3:探究者の海底洞窟
「今日は図書室で勉強かい?」
不意に聞こえた声に振り返ると、ローズハート先輩が本を手に立っていた。
「はい。魔法史で解らない所があって」
「どの辺りだい?」
「えーと……この、魔法石の加工の、初期の歴史辺りの板書がまるっと飛んでまして、解らなくなっちゃって、資料を探してました」
シュラウド先輩の過去問をやっていて、全くさっぱり解らない、にぶち当たってしまったのだ。解説を読んでも身に覚えが無さすぎて、完全に記憶から抜けていると自覚したのである。
なので勉強のついでに参考資料を探しに本棚の前まで来たけど、該当する時代の記述を探すだけで一日かかりそうで、ちょっと諦めかけていた。
「あぁ、それなら魔法史の本よりこっちの方がいいよ」
ローズハート先輩は実践魔法の棚から何冊か本を取り出す。歴史的な魔法道具の紹介や仕組みの解説書だ。
「後は補足としてこれかな」
世界の魔法道具、と書かれた比較的子ども向けの本だ。
「魔法石の加工、ひいては魔法道具の発展には地域性もかなり関わってくる。例えば産出地では意欲的且つ個性的な加工、悪く言えば無駄遣いが増えていくのに対し、産出されない地域では貴重な資源を有効利用するため、小さな欠片で大きな出力を出すといった汎用性の高い研究が盛んに行われたんだ。例外は信仰に魔法石が関わっていた地域だが、割と限られるし数も多くない。時代と共に魔法石が枯渇し産出されなくなる地域が出てきた事で、そういった個性は更に変化するけど、今回はそこまでは範囲に入らないだろう」
実にすらすらと説明され、目を白黒させてしまう。
「あ……ありがとうございます」
「どういたしまして。……熱心に勉強しているようで何よりだよ」
そう言うと、ローズハート先輩はちょっと浮かない顔になった。
「何か心配事でも?」
「……キミは、エースたちと今度のテスト勉強について何か話したかい?」
「いえ。……僕が勉強しているのを見て、まだそんな時期じゃないって顔してましたけど」
「そうか」
なんだか苦々しい顔だ。首を傾げると微笑まれる。
「どうにもエースはボクをあまり頼ってくれなくてね。デュースはよく質問に来てくれるんだけど、それも最近はあまりなくて」
何ともあの二人らしい対比だ。デュースが最近来ない、っていうのはちょっと気になるけど。
「ちゃんと勉強しているか心配なんですね」
「ハーツラビュルの生徒に、赤点なんか取らせるワケにはいかないからね」
そう呟いた表情は実に冷ややかだ。赤点の答案など見せようものなら首をはねてやる、とその目は語っている。
「まぁでも、エースは要領いいですし、デュースも陸上部仲間のジャックが成績優秀なんで、そっちに訊いてるかもです」
「……そう、なのかな」
「先輩はその様子だと、他の寮生の勉強もサポートしてるんでしょう?気を使ってるのかもしれないですよ」
「……そんなの気にしなくて良いのに」
ローズハート先輩はむすっとした顔になっている。可愛い。
「もし何か言ってたら、それとなく探ってみますね」
「あ、いや、そういう事では」
「無理に聞き出したりはしませんよ。僕が気になるだけなので」
「……べ、別にいいけど」
ごほん、とローズハート先輩が咳払いする。
「キミも、また解らない事があったら気軽に尋ねてくるといい。各学年の範囲は把握しているからね」
「ありがとうございます、助かります」
深々と頭を下げると、先輩は嬉しそうに微笑んだ。
「それで、なんだけど」
「はい」
「よかったら、これからうちの寮の談話室で勉強会をしないかい?ケイトに実践魔法を教える予定でね。ついでみたいになってしまうけれど。トレイが作ってくれたお菓子もあるし、気軽に来てくれれば、その……嬉しい、のだけど」
「是非おじゃましたいです」
僕が即答すると、ローズハート先輩は更に表情を綻ばせた。じゃあ行こう、と先を歩いていく。
グリムはゴーストたちとマジフトで遊んでるからほっといていいだろう。楽しい勉強会になりそうだ。