真紅に想いを馳せて


「あー………………退屈だ」
 穏やかに日差しが降り注ぐ午後。夕方と言うにはまだ少し早いぐらい。
 真冬に比べれば日は長くなり、しかしまだまだ肌寒い瞬間もある今日この頃。
 授業を終えて、どことなくのんびりとした空気が流れる中、寮への帰り道をぼんやりと歩いていた。何の予定もない放課後なんて珍しくもないのに、グリムは気怠げに僕の肩の上に座ってダラダラしている。下ろすと地面に寝そべって動かなくて、さすがに邪魔なので置いていくのも気が引けた。
 でもそろそろその辺に転がして置いていこうかな。肩車だって別に重くないワケじゃないし。
「なんか楽しいことねーかなぁ」
「魔法史のレポートの課題終わらせたら?提出期限週末でしょ」
「イヤだ!勉強って気分じゃねーんだゾ!」
 気持ちは分かるけど、我が儘だなぁ。
「また勝手に写したりしないでよね」
「そんな事しねえんだゾ。ユウのだって別に出来がいいワケじゃねーし、次はもっと良いヤツのを写すつもりだからな」
「グリム、緊急離脱の練習しようか」
 言うなり肩からグリムを無理矢理下ろして、首根っこを掴んで手近な窓に向かう。ちなみにここは三階である。
「あーーーーーーーーー!!!!!!!!ぎ、虐待なんだゾ!!イデアに言いつけるからな!!!!」
「なに言ってるの?有事に備えた立派な練習だよ。グリムは身が軽いし魔法が使えるから大丈夫大丈夫。うっかり手に力が入りすぎて勢いがつくかもしれないけど」
「は、離せ~!オレ様が怪我したらユウだって怒られるんだゾ!」
「それはしょうがないねぇ。でも不正を働いた相棒のせいで怒られるよりはマシかな?ほら、あんまり暴れると合図する前に手が緩んじゃうかもよ」
 窓を開けた所で、グリムの喉からひぇっと声が漏れた。
「宿題ちゃんとやる!写したりしない!!」
「本当に?」
「ウソだったらツナ缶やるから!!絶対しない!!!!しないからやめてくれぇ~!!!!」
 最後は割とガチの泣きが入っていた。仕方ないので下ろしてやる。
 ここまで怖がるのは、前回本当に窓の外まで引きずり出したからだろう。前々回は二階だったので普通に落としたけど。下が柔らかい植え込みだったし、グリムの身体能力なら大丈夫だろうと踏んでの事だったんだけど、居合わせたエースが風の魔法で助けてやってた。
『いくらモンスターだからって容赦がなさすぎねえ?』
 とエースにすらドン引きされたのが懐かしい。でもここまでされてまだ不正を働く気満々のグリムも大概だと思う。
「そんなに暇なら、オンボロ寮でゴースト達にマジフトの練習でもつけてもらったら?」
「ううう~……それもなんか違うんだゾ」
 窓を閉めながら言ってみたけど、グリムの表情は複雑だ。面倒だなぁ。
「ユウ、グリム!」
 そんなやり取りをしていたら、エースに声をかけられた。隣にはデュースもいる。
「よお、エースにデュースじゃねーか」
「お前ら、ヴィル先輩見てない!?」
 エースは随分慌てた様子で尋ねてきた。不意に出た名前に心臓が飛び出そうになったけど、全くそんな様子は出さずに首を傾げてみせる。
「ふな?知らねーんだゾ」
「僕も知らないけど」
「マジ?絶対ユウのトコ行ってると思ったんだけどなぁ……」
 デュースも頷いているけど、イマイチ話が掴めない。デュースが僕たちの困惑に気付いて説明する。
「すごい噂を聞いたんだ。みんな、シェーンハイト先輩を捜しているぞ」
「噂?」
 微妙に答えになってないんだけど。
 でも『みんな』ってどういう事だろう。
「よくわかんねえけど面白そうなんだゾ」
「じゃあ二人も一緒に捜してよ。ユウが一緒の方が成功率上がりそうだし」
「だから噂ってなに?」
「それは先輩を見つけてから話す!今は急いで捜そうぜ!」
 エースに手を引かれるまま校舎を走り回る。すると程なく中庭が騒がしい事に誰とも無く気付いて、そちらに自然と向かった。
 中庭には大勢の人の姿がある。井戸を中心に、何十人もの人だかりが出来ていた。グリムを持ち上げて人垣の向こうを見てもらうと、グリムの表情はぱっと明るくなる。
「お、いたいた!オーイ、ヴィルー!」
 グリムが笑顔で手を振ったが、井戸の方から反応は無い。むしろ人垣の何人かがこちらを振り返り、一部はなんか顔色が悪くなった。
「げっ、監督生来てるじゃん!!」
「確定枠で別枠じゃなかったのか?」
 確定枠?
