3:探究者の海底洞窟




 試験が終わって一週間。
 授業の度に答案が返ってきて、その結果を確認する。平均を超える事は無かったけど、軒並み予想より遙かに良かった。赤点でもない。先生たちからは努力を褒められもした。
 そもそも今回のテスト、平均点が非常に高い。さすが名門校、と思ったのだけど、先生たちはいずれも首を傾げていた。どうもいつもはここまでじゃないらしい。
「普段なら十分に平均を越える得点だ。気落ちせず今後も頑張りなさい」
 トレイン先生が魔法史のテストを返す時にこう言ってくれて、ルチウスも褒めてくれた気がした。それだけでも個人的にはとても嬉しい。
 まあ、異常事態は自分も感じている。何せ異世界育ちの僕よりも落ちこぼれ枠だったはずのデュースやグリムまで、平均に届くぐらいの点数を叩き出していたのだ。普段の努力を見ていないデュースはともかく、グリムは普段も遊び回っていて、テスト当日周辺に一夜漬けをしていた事しか知らない。下手をすればカンニングを疑われるレベルだ。
 違和感と言えばもう一つ。
 最近、グリムとエースの仲が妙に良い。いや良い事なんだけど、正確には何というか、魔法を使った喧嘩だけ避けているような空気だった。いつもなら魔法の撃ち合いになって先生に止められる事もあるのに、ここ最近は言い争いになったらお互い割とすぐ引っ込むようになった。
 成長したのだろう、と思えばまぁ良い事なんだけど。ならそもそも喧嘩もすんなというか、なんか変な事のように感じてしまう自分がいる。
 今日の最後の授業は魔法薬学。テスト返しも最後だ。
 グリムと一緒に受け取りに行って、点数を見て安堵する。理系科目にはいつも苦手意識があるが、七十八点なら十分努力が実ったと言えるだろう。
「小テストの惨憺たる有様からは想像もつかん結果だな」
 よく頑張った、と言われて更に嬉しい。
 席に戻るとグリムと答案を見せ合う。グリムは八十五点。
「今回もオレ様の勝ちだな!」
「本当に凄いね、頑張ったんだ」
「オレ様天才なんだゾ、努力なんて必要ないない!」
 にゃはははは、とご機嫌に高笑いしている。
 悲喜こもごも、返ってきた答案に様々なリアクションを取る生徒たちを、先生の声と教卓を打つ音が黙らせる。
「今回の魔法薬学のテスト、平均点は九十点だ」
 やはりこの教科も平均点が高い。教師としては誇らしく思う所だろうに、クルーウェル先生の表情は訝しげだ。明らかに違和感を覚えている様子で教室の生徒たちを見ている。
「……まあいい。今日の放課後、今回の試験の成績優秀者の名前が掲示される。気になる者は確認しておけ。授業を始めるぞ」
 教科書を開け、と言われて指示通りに動く。どことなくそわそわしていた教室内も、授業が始まればいつもの様子に戻った。
 真面目にノートを取りながら、隣のグリムを盗み見る。いつものように寝ぼけ眼で、教科書の影に隠れてうとうとしていた。向こう側のデュースもエースもいつも通り。
 本当にみんなが頑張っただけ、なんだろうか。自分も色んな人から手助けされての今回の成績だし、地頭の違いと言われればそれまでなんだけど。集団カンニングを疑うには点数のばらつきが大きすぎるし。
 もやもやしたものを抱えたまま授業は終わる。そのまま流れでホームルームに入り、それも特に長引かずに終わった。
 それなのに、グリムが慌てた様子で教室を飛び出していく。それだけじゃない。エースやデュース、教室内の何人か……と言うには結構な数の生徒たちも、『順位表を確認しなきゃ』などと言いながら追い立てられるように教室を出ていった。
 いくらなんでも怪しすぎる。僕も急いで帰り支度をして教室を出た。
 人の流れに乗って歩くと、自然と順位表の掲示された廊下に辿り着く。凄い人だかりが出来ていた。いくら有能でプライドの高い生徒が多いったって、こんなに順位表に群がるものだろうか。
「ユウ、お前も順位の確認か?」
 声に振り返るとジャックがいた。
「僕はそうじゃないんだけど、人が集まってるから気になって。上位五十人なんてかすりもしてない自信あるし。ジャックはどうだった?」
「俺はまぁ、そこそこだな。平均点が高かったから入ってるとは思ってねえが、上位がどれくらい取ってたかは気になるだろ」
 とはいえ、この人だかりでは僕には見えそうにない。というのを察してかは知らないけど、ジャックは人垣の上から順位表を覗きこんでる。見る間にその顔が険しくなった。
「……上位三十人が全教科満点だと!?」
