3:探究者の海底洞窟
ぱちりと目を開けば、見慣れた天井が視界に入る。
起きあがって伸びをする。空気は肌を刺す冷たさだが、よく眠れたおかげでちょっと心地良い。
今日はテスト最終日。さすがにテスト期間中は勉強に集中したくてランニングは休んでいる。そのおかげで睡眠時間は十分にとれた。ゴーストたちの思いやりにも助けられている。
ふとグリムがいない事に気づく。テストが始まってからは自分の方が先に寝てるんだけど、毎日自分より早起きだ。
『おはよう、よく眠れたかい?』
「ばっちり。今日のテストも頑張れそう」
『グリ坊は今日も徹夜でお勉強さ~』
「今日も?」
『テストの初日からずっとじゃよ。徹夜で勉強して、昼間は寮に戻ってぐっすり。良くない生活習慣じゃな』
『癖にならないか心配~』
すでに死んでるゴーストが生活習慣に苦言を呈するのは経験則だろうかと思いつつ、確かに心配だと同調する。気をつけて見ておこう。
身支度を整えて、グリムの部屋をノックする。
「グリム、朝ご飯行くよ」
「いま行く!」
程なくばたばたとグリムが出てきた。特にいつもと変わった様子はない。
「今日も徹夜したんだって?ゴーストたちが心配してたよ」
「別に関係ねーだろ。迷惑はかけてねーし」
「そうだけどね。まぁ、そういう生活も今日で終わりかな?」
「にゃはは、終わった後が楽しみなんだゾ!」
別に徹夜にハマった、とかは無さそう。
朝ご飯もいつものようにもりもり食べている。体調には問題ないようだ。
今日は一番警戒している魔法薬学のテストが最後にある。
シェーンハイト先輩のノートは、ノートと言うより参考書のようだった。手書きの文字は一切なく、下手な参考書より読みやすい。授業だけでは理解できない部分を丁寧に深堀りしていく内容で、魔法に馴染みがない僕でも頭に入る。これが伝統的にポムフィオーレで受け継がれている習慣なら、寮生の魔法薬学の成績が良いのも納得だ。
シュラウド先輩のくれた過去問集も自信に繋がっている。『必ず読め』と書かれていた解説には、過去五年ほどのデータを参照した出題傾向の推測と共に、つまずきがちなポイントが解説されていて『何がわからないのかを理解する』事に特化していた。もちろん解答にも解説があって、こちらもとても解りやすい。イグニハイド寮の有志が作っているそうで、寮にはもっと過去に遡ったデータも残っているらしいが、『本人の能力と詰め込む時間的に五年分で充分』との判断で作ってくれたらしい。確かに限界だった。あれ以上は時間が足りない。
ローズハート先輩の協力にも助けられた。全教科満点の学年首席だけあり、全方位詳しいしどれを訊いても明確に答えが返ってくる。『表面だけ覚えるテストのための勉強』というのが好きじゃないらしく、今回の範囲の参考書を尋ねたら一教科につき十冊は名前を挙げてくれた。それだけの数の参考書の内容を把握している事実が恐ろしい。
と、まあ思いがけず色んな寮から支援されてしまったワケだけど、これらを組み合わせるとするする勉強が進んだ。授業だけだとノートを取るだけで精一杯で混乱していた部分を整理する事が出来たし、この世界への理解も深まったと思う。多分、人生で一番勉強を頑張ったし、手応えを感じていた。
目標は赤点回避だが、取れる点は多いに越したことはない。
気力十分に試験に立ち向かった。その結果、ほぼ全部埋められたし、解らないから勘、と逃げる所も少なく済んだ。
一番怖いと思っていた魔法薬学のテストだけど、全部の回答欄を埋められた。暗記に自信は無かったけど、昨日ちょうど確認した所が出題されていたりして、かなり幸運も味方している。
「そこまで。答案を前の席に回せ」
試験監督のクルーウェル先生が冷ややかに言い放つ。速やかに解答用紙が集められ、受け取った先生は口元に笑みを浮かべた。
「これで今期の試験は全日程を終了した。結果は一週間後には揃うだろう。残念な結果に終わった者は、補習でウィンターホリデーを棒に振る事になると思え」
今からその様子を楽しみにしている、とでも言いたそうな顔だった。そうか、この世界でも期末試験の後は長期休みなんだな。
二ヶ月半、というと、この世界に来た時は確か四月と認識していたから、六月半ばから終わりくらいか。何をしている頃だろう。水泳の授業が始まってるくらいかな。
親は、友達は心配しているだろうか。事情を知りもしない連中から変な噂を立てられて、つらい想いをしていたりしないだろうか。
機械的にホームルームを終えて、気づけば深々とため息をついていた。頭をこづかれて顔を上げる。
「その様子だと悲惨だったみたいんだな?」
エースがニヤニヤ笑っていた。なんかムカつく。
「自信は無いけど、ちゃんと全部埋めたもん。そこまで悲惨じゃないです」
「強がっちゃって」
「そういう自分はどうなの?」
「オレはお前らと違ってヨユーですよ~」
「ふっふーん。オレ様だって今回はヨユーなんだゾ。学年一位もあり得るな」
「悪いが、僕も今回は自信ありだ」
エースはともかく、小テストでも赤点だらけのグリムとデュースが自信あり?正直、虚勢としか思えない。……そりゃ、自分だって褒められた点数ではないけど。
「テストも終わったし、やっと陸上部の練習が出来るな」
「オレもバスケ部に顔出してこよっと。お前らはどうすんの?」
「オレ様は寝る!勉強で疲れたからな!」
「ローズハート先輩と図書室に参考書返しに行かなきゃ」
「じゃあ、今日は昼飯後は解散だな」
すれ違う誰も彼も表情が明るい。名門校でもテストはしんどい行事らしい。
「そうだ、グリム。今度シュラウド先輩にモフられてくれる?拒否権は無いけど」
「オマエなに勝手に決めてんだ!?」
「今回の試験で手伝ってもらっちゃったから。グリムの足を引っ張らないためなんで、よろしくね。親分」
「……くうう、子分の面倒を見る立場はツレーんだゾ……」