 話が分からないなりに、一応井戸に近づきはするものの、先輩の姿は人垣の隙間からしか見えない。グリムの声は聞こえただろうと思うが、こちらに視線を向ける事は無かった。
「ヴィルさ~ん。噂で聞いたんスけど……今週末に美粧の街で開催される映画祭に参加するって本当スか?」
 そんな中、最前列にいるブッチ先輩が代表のような顔で尋ねた。集まった全員の関心はそこにあるようで、誰もが期待の視線を井戸の傍にいるシェーンハイト先輩に向けている。
「どこで聞きつけたのやら」
 呆れた顔で溜息を吐き、先輩は頷いて肯定する。
「来年公開される映画のプロモーションの為に招待されたの」
「『美粧の街国際映画祭』……八十年以上の歴史を持つ、世界でもっとも有名なシネマコンベンション!」
 とても有名なイベントのようだ。
 映画祭と言えば、元の世界でもよくニュースになっていた。
 最新の映画が上映され、俳優達がファンにサービスし、高評価の作品には栄誉が与えられる。海外のセレブが集まり映画ファンが注目するイベントだ。
 自分のいた世界とツイステッドワンダーランドの共通点は割とあるが、こうしたイベントもどうも元の世界と同じ雰囲気らしい。
「うむ!作品がノミネートされる事自体が栄誉とされるワールドプレミアイベントじゃな」
「一般人には一生縁が無いような超セレブイベント!それに招待されるなんてさっすがヴィルくん!」
「毎年毎年、開催される度にテレビやネットのニュースで必ず取り上げられますもんね」
「有名な芸能人やクリエイターとか大物セレブが集まるんだよな~」
 みんなが口々に映画祭の評価を語る。そんな凄いイベントなんだ、と思ってシェーンハイト先輩を見たけど、目の前の状況が面白くない方が勝ってるようで表情は無い。
「その映画祭に、映画研究会のメンバーも何人か同行する予定だったんスよね?」
「そう。上映会までの空き時間に、映画の撮影スタジオ見学に連れていく……つもりだった」
 シェーンハイト先輩が招待を受けたから、ついでに部活の仲間にも勉強の機会を、ってところかな。面倒見の良い先輩らしい。
「だけど、映研の人たちが行けなくなっちゃったって聞きました」
「ええ。映画研究会で撮影中の映画で来週ロケ撮を予定していたんだけど、天気予報が変わって来週は天候が崩れそう」
 だから今週末に撮るしかなくなった。
 先輩が自分が現場にいない撮影を認めるって事は、よほど機会の限られるロケなんだろう。苦渋の決断だったろうな。
 それだけこのプロモーションの仕事も大事、という事。
 シェーンハイト先輩は学業に専念するために仕事をセーブしてるって話だから、部活よりも優先したいこの仕事もきっと選りすぐりの案件なのだろう。
「オーララ。映研のメンバーたちは、とても残念がっていたよ」
「実に気の毒だ。そして、映画祭やスタジオ見学に同行する人がいなくなった……という事ですね」
 じりじりと囲みが狭くなっているような気がする密度。シェーンハイト先輩が再び溜息を吐く。
「……回りくどい質問ばかりでいい加減ウンザリ。そろそろ本題に入ってもらえない?」
 にこにことやたら愛想のいい囲みに向かい、先輩は冷ややかな視線を向けていた。
「アンタたちは何の用で集まったのかしら?」
「代わりに、一緒に行きたい!」
「でしょうね。そんなところだと思ったわ」
 先輩の呆れた顔を気にもせず、みんなが口々に行き先への期待を語る。
「セレブの集まるファッション都市、美粧の街!一度行ってみたかったんだよね~」
「ねーっ!街並み自体がオシャレだし、マジカメ映えするものもたくさんあるだろうなあ」
「世界的な有名ブランドも数多く集まっていますしね。一流メゾンのブランディング……興味があります」
「街の近くには古い鉱山もあるとか。山を愛する会としては、興味が湧きます」
「美粧の街には行った事があるが、さすがに映画祭に参加した事はない。上映映画の関係者以外は会場に立ち入れんからのう」
 確かに。ファンがいるのは会場の外だもんなぁ。
 ……ツノ太郎もセレブと言えばセレブだけど、こういうイベントには縁がない感じなのかなぁ。でもああいうのって自国の開催でもない限り呼ばれないもんなのかも。
 そもそもツノ太郎が人の集まるイベントに呼ばれるイメージあんまり無いや。