「うええっ!!??」
「その下もほとんど誤差だ……一、二問間違えたくらいなんじゃないか?」
「そりゃ平均点九十点出るよね……名門校こっわ……」
「俺もナメてたぜ……次はもっと気合い入れねえと」
「あ、ジャックじゃん!」
 人垣から、エースとデュースとグリムが出てくる。三人ともどこか落ち込んだ顔をしていた。
「お前も順位確認に来たって事は、もしかしてアイツと契約したの?」
「アイツ?契約?何の事だ」
 ジャックが逆に尋ねると、三人の表情が変わる。
「違うのかよ!」
「二人が契約してたから、お前も仲間なのかと……」
「五十位以内に入れなかった……オレ様、『契約違反』になっちまったんだゾ……」
「……何それ、どういう事?」
 僕が思わず訊くと、グリムが答える前に変化が起きた。
 泡が弾けるような音がしたかと思うと、三人の頭頂部が光り出す。ぼよん、と間抜けな音と共に、そこから細長いものが生えた。
 多分、イソギンチャクだろうか。光沢ある質感で、先端に細かな触手が蠢いている。
 思わずジャックの後ろに隠れた。
「おい、どうした?ユウ」
「ぼ、僕は何でもないんだけど、あ、頭のそれ、何!?」
「頭の、って……な、なんだこれ!?」
「お前、イソギンチャク生えてんぞ!?」
「そう言うエースだって!!」
「グリムにも!!」
 見れば、順位表の確認をしていた生徒たちの頭にもイソギンチャクが生えている。生えてない生徒の方が少ない。叫んで逃げ出したいのをジャックの制服を握りしめて堪える。
「本当に大丈夫か?顔、真っ青だぞ」
「だ、ダイジョウブ。ダイジョウブだよ」
「お、オレらそんなヤバいの!?」
「お願いだからそれ以上近づかないで!!!!」
 思わず叫んでしまった。エースが傷ついた顔になる。
「本当にどうしたんだ?僕にはイソギンチャクが生えただけにしか見えないんだが……」
「こんなもん引っこ抜いて……いでででで!ぬ、抜けないんだゾ!」
 グリムが頭のイソギンチャクを引っこ抜こうとしたが、頭にしっかり根付いているらしく痛みにのたうち回った。似たような悲鳴がそこかしこで上がっており、地獄絵図と化している。
 そんな中、イソギンチャクが動いた。ピン、と上に伸びたかと思うと、一斉に同じ方向に身体を傾ける。するとそれに引っ張られるように、エースたちが同じ方向に歩き出した。
「身体が引っ張られる!!」
「ぜ、絶対服従ってこういう事かよ……!!」
「ふなぁ~~~~~~!!」
 頭にイソギンチャクを生やした生徒の群れが、階段に向かって歩いていく。残るのは頭に何も生えてない生徒だけ。彼らは戸惑ったり嘲笑うような顔で、イソギンチャクの行列を見ていた。
「……おい、行っちまったぞ」
 ジャックに声をかけられ我に返る。握りしめていた制服を離して、皺にならないように伸ばした。
「ご、ごめんね、びっくりして思わず」
「……苦手なのか?イソギンチャク」
「え、べ、べべべ、別にそういうわけじゃないよ」
「誰にでも苦手なものの一つや二つあるだろ。そんなに隠す事か?」
「弱点なんか人に知られないに越した事ないよ。解るでしょ?」
「…………そうだな。確かに、目の前にいるだけでああなるんじゃ、知られたくないか」
 ジャックは物わかりが良い。助かる。
 それにしてもどうしたものか。
 アレについていかないと、何が起きているかは解らないっぽい。多分、この状況の元凶がイソギンチャクが導いた先にいるのだろう。グリムの言っていた『契約違反』という言葉の真意もそこで解るはずだ。
 つまりその場所には、あのイソギンチャクを生やした生徒が、うじゃうじゃと群れをなしている。想像しただけで気持ち悪い。
「………………その、ついてってやろうか?」
「へ?」
「グリムを放っておくわけにはいかないだろ。お前としては」
「そう、だね。そうなんだけどね」
 行きたくない。
 壁にへばりついている僕の襟首をジャックが掴んで引きはがす。
「ジャック!?」
「俺には関係ない事だが、この状況の真相は知っておきたいからな」
「そっか、僕いなくていいよね!ジャックが確かめてくれるなら、僕いらないよね!?」
「お前はグリムの監督生だろ。責任もってついてこい」
「そーんーなー……」
 彼らがイソギンチャクに操られ進んだ道を、僕はジャックに引きずられて進む。助けてくれる人は誰もいなかった。


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