特別なごはんの日




 つい衝動買いした業務用サイズのアイスクリーム。
 チョコスプレーかけ放題とかミニパフェとかいろいろやってあまりに楽しくて、つい二個目を買い足したワケだが、超序盤で飽きるという失態を犯してしまった。
『開封後はお早めにお召し上がりください』
 これを律儀に守るのには理由がある。『そんなすぐに腐るものじゃないし急がなくていいや』と後回しにすると、いつ開けたか忘れるぐらい放置してしまう事があるのだ。母も僕も家の中の食料を管理する立場として、そんな失敗をそこそこの頻度でやらかしている。血は争えない。
 よって忘れないうちに食べきりたいのだが、こんな時に限ってエーデュースは当番が被って忙しそうだし。
 せめて趣向を変えよう、とグリムと相談したのは昨晩の事。
 放課後にミステリーショップに立ち寄り、ホットケーキの材料を買い込んだ。今日はこれが晩ご飯のつもり。
 見慣れたオンボロ寮の鉄柵の前に、この時間帯には珍しい人の姿を見つける。
「ツノ太郎だ」
 ぼんやりとオンボロ寮を見上げていた様子のツノ太郎は、僕が呟いた声に気づいてこちらを見た。
「どうしたの?散歩?」
「ああ。……そんな所だ」
 意味深な沈黙挟むなぁ、と思っていると、ツノ太郎の視線が買い物袋に落ちる。
「今日はずいぶんと大荷物だな」
「これからホットケーキパーティーするんだゾ!」
「ホットケーキ……パーティー……?」
「ホットケーキ焼いて食べるだけなんだけどね」
 表情のわかりづらい視線が僕の手元の買い物袋に向いている。
「ツノ太郎も一緒に食べる?」
「……僕をパーティーに招待すると?」
「パーティーなんて大層なものじゃないよ。一緒におやつを食べるだけ。忙しいなら無理にとは言わないし」
「いや……その招待、受けよう。お前の頼みとあれば断れない」
 頼んではないけど。
 しかし何となくその態度で察した。
「もしかして、ヴァンルージュ先輩が料理してるから逃げてきたの?」
「……満腹になって帰れば、我が身は守れる。シルバーたちには悪いが……」
「連絡してやらねえのか?」
「部活中だ」
 セベクにはメッセージ送れるし伝えておいてやろう。……ヴァンルージュ先輩が馬術部まで迎えに行ってたら詰みだけど。
「じゃ、とりあえず入って入って」
 ツノ太郎を招き入れる。相変わらず気難しそうな雰囲気だけど、素直についてくる所が妙に可愛く思えたりする。
 ダイニングに座らせて先にお茶を出し、ホットプレートを準備。ホットケーキの生地を作って戻れば、ツノ太郎は興味深そうにホットプレートを見つめている。
「これで作るのか?」
「そうだゾ」
「枚数焼く時はフライパンより楽なんだよね」
 温めたらバターを塗って、生地を丸く流す。二枚の丸が横に並んだ。
 焼けるのを待つ間に、ソース類の準備をする。メープルシロップに蜂蜜、チョコレートソースにフルーツジャム。今の手持ちではこんなものだろう。
「子分、そろそろいいんじゃねえか?」
「縁が乾いてきた感じ?」
 グリムに呼ばれて戻ると、いい感じに火が通ってきていた。
「ひっくり返すのやりたいんだゾ!」
「お、挑戦する?」
「今度こそ華麗に決めてやるんだからな!見てろ!」
 フライ返しを構えて笑う姿を微笑ましく思いつつ、脇を支えてやる。言葉とは裏腹にそわそわした様子でホットケーキの下にフライ返しを差し込み、えいやっと思い切りひっくり返す。べちゃ、と勢い余った感じはあったが、ちゃんと鉄板に着地した。
「にゃはは!やった、成功だ!」
「こっちもやる?」
「やるやる!」
 今度はもう少しスムーズに成功する。我が子の成長を見守っている気分だ。
 ふと視線を上げると、ツノ太郎はこちらを興味深そうに見ている。いつもより優しい雰囲気。なんか気恥ずかしい。
「なんだ、ツノ太郎。オマエもやるか?」
「……いや、遠慮しておこう。そのような大役はお前にこそ相応しい」
「な、なんかそんな風に言われると落ち着かねえな……」
 グリムは居心地悪そうだけど、ツノ太郎はご機嫌らしい。
「お前たちは本当に見ていて退屈しないな」
「楽しんでくれてるなら嬉しいよ」
 雑談している間に、ホットケーキは焼けていく。
「とりあえず一つずつでいいかな」
「オレ様、最初はチョコソースが良い!」
 一枚を四等分して、それぞれの取り皿に一つずつ乗せていく。
「ツノ太郎は何が良い?」
「……一枚を分けるのか?」
「この方が色んな味で食べられるじゃない?あとちょっとだけ食べたい、もしやすいしさ」
「オレ様のオススメはチョコソースだゾ」
「アイスももう乗せちゃう?」
「乗せる乗せる!」
「ツノ太郎もアイス食べる?」
「……貰おう」
 四等分の一切れに、チョコレートソースとまんまるのアイスが添えられる。グリムがチョコレートソースの染み込んだホットケーキにアイスを乗せて口に運ぶのを見て、同じようにツノ太郎も食べ始めた。
「いつもこんな様子なのか?」
「こっち来てからは三回目ぐらいかな?学食の朝ご飯の時間が終わった後に起きちゃった時とかに、たまにやってるんだ」
「最初は一枚食いてえ!ケチケチしやがって!って思ったけど、ずっと熱々だし最初からいろいろ楽しめるし、慣れるとこれはこれでアリなんだゾ」
「なるほど」
 早々にグリムが二切れ目を要求してくる。渡しつつ、まだ鉄板の上の一枚を焦げないようにひっくり返し、四等分して端に寄せた。空いた所にバターを引いて生地を流す。
「故郷でもね、両親の仕事も僕と姉の学校も休みの日の朝に、こうやってホットケーキをみんなで焼いて食べたりしてたんだよ」
「……そうなのか」
「ホットケーキだけじゃなくて、フレンチトーストとか、クレープシュゼット?とか」
「ふな!最後の奴知らねえゾ!なんだソレ!」
「クレープに砂糖と香りの強い酒をかけて炎で仕上げる料理だな。カラメルソースで代用される例もあると聞くが」
「あ、そうなんだ……」
「違うのか?」
「うちはお母さんが、クレープの生地をオレンジジュースで煮たのをそう呼んでたんで、てっきりそういうもんだと……」
 元の世界とこの世界で、料理の名称や調理方法は共通している事が非常に多い。
 もしかしたら、ツノ太郎の言う調理法が元の世界でも正式な作り方なのかもしれない。
「どっちでもいい!どっちもうまそうなんだゾ!」
「まぁでも、ホットプレートでやるとオレンジ一色になっちゃうからね」
「こないだベーコンで痛い目見たからな……」
「ベーコン」
「カリカリベーコンとホットケーキで食べたい!って思い立って一緒に焼いたら」
「その後のホットケーキが全部ベーコンの匂いになっちまって台無しだったんだゾ」
「横着はダメだよねホント」
 雑談しながら食べ進めていく。途中からはツノ太郎も慣れた様子で、ジャムとチョコとかいろいろ混ぜ始めるグリムを興味深そうに見て、ちょっと真似したりしていた。最初はどうなる事かとちょっと不安だったけど、割と気に入ってくれたようで良かった。
「うまかった~!」
 グリムが満足そうに背もたれに寄りかかる。ツノ太郎も満腹の様子だった。人数が増えたから残った生地は想定より少ない。引き続きホットプレートに注いで焼く僕を見てツノ太郎は首を傾げる。
「ユウはまだ食べるのか?」
「ううん。これは焼いてから冷凍してとっておくの。そうしたら電子レンジで温めるだけで食べられるから、おやつが欲しい時とか小腹が空いた時に便利なんだ」
「子分って何でも冷凍するよな」
「その方が食べ物が長持ちするからね」
「腐敗したものに生命力を取り戻す魔法より、極低温を付与する魔法の方が容易だ。理にかなっている」
「魔法士目線だとそうなるんだ……」
 ふむふむと聞いていたグリムが、思いついた顔になる。
「そっか。遠くで美味いものを見つけた時に、冷凍する魔法を使えば、帰るまでおいしい状態で持って帰れる!」
「無論、状態の保持には魔法士の腕前が関わってくる。近年は魔法石の普及もあり、極低温を数日程度、物に付与する魔法なら簡単にかけられるようになってきたがな」
 クール便的な奴か。
「ソレ、ツノ太郎がやったらどれくらい保つんだ?」
「……知りたいか?」
 にやりとツノ太郎が笑う。部屋の温度が心なしか低くなった気がして、グリムはヒェッと声を上げる。
「おおお、オレ様で試すんじゃねえんだゾ!!」
「遠慮しなくていい」
「エンリョじゃねー!!」
「冗談だ」
 僕の背中に隠れたグリムを見て、ツノ太郎は無邪気な笑顔を浮かべた。
「友を氷に閉じこめ時を止めても、それは動かぬ人形にするのと同じ事。永久に近いとしても、血の通わぬ肉体の保持に意味などない」
 口にした言葉はどちらかというと寂しげだけど、まぁ実験はしないから安心しろよ、って所かな。
「お、脅かすんじゃねえんだゾ、まったく……」
「ツノ太郎の魔法なら、氷漬けから助けるのも出来そうだよね」
「さすがに試した事はないな。やってみるか?」
「試すな!!!!」
 グリムの必死な様子に、二人揃って笑ってしまった。