「じゃが、ヴィルがいれば何の問題もない。VIP扱いで入場できる稀有な機会じゃ」
「それを言うなら、映画スタジオの見学もです。有名人のヴィル先輩がいれば、普段は入れないところもたっぷり見学できそうだ」
「私も映画や演劇は大好きだからね。本場の映画スタジオに興味津々だよ!」
「なんでもいーけど、知らない街に行くっておもしろそ~」
「うん!」
 賑やかな声に耳を傾け、グリムはうんうん頷いている。
「なるほどなー。みんなが集まってるのは、そういう事だったのか」
 そんな事を訳知り顔で呟くと、ぱあっと表情を明るくした。
「そんな面白そうな話なら、オレ様だって絶対行きたいんだゾ」
 でも聞こえる話の雰囲気と街の名前的に、絶対グリムに楽しい事ないと思うけどなぁ。
 言っても聞かないだろうから言わないけど。
「ヴィル!オレ様も連れてけ!!」
 グリムが群衆のざわめきに負けないように声を張る。反応がないので聞こえたかは分からない。
「俳優の鼓動が旋律を奏で、監督の情熱が空を焼く。光の舞台、夢の聖地。それが美粧の街……」
「イベントに参加するのにもショッピングをするのにも、一人では何かと不便では?」
「ええ。参加できなくなったメンバーの代わりに、僕にぜひお手伝いさせてください」
 先輩たちの言葉に続いて、みんなが建前を叫ぶ。下心丸出しの姿に呆れた様子ではあるけれど、シェーンハイト先輩は諦めたような顔で頷いた。
「……わかった。代わりのメンバーをここで選ぶわ」
 歓声が上がった。もはやここだけでお祭りでも始まりそうな勢いだ。
「今回のスタジオ見学は上映される映画のプロデューサーが手配したおかげで、特別に許可されたもの。直前になってキャンセルはできないし、元々人数の穴埋めはするつもりだった」
 一般の観光客向けのスタジオツアーとかではないみたい。それは興味あるなぁ。
 一般公開されていない撮影セットとかが見られるなら凄く楽しそう。こっちの世界と元の世界の違いとかあるんだろうか。とはいえ僕は元の世界でテレビドラマのセットぐらいしか見た事ないから、詳細に比べられる自信は無いんだけど。
 ぼんやりと考えていると、ただし、とシェーンハイト先輩の力強い声がはしゃぐ群衆を押さえつける。僕も我に返った。
「連れて行けるのは五人だけよ」
「五人!?」
「そうよ。だって、元いたメンバーの穴埋めだもの。アンタたち全員を連れて行けるわけないじゃない」
 群衆がどよめく。
 さすがに百人はいないと思うけど、もう結構な数がいる。競争率は高い。
 自分が先に話をされていれば素直に行きたいと言えたけど、この倍率じゃ難しそうだ。
 みんなが猫撫で声でねだったり自分の優秀さをアピールする中、僕はグリムを下ろして一歩後ろに下がる。
「ふな、ユウ?」
「え、なんで下がってんの?」
「僕はいいや。競争率高そうだし」
「えええええ!!!!ちょ、ちょい待ち、タイムタイム」
 エースが僕の肩を抱いて声を潜める。
「お前が言えば絶対ヴィル先輩、一緒に連れてってくれるじゃん!!」
「そりゃあね。でもこれだけ熱烈な希望者がいるんだったら、そっちに譲った方が良いでしょ。下手な事したら恨み買いそうだし」
「ええ……いくらなんでもお前……」
「そういうワケだから。頑張ってね、グリム」
 エースとデュースがいるなら、この場に僕がいなくてもいいだろう。行く気が無いならややこしいし。
 もしグリムが選ばれたら、その時は一緒に行く人たちに改めて世話を頼めばいい。
 素知らぬ顔でざわめく集団を抜け出そうとした瞬間だった。
「騒がしいわね」
 シェーンハイト先輩の声が背中に刺さる。言葉は僕に向けた内容じゃないのに、圧力がこっちに向かってきていた。
 何事かと思って振り返ったけど、相変わらず先輩の視線はこちらを向いていない。集まってる人たちを見回しているだけだ。
「このアタシに同行するのよ。よっぽど優秀な人間じゃなきゃ許さない」
 なのに引き続き、責めるような圧力を感じた。厳しい口調はいつもの事なのに、なんか凄く怒ってる気配がする。考えすぎだと思い直してとっとと中庭を出れば良いものを、なかなか足が動かせない。
 僕が固まっている間にも話が進んでいく。
「能力を問われる訳ですね。では、実力をどのように証明すれば?」
「簡単よ。闘って、勝ち取りなさい」
 簡潔、そして単純。しかし高難易度。
