3:探究者の海底洞窟




 足が竦んでいたのが、段々と普通に歩けるようになっていく。それと反比例するように、お腹の奥が罪悪感で重くてたまらなかった。でもちゃんと謝らないと、という気持ちが足を動かしている。
 グリムはついてきてくれてるけど、僕の異様な状態を察してか何も言わなかった。それが助かるようで、気まずくてたまらない。
 やっとの想いで保健室に辿り着く。奥のベッドにエースが座っていた。頭に氷嚢を当てて、デュースたちと何か話していたらしい。
「エース!」
 声をかけると驚いた顔で振り返った。ばつが悪そうに目をそらされる。
「ごめん、本当にごめん!!」
 頭を下げる事しか出来ない。顔は見えないけど、デュースもジャックも静かに成り行きを見守っている様子だった。
「……やめろって。悪いのオレじゃん」
 ため息混じりに言われる。恐る恐る顔を上げれば、さっきのような苛立った様子は少しも無かった。むしろ申し訳なさそうな顔になっている。
「その、疑って悪かったよ」
「僕の方こそごめん。ちゃんと先に言っておけばよかった」
「でもさ、そんなに苦手になるもんか?イソギンチャク」
「……えっとね、……正確には、ぬるぬるにょろにょろした感じの生き物が、全部無理……」
「範囲広っ!!」
 デュースたちも驚いた顔をしている。
「っていう事は、蛇とかミミズとかムカデとか」
「無理です」
「ヒトデとかナマコとかタコとか」
「マジで無理です」
「……もしかして魚もダメとか言う?」
「見るのは平気だけど触るのは気合いいる……細長いヤツは言わずもがな」
 四人が深々と息を吐く。
「意外な弱点が出てきたな……」
「ん、でもこないだ、タコ焼きは平気そうじゃなかったか?」
「タコ焼きは……だって、もう死んでるしぶつ切りだから美味しいだけだよ」
「ゲソが飛び出してるタイプは」
「悲鳴をあげて逃げた事があります」
「ダメだこりゃ」
 エースが肩を竦める。そして頭を抱えた。
「つ、つまり、オレ様たち、イソギンチャクが生えてる限り、ユウのパンチに怯えながら暮らさなきゃいけないのか……!?」
「い、いやさっきのは頭ぐちゃぐちゃになって防衛本能が出たというか、ホントもう頑張って堪えるから……もちろん、安全のために距離を取ってくれるならその方が良いとは思うけど」
「まあ、さっきのはガキみたいな絡み方したエースが全面的に悪いから、ユウは気にするな」
 デュースが冷淡に突き放す。エースは何も言えず俯いている。
「全く、ガキくせえ嫉妬で突っ走りやがって」
「な、お、お前に言われたくないんですけど!?後から出てきて彼氏面しやがって!!」
「恐ろしい事を言うんじゃねえ!!誰も彼氏面なんぞしてねえだろ!!俺はただ……!」
「ただ?」
「……ただ、……ほ、保護者代わりになってやってるだけだ!」
 ジャック以外の全員が揃ってずっこける。
「保護者って……同学年だろうが」
「でもコイツ、妙に危なっかしい所あるだろ」
「……まぁ、言わんとする所は分からなくはないけど」
「……どうもサバナクローの人たちって、僕とキングスカラー先輩をセットにしたがるんだよね。ジャックもそっちでしょ」
 ぎくりとジャックが固まる。エーデュースとグリムが冷ややかに見ていた。
「ほーん……憧れの先輩に気に入られるために差しだそうってか……」
「意外と打算的なんだゾ」
「ち、違う!そんなんじゃねえ!」
「無駄だと思うんだけどね。あれだけ外見が良い上に王子様なんて、故郷に帰ったら引く手数多でよりどりみどりでしょ。僕なんか相手にしないよ。風邪みたいなもんだって」
「お前、知らないからって勝手な事言うんじゃねえよ!こないだだってなぁ……!」
 ジャックが言い掛けて我に返る。口元に手をやってこちらに背を向けた。
「こないだだって、何だよ」
「…………俺の口からは言えねえ。先輩の名誉に関わる」
「気になるじゃん!教えろよ!」
「ダメだ!」
 教えろ、と断る、の押し問答は、昼休みを知らせるチャイムが鳴るまで続いた。


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