふく食いたいんだゾ!」
予想通りの返答にエースが機嫌良く笑った。
「んな事だろうと思ったぜ。わっかりやすいヤツ」
「グルメとなると……美粧の街はセレブ向けの高級レストランが有名ですね」
「そうなのか!?にゃっははは、楽しみだ!」
和やかな空気の中、バイパー先輩が僕に視線を向ける。
「ユウは最初辞退しようとしていたみたいだが、行くとなれば気になる所もあるだろう?」
「そうですね……スタジオ見学も気になりますけど、僕は映画祭そのものですかね。あまり人の集まるイベントごとには行かなかったので」
人の多い所に行くとトラブルに巻き込まれがちな人間だと自覚があるので、こういうイベントに行くという発想があまり無い。
「シェーンハイト先輩がこんな大きなイベントで、どんなプロモーションをするのかも、凄く楽しみです」
思わず言うと、若干場の空気がしらけた感じがした。幾ら何でも媚びすぎだったかもしれない。後悔していると、シェーンハイト先輩が僕の頭を撫でる。
思わず顔を見たら優しく微笑まれた。なんだか恥ずかしい。
「さて……そろそろ時間だわ。おしゃべりはこのくらいにして、出発しましょう」