 一部がぎょっとしているのを気にもせず続ける。
「スポーツでも、拳でも、魔法でも、何でもいい。他より優れてると証明してみせて」
 あまり血の気の多くない面々が戸惑う一方で、色めき立つ者も決して少なくない。
「へー……面白そうじゃん」
「負ける気はしない、かな?」
「何かを求める皆の心、ボーテ!闘いは好まないが、そういう事なら私も全力を尽くすと誓おう」
 普段なら冷静に諭す立場であろうハント先輩までこれである。
 流れを見たグリムがこちらに駆け寄ってくる。
「おい子分!来なくていいから今だけ手を貸せ!!」
「え、なんで」
「ユウとオレ様は最強コンビだからな!二人で戦えばまず負けはねえ!!」
「い、いやさすがにこの人数相手はちょっと……」
 グリムが結構な大声を出すものだから、僕らのやり取りが聞こえた人たちの視線が集まる。さすがの殺気に背筋を悪寒が走った。
「期せずしてユウくんと一戦交える機会に恵まれようとは!」
「いいねぇ。小エビちゃん、一番最初はオレと遊んでよ」
「ルール無用、手加減なしで奇襲あり、恨みっこなし、って事で」
「めちゃくちゃ言ってるー!!!!」
 乱戦ならグリム一人の方が絶対に有利だ。他に比べて身体が圧倒的に小さいから、人の合間を駆け抜け続けるだけで恐らくは結構な数が潰し合いや事故で削れる。最後の一人ではなく五人に残ればいいのだから、グリムの素早さがあれば、正面から乱戦を闘うより絶対に楽だ。
 という説明をしてやりたかったのに、これだけ注目が集まってしまったらその作戦も伝えられない。
 囲まれてじりじりと距離を詰められ、思わずグリムを抱えて後ずさる。グリムまで怯えた顔になっていた。
「…………皆さん、落ち着いてください」
 一触即発の空気の中、アーシェングロット先輩の涼しい声が響いた。誰もが彼に視線を向ける。
「校内で騒ぎを起こせば先生に怒られて映画祭どころではありませんよ」
 一部はその声に『それもそうだ』という顔になったけど、好戦的な一部は抗議の視線を送っている。しかしそれに怯えるようなアーシェングロット先輩ではない。
「どうでしょう。ここは公平にくじ引きなど行っては」
「くじ引きぃ?」
「で、でも『他より優れている事を証明してみせろ』って……」
「運も実力のうち、と言うでしょう?この人数です。当選したものは充分『他より優れている』と言えるのではないでしょうか?」
 少しずつ剣呑とした空気が薄れていく。血気盛んな若者であっても、やっぱり戦闘の労力は小さくない。学年関係なく人が集まっているので、下級生は不利な状況だ。くじ引きならそれを気にする必要も無くなる。
「確かに、先生に目をつけられるのは嬉しくない」
 バイパー先輩が不承不承という顔ではありつつ、意見に賛同を示す。
「くじ引きなら実力が劣る者にも平等にチャンスが巡る。かといって誰かが大きく不利になるものでもない。何より、俺も余計な体力は使いたくないから都合がいい」
「ジャミルさんに賛成を頂けるとは嬉しいです。やはり僕たち気が合いますね」
「合理的だという事実を認めただけだ。他意は無い」
 ご機嫌のアーシェングロット先輩に、バイパー先輩は冷ややかに返す。そんな塩対応にめげた様子もなく、アーシェングロット先輩は笑顔で周囲を見回す。
「そういう訳ですから、どなたかにくじを作って頂きたいのですが」
「アズールが用意するんじゃねぇのか?」
「言い出した僕が作ったら不正を疑われてしまうでしょう?」
 そんな事をする気はありませんが、とわざわざ言い添える。確かにこの人が作ったら自分が当選するように細工ぐらいしそうだな。
 アーシェングロット先輩は集まった面々を見回し、一人に目を留めた。
「エースさん」
「オレ!?」
「簡単なもので結構ですから」
「え、えぇ~……」
 エースは困った表情だが、周りは誰も助けようとしない。それどころか『早く作れよ』みたいな視線が遠慮なく降り注いでいる。エースはちらりと僕の方を見た。
「いらない紙ある?」
「プリントとかならあるかも」
「あとペン貸して。この流れでオレのもの使ったらなんか言われそうだし」
 確かに、エースを見る誰の目も厳しい。やむを得ず終わった行事のプリントと一緒に筆箱を貸した。回収する手間があるから何となく隣に立っていたけど、くじの数決める時に僕も頭数に入ってたな?
