特別なごはんの日
「不公平だよね」
目の前で食事している二人が、僕の唐突な呟きに目を丸くする。
「突然レオナ先輩みたいな事を言ってどうした」
「何が不服だというんだ?」
逞しい肩幅と上背で、向こうの席が見づらい。体格に見合った筋肉も眩しい。
「この高身長マッチョどもめが……!!」
「またそれかよ」
ジャックが呆れた顔になる。セベクも憮然としている。
「エペルは身長が伸びるように栄養学も学んで努力しているというのに、お前は文句を言うだけか?」
「僕だって努力はしてきたもん。努力してこの身長なんだもん」
普段は忘れがちだが、僕と彼らには約二年の年齢差が存在する。それを加味しても、彼らと同い年の時、僕はもう十センチ小さかった。両親とも小柄じゃないのに。
「僕もせめてあと十センチほしい……」
「……二十歳過ぎてから伸びたって人もいるし、卒業してから身長伸びるかもしれねえだろ」
「伸びなかったら?」
「伸びると信じるしかないんじゃないか」
「づらい」
思わずテーブルに突っ伏す。頭上からは呆れたため息が聞こえた。
「ねえ、ちょっと。そこ空いてる?」
そして聞こえた声に驚いて身を起こす。
シェーンハイト先輩が隣の席に持っていたトレーを下ろしていた。
「邪魔するわよ」
「こ、こんにちは、先輩」
「今日はルーク先輩は一緒じゃないんすか」
「部活の方で何か用事があるみたい。席が空いてて助かったわ」
しれっと返しつつ、シェーンハイト先輩は食事を口に運ぶ。サラダ中心の、とても年頃男子には物足りなそうな内容だけど、この人にはごく自然な事だ。
「ところで」
声音が明らかに厳しく変わった。その怒りは間違いなくこっちを向いている。
「さっきの会話、聞こえてたんだけど」
「ひゃい……」
「アンタ、身長の低さを嘆くより先にどうにかしなくちゃいけない部分があるんじゃなくて?」
ぎくりと身体が強ばる。
「身長より……というと」
「体重よ」
「ユウの身体能力だと、無いとおかしいぐらいだと思うんスけど」
「そうね。この子が暴飲暴食しても大して見た目に変化がないのは筋肉量とそれによる代謝のおかげ」
でもね、と言いながら、先輩は左手で僕の頭を掴む。
「それはしっかりと食事をコントロール出来ていれば、体重をもう少し絞る事も出来る、という事よ」
おわかりかしら、と女神も裸足で逃げ出すような凄みのある笑顔を向けてくる。
「今は奇跡的に着痩せして解りづらいけど、身長に対してアンバランスなのよ。筋肉量を落として、体格が一回り小さくなったらベスト」
「そ、それはー……えー……」
「アンタ自身の甘い考えに自覚を持って頂けたかしら」
何も言い返せない。にこやかに笑って誤魔化すしかない。
そんな僕を見て、シェーンハイト先輩は呆れたため息をつく。
「……今日、午後の授業エペルと一緒でしょ?」
「あ、はい」
「何か当番があるんじゃないの?昼休みに合流しなきゃ、って昨日ぶつくさ言ってたわよ」
「あ!!!!」
思い出した。思わず時計を見れば、そろそろ合流しないと準備が間に合わない。
「シェーンハイト先輩、ありがとうございます!ジャック、セベク、またね!」
挨拶もそこそこに、急いで食器を片づけに走る。早く連絡しなきゃ、と焦りつつ食堂を後にした。
ユウが走り去った後、ヴィルは涼しい顔で食事を続けている。
「あ、あの」
セベクが戸惑った表情で、言葉を選びながら口を開いた。
「……ユウの筋力は、戦闘能力の支えです」
「そうね。それで?」
「それを減らせと言うのは……彼に、戦うなと言っているようなものでは」
「そうよ」
あまりにもあっさりと答えられ、セベクは言葉に詰まる。しかし尚も食い下がった。
「ユウは、魔法が使えないながらも身を守る格闘術に長けているからこそ、一目置くものも多いのだと思うのですが」
「弱くなったらアタシが守るからいいのよ」
今度こそ本当に言葉を失った。
「筋肉を少し落としたくらいで、腕力が少し落ちたくらいで、あの子の強さが変わるものですか。むしろ弱くなったくらいで、アタシに頼りきりになってくれたらどんなにいいか」
可愛いくせに守られるのが下手すぎるのよ、とヴィルは続けた。一連の発言で意図を察したセベクの頬に僅かに朱が差す。
「どうせ身長が伸び切らなかったのも、成長期前に筋肉付けすぎてるせいよ」
「ど、どうせって」
「……あの子にとってそれが大事だったのは解ってるんだけどね。小さな子どものうちから、体格で劣るなら打撃力で補わなきゃと焦ったんでしょう」
ため息交じりの言葉からは、彼への心配や哀れみが感じられる。
「とはいえ、あの女顔を活かすには最適のサイズ感なのよね。あのクソダッサイメガネの他は、あと一回り小さくなれば、それだけで最高なのよ、本当に」
一年生たちは何も言えずにいる。
ユウの愛らしい顔立ちが一部で好まれている事は、セベクたちも知っている。そこを理由に想いを寄せるものがいる事も知っている。
彼らの尊敬する人もユウに特別な想いを抱いているが、外見の要素を理由としていない事は『顔しか見ていない有象無象とは違う』という特別な印象を与えていた。
しかし目の前の人は外見に焦点を当てつつも、語る言葉は有象無象とは比較にならない程重い。ユウの最も美しい部分を称え、それを完璧にするためなら己の苦労も惜しまないと、当然のように語るのだ。
後輩たちの絶句をどう受け取ったのか、ヴィルは困ったような笑顔を二人に向けた。
「……愚痴っぽくなったわね。失礼」
「あ、いえ」
「もう行くわ。混んでるんだから、アンタたちも適当な所でどきなさいよ」
食事を終えたヴィルは、颯爽と席を立ち去っていく。セベクはその背中を見送り、ふと隣を見ると頭を抱えたジャックが目に入った。
「ジャック、どうした?」
「俺は……どっちの味方もしねえって決めたんだ……!!!!」
「何の話だ?」
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