 一方その頃。
「良いか、シルバー。僕たちは若様の護衛という任のためオンボロ寮に出向くのであり、決して!寮での夕飯を回避するのが目的ではない!!」
「ああ。マレウス様の許にいち早く駆けつける事こそ、護衛である俺たちの務めだ」
「ついでにオンボロ寮の監督生から夕飯に誘われたとしても断る道理はない!」
「マレウス様のご友人の招待を断るのは無礼に当たる!!」
「ではいざ!!!!」
「マレウス様の許に!!!!」
「お主たち、自分たちも誘われる前提で話をするのはどうかと思うぞ」
 オンボロ寮の鉄柵の門扉に手をかけたまま二人の動きが止まる。同時に後ろを振り返れば、リリアがいつもの様子で佇んでいた。
「り、りりりりりリリア様!!??」
「寮にいらしたのではなかったのですか」
「マレウスもお前たちも帰りが遅いから心配しておったのよ。マレウスはどうやらユウから招待を受けたようでな」
 全く夕飯前だというのに、と呆れた顔をする。とはいえ怒っていたり不服という雰囲気は全くない。
「マレウスにとっては大事な友だからな。断れぬのも無理はない」
「で、でしたら、僕たちも護衛として……!」
「こら。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら、というじゃろうが。いずれ夫婦に、いやグリムを含めれば家族か?とにかく、未来に関わる大事な時期じゃ。水を差してはならんぞ」
 言いながら、リリアは弟子たちの腕をしっかりと掴んだ。
「こちらはこちらで、手料理で絆を深めようではないか。今日は腕によりをかけて作ったぞ」
 見た目からは想像もつかない力強さで引きずられながら、シルバーは天を仰ぎ、セベクは縋るようにオンボロ寮を見つめ続けていた。

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