 まあいっか。行きたい事は行きたいし、なんならグリムに譲ってもいいし。
 事の成り行きを見守る。適当な空き箱はどこからともなくアーシェングロット先輩が持ってきて、複数人で小細工してない事を確認していた。
 エースは当たりくじの絵柄をみんなに見せてから、他のくじと一緒に当たりを混ぜ込んで振る。お互いがお互いを監視するように、誰もが様子を見守っていた。
「おぉ!オレ様当たったんだゾ!」
 緊張した空気の中で、グリムが大声を上げた。ざわつく周囲をよそに、グリムは嬉しそうな顔でよじ登ってくる。見せてくれたくじには、しっかり当たりのハートマークが描かれていた。
「おめでとう、よかったね」
「オレ様ってば日頃の行いが良いからな~」
「魔法史のレポートもちゃんとやってね」
「ぐぎ……わ、分かってるんだゾ」
 期待を抱えた生徒がくじを引いては落胆して去っていく。その一方で。
「運任せの勝負は好きではありませんが、当たれば嬉しいものですね」
「期待はしていなかった。……たまにはこういうのもいいな」
 当たりくじも確実に出ている。お互いがお互いを監視しているのだから、不正を疑う余地もない。
「オレも引きたいんだけど、ちょっとだけ誰か替わってくんね?」
 エースがそう声をかけると、デュースが箱を持つ役を交代した。エースは悩みながらくじを引き、みんなの前で紙を開く。ハートマークが出てきて、周囲がどよめいた。
「おい、あと一人だぞ」
「こ、これ出なかったらもう一回やり直しとかある?」
 ざわついている中、エースがデュースからくじの箱を受け取ってくじ引きが再開される。期待と緊張に震える生徒たちが、やっぱり落胆して去っていった。
「えーっと、あと一枚?」
 箱を覗きこんだエースが呟く。くじ引きを見守っていた生徒たちに困惑が広がっていた。
 出てきた当たりは四枚。残りは一枚。くじの残りも一枚。
 正しくくじ引きが行われてきたなら、これが最後の当たりという事になる。
 そして、くじを引いていないのは僕だけだ。
「はい、監督生」
 エースが僕に箱を差し出した。僕は無言で箱からくじを取り出す。
 緊張感が高まる中、僕は平常心を装ってくじを開いた。
 紙の真ん中には、赤いハートマークがしっかりと描かれている。
「残り物には福がある、って事かな」
 呟きは周囲の悲鳴にかき消されていた。
「……決まったようね」
 誰かがごね始める前に、シェーンハイト先輩が静かに言った。
「同行者はアズール、ジャミル、エース。そしてグリムとユウ。以上五人」
 文句を言わせる気は無さそうだ。これ以上つきあってられるか、みたいな雰囲気。
「同行の必要事項は明日連絡するわ。日が無いからと言い訳せず、しっかり準備してきなさいね」
 五人が揃って返事した。
 不安が無い訳じゃないけど、……映画祭かぁ。
 ああいう人の集まるイベントごとは面倒な事が起きるのがイヤで徹底的に避けていたけど、そんな不安も吹き飛んでしまいそう。
 先輩の映画のプロモーションも楽しみだ。
 思いがけない幸運に、自然と胸は弾んでいた。

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